第3話 旅立ち

 —七月最後の日曜日の朝—


 

 この日は、関東にある埼玉県の引っ越しの準備をするようだ。マンションで借りていた部屋は、今では綺麗に片付かれて空っぽの状態。


 ベランダの外に出て、下を覗くと、トラック一台が用意されている。


 両親が引っ越しでこの家を出る前に近所の人達に挨拶に回っている。その間、彼は近くの公園を目指すことにした。


 家から公園まで真っ直ぐ歩くと、両脇に住宅が並んで、慣れ親しんだ町の景観は今日で最後となる。


 そして、道なりに沿ってどんどん進んでいくと僕の視界には、同い年の女の子がすぐそこに立っていた。


「おはよう、りゅうくん」


「おはよう、ひいな」


 二人は一緒に公園まで歩きだす。


「もう引っ越ししちゃうんだね」


 彼女との付き合いは保育園の時からで、長く幼馴染みをしてきた。


「今では、引っ越しするなんてことは思っても見なかったよ」


 しばらく歩きながら会話をすると、その間に公園にたどり着き、ブランコの座板に腰をかける。


「ここに来て、二人でブランコをこぐのは久しぶりだね」


「しばらく、使っていなかったね」


 ブランコを前後に揺らしながら、彼に俳優やモデルについて尋ねると


「でもどうして俳優とモデルを目指そうと思ったの?」


「自分が変われるきっかけになれたらなっていう淡い思いからかな」


「そうなんだ…」


「少し意外だったかな?」


「ううん、目指したいきっかけなんてみんなそんな感じなんじゃないかな」

 

「そっか…」


 しばらく、二人の間に沈黙が続き、彼女は自分の思いを見つめ直すかのように水溜りをじっと見る気持ちでいる。


 こうして、公園の時計の針も刻々と進み、時間に流されていくうちにあっという間に迫っていく。


「あ、そうだ、りゅうくんこれ」


 彼女が彼に渡したのは、お守りのようだ。


「これは?」


「りゅうくんがどこに行っても寂しくなりませんようにって祈ったものだよ」


「あ、ありがとう」


「ちなみに私の分もあるからこれでお揃いだね」


 彼は、自分の手元にあるお守りをじっと見る。


「これで遠くへ行ってもお守りを見て、ときどきでもいいから私のことを思い出してね」


「うん」


 公園から離れた二人はマンションに行き、車の前で彼にお別れを告げる。


「またね、りゅうくん」


「うん、それじゃあね」


 互いに手を振り合い、彼は車で新しい場所へと旅立ったのだ。

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