第13話
本名を呼ばれ動揺した、何故知っている? どうしてバレた? 顔には出さなかったが焦った。
「どうしてその名を?」
「細かいことはまた今度だ、店に入った途端冷水をぶっかけられた気分だったぜ、怖い雰囲気というかオーラがにじみ出てるぜあんたは。携帯番号も知っているまた今度ゆっくり話そう、俺は樋口をなだめるので手一杯だ」
その時由香里が出てきた、ヤバいと思ったが。
「由香里さんこんばんは、食事の邪魔しちゃったね」
と微笑み、由香里と入れ違いに店に戻って行った。
「誰だったかしら今の人」
「島村竜児だ」
由香里は驚いて声も出ない様子だった、俺も同じ気分だった。ヤクザで俺の顔を知っている奴は居ないはずだ、顔を見られたら廃人にしてきた。竜児なりの情報網があるに違いない、でなければ由香里の事まで知っている筈がない。
とりあえず帰宅し豆乳を飲みタバコを吸いながら考えた。考えたが分からないものは分からない、由香里に危害はなさそうだし竜児に悪意はなさそうだったので開き直る事にした。
何事もなく二日が過ぎた、樋口一派からも竜児からも連絡はない。竜児が上手いこと樋口を抑え込んだと考えてもいいのだろうか? だが断定するには早すぎる。
由香里は何事も無かったかのように通常運転だ、パニックに陥るよりかは遥かにいい。
俺も日常に戻って行ったが長くは続かなかった、平穏な日常は一本の電話で破られた。竜児から俺の携帯に直接連絡が入った。
『三日ぶりかな荒木さん、上野としょっちゅう連絡を取ってるのは知ってるよ。で事件を一つ片付けて欲しい、上野と意見が一致したんでな』
「ヤクザからの依頼は受けん」
『そう言うと思ったがこれはあんた達夫婦の身を守る為でもあるんだ』
樋口一派の事だろうか?
「詳しく聞こうか」
『今、レミーにいる、降りてこれるかい?』
一瞬迷ったが家もバレている、堂々としていてもいいだろう。
「わかった、すぐに行く」
電話を切ると由香里が心配そうな顔をしている。
「大丈夫だ、日中からいざこざも起こらないだろう、話を聞いてくるだけだ」
レミーに入ると竜児が笑顔で手を挙げてくる、俺も軽く手を挙げる。竜児は一見サーファー系の陽気な男だがマスターは緊張して顔が引きつっている、状況が掴めていないのだろう。パフェといいカウンターに座った竜児の横に腰を下ろす。
「カウンター席でいいのかい、あんたの情報屋のマスターがいるが」
マスターは緊張からか持ったカップと受け皿をカチカチと鳴らしている。
「俺は構わないがマスターが可愛そうだな、それに情報屋と言っても大した情報はここでは入って来ない、ここでいいだろう」
「わかった、話と言うのは樋口の事だ。樋口と松本は学生時代からの付き合いだ、俺が説得してもこのまま大人しく引き下がるとは思えんのでな。学生時代からカリスマ性があると言われているがこんな時に役に立たない、あんたの持ってるカリスマ性で樋口を抑えられんか?」
「親分のカリスマ性で抑えられないのなら、こっちは暴力で対抗するしかないね」
「やっぱりそうなるよな、俺が目を覚ますまでボコってもいいんだがそうするとあんたが余計に危なくなる気がしてな」
「竜児あんたそんなに強いのかい?」
「まあ組をまとめる程度には強いつもりだ、でなきゃあんな奴らをまとめてやっていけんからな、俺はムエタイが得意だ、俊輔あんたは?」
「俺はキックボクシングだ、しかしいつの間に名前で呼びあうようになった?」
「俊輔からだよ、俺を竜児と呼んだのは」
「そうか無意識で呼んでいた様だな」
「俺は構わんぜ」
「吉田はどっち側だ?」
「あいつは長いものには巻かれろ精神だ、今の所こっち側だがあてには出来ないな、樋口にしろ吉田にしろ代わりはいる」
「樋口が暴走したらやっつけても構わないのか?」
「ああ、構わん。俺を裏切ったも同じだからな、どこの世界でも同じだが危険分子の芽は摘んで置いたほうがいい」
