第2話 イロ

 カラフルな世界だった。

 街は人であふれ、大小様々な建物がどちらを向いても視界を遮る。その中を誰も彼もが忙しそうに動き回り、街は休むことを知らなかった。

 世界には数えきれないほどの人がいた。数えきれないほどのモノがあった。人と人は互いに交わり、また人とモノも互いに交わり、朝が来るたびにその数は増えていった。

 人はモノを縛り、またモノは人を縛っていたが、人は自由を疑わなかった。モノは自由を知らなかった。

 その世界は「チキュウ」と呼ばれていた。


 チキュウのとある場所でのことだ。

 一人の大道芸人が、路上でパフォーマンスをしていた。炎を操り、傘を回し、球を投げる。繰り出される妙技の数々に、行き交う人々は称賛の拍手を惜しまなかった。日増しに彼を囲む観衆の輪は大きくなっていった。

 突然に、誰かが声を上げた。

「そんなものを街中でやるなんて! 子供が真似をして怪我をしたらどうする!」

 その瞬間、観客は無数の矢となった。

「そうだ! そうだ!」

「無責任だ!」

「あんなものを見る人もどうかしてる!」

「神経を疑っちゃうわ!」


 大道芸人は職を失った。

 大道芸はチキュウを去った。


 チキュウのとある場所でのことだ。

 人々は皆、自由な服装で過ごしていた。袖の長い物、短い物。暖かい物、涼しい物。人は服装を個性表現の一つの手段としており、本来の衣類の用途を超え、様々なデザインのものが溢れていった。人の数だけ、服があった。

 突然に、誰かが声を上げた。

「そんな露出の多い格好するなんて! 劣情を煽る服装は不適切よ!」

 その瞬間、人々は生活を共にしてきた存在を裏切った。

「そうだ! そうだ!」

「こんなモノを着ていたら気がおかしくなる!」

「お前も! お前も! お前も! 不愉快でたまらん! 今すぐそれを脱げ!」

「あぁなんて汚らわしいモノを身に付けていたのかしら! 自分が憎いわ!」


 人々は衣類を捨てた。

 衣類はチキュウを去った。


 チキュウのとある場所でのことだ。

 一人の男が世界を創った唯一の存在、〈神〉というものを人々に説いていた。男の話は興味深く、彼の話す神の存在に救われる人々も少なくなかった。彼はそのことを喜び、より多くの心を救済しようと努めた。

 突然に、誰かが声を上げた。

「お前の話にはうんざりだ! 神が世界を創ったなど信じられない者もいるというのに、いつまでも演説を続けるとは! 思想の多様性を否定した行為で不謹慎である!」

 その瞬間、神は死んだ。

「そうだ! そうだ!」

「皆こいつの言葉に騙されるな!」

「見えもしないものを信じるなんて! 馬鹿馬鹿しいわ!」

「とっとと消え失せろ! 俺たちの脳味噌はお前なんかの自由にさせない!」


 人々は信じることをやめた。

 思想はチキュウを去った。



 チキュウのとある場所でのことだ。

 いつの間にか沢山のモノが去っていった世界で、人はただひたすらに独り言をつぶやく存在と化していた。何かをすれば誰かを不愉快にさせ、何かを使えば誰かに疎まれ、何かを広めれば誰かに忌み嫌われたからである。しかし、完全に何もせずに生きられるほど人は強くなかった。

 くぐもった独り言が充満した世界で、突然に、誰かが声を上げた。

「……やめろやめろやめろやめろやめろ‼ ぶつぶつぶつぶつ気持ちわりぃんだよ‼ 出ていけ! 俺の視界から、俺の世界から出ていけ‼」

 その瞬間。


 タガが外れた。


「死ねぇ‼ 俺以外の存在なんか皆消えちまえ‼」

「ずっと目障りだったのよ‼ あんたらなんか……殺してやる‼」

「不愉快だ! 不愉快だ! どれもこれもなにもかもが憎い! いなくなってしまえ‼」


 人々は互いを殺し合った。

 いつのまにか、人も、モノも、チキュウを去っていた。

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