キリコ ~魔法の世界の錬金術士~

トンテキーフ

プロローグ

沈黙が心にズキズキ刺さる。かれこれ何分、お互い無言のままだろうか。


 物が多い部屋だった。細い筒に透明な金属のついた道具。赤みがかった薬草の一種。その他、普通の人が見ても用途不明な道具や素材たち。

 片づけられてはいるが、多すぎる物のせいで雑多に感じられる部屋。その部屋の中央にある丸机を挟み、私はお師匠様と相対していた。


「……どうしても、ダメでしょうか……」


「……」


 絞りだした言葉にも、お師匠様は目を瞑り、難しい顔で無反応だ。


 気まずくなり、うつむく。私のなけなしの勇気を振り絞って伝えた決意を、否定されるのが怖かった。


 ここで錬金術を学び始めて、もう10年も経つ。お師匠様は厳しくも暖かく指導してくださった。私自身も大好きな錬金術を修めたくて、必死で学び続けて。


『卒業だよ、キリコ。私が教えられることは全部教えた』


 つい1週間ほど前に、免許皆伝を言い渡されたのだ。


 これから、どうするべきか。私は何をしたいのか。それ自体はずいぶん前から心の中に思い描いていたのだが……いざ、お師匠様に伝えようとすると尻込みし、結局一週間もかかってしまった。


 そうして、私はまるで神判を待つ子羊のように、お師匠様の判決を待っているのだった。


「……お前がね。旅に出たいというのは分かってたんだ」


 無性に喉が渇き、果物のジュースが飲みたいなどと思考が現実逃避し始めたころ、お師匠様が口を開いた。


 顔を上げる。お師匠様と目があい、さっと顔を横に向ける。


「ここにいても私が教えた以上の錬金術を修めるのは難しい。だからこの家を出て、旅に出たい……そういうことなんだろう?」


 顔をそむけたまま、頷く。


「錬金術は……未知を開く学問、です。ここは……この家はもう、既知で溢れてしまいました……」


 新しいことを学びたい。旅に出て、未知を知りたい。それが……私、キリコの願いだった。


「全く……私と目すら合わせられないくせに、いっぱしの錬金術士みたいなことを言いやがって」


 詰られ、縮こまる。そう……お師匠様が、私の何を心配しているのか、察しがついてる。


 私は、極度の人見知りなのだ。幼いころのトラウマか、それともこの家に引きこもっていたせいか。とにかく、人と接することを極端に忌避してしまう。


「お前さんはね。実力はあるんだよ、実力だけは。でも、私と目も合わせられないんじゃ、どうしようもないだろう?」


「た……旅をするたびに、慣れると思います……」


「そんなわけあるかい。ここ数年、人見知りを克服しようといろいろしてたみたいだけど、結局挫折してるじゃないか。そんな奴が、旅に出た程度で変われるもんかい」


 ぐぅの音も出ない。私だって、変わる努力はしたのだ。事実、買い出しの似合う顔なじみとは日常会話くらいは出来るようになったのだ。


 けど……それは結局、その人に慣れただけで。初対面の人に話しかけられただけでアガってしまうこの性格は、治すことができなかった。


 失敗し、挫折し、錬金術に逃げて家に籠るという悪循環。私は……結局、変わることができなかった。


「……まぁ、でもね。人見知りのお前が、自分から旅に出たいと言い出したのは、評価してるよ。お前さんも少しは成長してると分かって、ホッと安心してもいる」


 驚き、顔を上げる。お師匠様は……微笑んでいた。


「だからね、キリコ。私の条件を飲むなら、お前を旅に出してやってもいいと思ってるんだ」


「!」


 ガバリと椅子から立ち上がる。


「本当ですか、お師匠様……!」


「おう、もちろんだとも」


 絶対否定されると思ってたのに……認められた。嬉しくて心が躍りだしそうだ。顔がニヤケてきて……ふと、お師匠様に問う。


「それで……その、条件というのは……?」


「これさ」


 恐る恐る問うと、お師匠様はヒラリと一枚の紙を渡してきた。首を傾げつつ書かれている文字に目を通し……凍り付く。


 その紙は、とある学園への入学手続き書だった。


「お前には1年間、研究生として学校へ通ってもらう」


 無罪を信じていた子羊に、神判が下された瞬間だった。



 未知を開き、不可能を可能にする。

 それが、お師匠さまが私に教えてくれた錬金術の基本理念だった。


 魔法や薬学、考古学、果ては鍛冶から剣術まで。この世に存在するあらゆる技術を応用し、組み合わせ、発展させる学問。当然履修の難易度は非常に高く、錬金術を納めている人はほとんど残っていない。