「ところで俺はあんたの実の親父を廃人にして前の島村組を潰したが恨んでないのか?」
「恨むどころか感謝しているね、もうボケかかっている男だった、金のためなら何でもするちゃちい男だ」
「俺のことはどうして知ったんだ? バレない様に気を使ってたんだが」
「死んだ緋村って探偵を探っていたらあんたに行き着いたんだよ、元々組んで探偵業をやるつもりじゃなかったのかい?」
「あいつはそのつもりだったみたいだ。そうかあいつを探れば当然俺に行き着くわな」
「俺とここのマスターしかあんたの正体は知らないはずだ、マスターが口を割らなければな」
マスターはビクリとして首を振る。
「私は誰にも話すつもりはありませんよ」
震える声でそれだけを絞り出した。
「情報屋は信用が一番だ、裏切ったらわかってるだろうな?」
声のトーンを落とし初めてヤクザっぽい一面を見せた。マスターがカップを落とした、割れる音がやけに響く。
「その辺りで勘弁してやってくれ、善良な一般市民だ」
竜児の表情が普段の陽気な笑顔に戻った。
「これくらい耐えれないと情報屋としてやっていけないのさ、必要なら俺の情報屋にもなってもらおう、こういう店は情報が集まりやすい。俊輔いいかい」
「俺は構わないがマスターはどうだい?」
「大した情報は入らないかもしれませんが、荒木さんがいいならやりましょう」
マスターは改めて自己紹介をし名刺を二枚差し出してきた、レミー店長大島大吾と書いてある、俺もマスターのフルネームを聞くのは初めてだった。
「では話を戻そう、樋口は今落ち込んでるがいつ爆発するかわからん、俺はこれ以上止めようがない、後は俊輔に任せるどういたぶっても構わない、あの手のヤクザはもう時代遅れなんだ上野の方が頭がいい、早くからあんたとつるんでいる、これからはああいう男が必要になってくる」
「念を押すが、樋口をやっても竜児は構わないんだな?」
「ああ、構わんよ」
「竜児、あんたと一度対戦してみたいところだ」
「それはやめておくよ、強いって言ってもあんたに勝てるほどの自信はない、体も鈍ってるしな」
「だが、護衛も付けずに一人で行動するくらいだ、腕に自信がなけりゃ出来ないことだ」
「まあな、その程度の自信はあるがあんたの通ってるジムの長井って坊やには勝てなかった、あんたは十連勝中らしいがな、その程度の強さだ」
「話は終わりかい?」
「ああ、ちゃんと話せて良かったよ。あんたがパフェを食べ終わるまで付き合わせてくれないか?」
「好きにしてくれ、それと俺の嫁には手を出すなよ、何かあったら相手が誰であれ容赦はしないからな」
「安心しろ、あんたに嫁がいることは口が裂けても言わん、あんたら夫婦が超金持ちなのも黙っておく」
「頼むぞ」
「わかってるよ、しかしあんなに金を持ってるのに、何で自ら危険な事をするんだ? そこがわからんね」
「俺もよくわからん、緋村にやってくれと頼まれてる気分なんだ」
こればかりは俺自信もよくわかっていないから答えようがない。
「まあ分かる気がするよ、それよりさっきから樋口のグループがうろちょろしてるが何してんだ?」
竜児は携帯を取り出し電話を掛け始めた。
「樋口か? お前のところの若いのが街中を行き来してるが何をしてる? 俺か? 俺なら無事だ、暇だから街を探索してたもうすぐ帰る。わかったわかったガードを付けりゃいいんだろ? とりあえず若いもんをうろちょろさせるな」
電話を切ると、ため息を付いた。
「全く、俺より弱いのをガードに付けると俺が疲れるんだよ、組同士の抗争もない平和なこの街で何に警戒すりゃいいんだ? 話も出来たし帰るとするか、俊輔またな」
ニコリと笑い千円札を置いて釣りも受け取らず出て行った。
「俺も帰るよ」
口止め料を含め五千円を渡しマンションに戻った。
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