 世間一般でも、錬金術の存在すら知らない人が大半だ。かく言う私も、お師匠様に出会うまでは錬金術のれの字も知らなかった。


 だが……お師匠様と出会い、私は奇跡を見た。不可能が可能になる、その瞬間を。


 そうして、錬金術に心を奪われた私は、親の反対とお師匠様の消極的な反応を押し切り、錬金術師の見習いとなったのだった。


 錬金術を学ぶことは、世の全てを学ぶこと。そう言い切れるくらい、私は多くの物事を学び、試し、実践していた。時にはお師匠様の出す課題に挫折しそうになったが、それでも何とか食らいついていったのだ。


 そうして、10年の月日が流れた今日。私は、初めて錬金術にも不可能はあるんじゃないかと思うくらいの、無理難題をお師匠様に言いつけられたのだった。


「無理無理!無理です、絶対無理!」


 ヒステリーを起こしたみたいに、私は首をぶんぶん振るう。そんな私見て、師匠は肩をすくめた。


「無理なもんかい。ちょちょいと入学して、他の子と友達作ってわちゃわちゃしながら1年過ごすだけじゃないか。ちょっと散歩に行くようなもんさね」


「近所を散歩するのとはわけが違いますよ!生徒たちと集団行動なんて、絶対にできるわけが……」


 言いかけ、はたと気づく。いま、」お師匠様はなんと言ったか。


「……友達?え、友達って何ですか」


 そう言うと、お師匠様は嫌ぁな感じの笑みを作り、言った。


「おうともよ。学園へ通うのは前提条件。お前さんにはそこで、友達を1人以上作ってもらう」


「……」


 絶句。何かを言わねばならないのに、何も言葉が出ず、パクパクと間抜けに口だけが動く。


 窓の外では、馬鹿にするように小鳥の鳴き声が響いている。そうか、もうすぐ春か。そろそろ薄着の服を出さなきゃだなぁ。畑にも種をまいて、水を毎日やっておかなきゃ……


 パン!と、お師匠様が目の前で手をたたいた。驚きに肩が跳ね上がるのを感じる。


「……るぅれれね?」


「現実逃避するな。人間の言葉を話せ。そんなんだから、お前をそのまま旅に出すわけにはいかないんだよ」


「す、すみません……」


 呆れた顔をしたお師匠様だったが、ふと、何かに気づいたように言った。


「……まさかお前さん、隠蔽魔法の道具でも作って、こそこそ一人で旅すればいいとか思ってたんじゃないだろうね……?」


「……えと、その……あう……」


 だらだらと、汗が顔を伝わる。だんだんと、お師匠様が鬼のような形相になっていく。


「……はいです……」


「……この、馬鹿弟子がぁ!」


 結局私は小さく肯定し。


 お師匠様の、文字通り極大の雷が私に落ちたのだった。



「……記入漏れは無いね?提出期限は今月末だから、王都に着いたら忘れずに提出するんだよ」


「はい……」


 ぷすぷすと黒い煙を上げながら、私はうなずく。結局は、お師匠様の言うとおりにするしかないのはわかっていたのだが……これからの学園での生活を思うと、憂鬱な感情が溢れてしまう。


 そんな私の様子を見て、お師匠様はため息をつき……パチンと、私の目の前で手を叩いた。


「シャンとしなさい、キリコ。そんなんでも、お前は私の自慢の弟子なんだ。お前ならきっと、どんなに困難なことでも成し遂げられる。だから不景気な面すんじゃないよ」


「うう……」


 珍しいことに……本当に珍しいことに、お師匠様が私をほめてくれたのだが、それを喜ぶ余裕が無い。


「仕方ないねぇ。それじゃ、こうしようじゃないか」


 そういって、お師匠様は戸棚を漁り、小さな赤い石を取り出した。


 一目見て、あっと声を上げる。


「それって、お師匠様が大事にしてる……」


「ああ。赤の精霊の霊石だよ」


 霊石。精霊が死んだときに生成されると言われている、希少価値の高い石だ。

 めったに世に出回ることが無い、錬金術士なら喉から手が出るほど欲しい素材。


 ごくりと、喉を鳴らす。このタイミングで霊石を取り出すこと。それは、つまり‐‐


「1年後、私の前に友達の一人でも連れてくることができたなら、この石をお前さんにやろうじゃないか……」


「やります!私、友達作って見せます!」


 そんなの、即答するに決まってる。思考の天秤にかけるまでも無い。

 目を煌かせ、私は思いっきり声を上げた。


 お師匠様が呆れ顔‐‐今日何度見たかも覚えていない‐‐を浮かべる。


「……お前さん、本当に現金だねぇ。まあいいさ。ようやく話を終われるね」


 疲れた疲れた、と首を鳴らすお師匠様。

 私はというと、そんなお師匠様に目もくれず、必死に霊石が手に入った後の皮算用をしているのだった。


「……私の言うことなんか聞いちゃいないね、まったく……」


 お師匠様はそうつぶやき。慈しむように、表情を和らげた。


「がんばりなよ、キリコ。私はいつだって、お前のことを応援してるんだからね」


 感慨にふけるお師匠様と、夢を見るようにふわふわと有頂天になっている私。


 その日、私は(物につられて)学園へ入学し、友達を作ることを決意したのだった。

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