第12話

 複雑なコンテナ置き場にたどり着き車を隠すとコンテナを三つよじ登り辺りを見回す、先客も他の釣り人も居ないようだ。


 どんな手練れが来ようがやらなきゃ殺られる、それだけだ。緊張はしていない、いい傾向だ緊張は体の動きを鈍らせる。


 小一時間程でクラウンがやって来た、時計を見る時間ピッタリだ、俺はコンテナから一段ずつ飛び降りた。


 物陰から様子を伺い一人なのを確認する、ちゃんと一人で来たようだ、腕に自信があるのだろう。


「松本か?」


 辺りをキョロキョロしていたが答えた。


「ああ、そうだ。慎重な奴だなずっと見張ってたのか」

「小細工されては堪らんからな」

「そこいらのチンピラと一緒にするな、うちのグループはそんな卑怯なマネはしない、何時まで隠れている? 姿を現せ」


 俺は物陰から出て行き松本と対峙した。


「ほう、かなりの腕前と見た。どちらかが死ぬまでやり合おうじゃないか」


 一瞬で俺の力量を見極めた、こいつはかなりの腕前だろう。柔道をやるみたいだ掴まれば終わりだ、かなり慎重にかからねければならない。


 松本と向き合う、暫しの沈黙の後松本が突進してきた、襟首を掴もうとしている。掴まれば締め落とされる、ステップで躱しローキックを入れ崩れかけたところに右フックを入れるが咄嗟に避けられまともにパンチは入らなかった、長井以上だ。


 体勢を立て直した松本が再び襲ってくる、またステップで躱しミドルキックを入れた、まともに決まった。腹を抱えしゃがみこみ苦しそうに肩で息をしている、ナイフを取り出そうとする姿をしたのでその前に顔に渾身の右フックを叩き込んだ。


 松本は吹っ飛びナイフも落ち、白目を剥いて失神した。素早く手足の腱を切り後ろ手にキツく結び両足も頑丈に縛った、時間が経てば手足は壊死するだろう。座らせる格好にした。


 何とか勝てた、汗が一筋流れ落ちた。松本が気がつくまでタバコを吸った、半分ほど吸ったところで身じろぎを始めた、タバコは携帯灰皿で揉み消した、松本に近寄る。


「何故すぐに殺さない? 先代や江口の様にするつもりか?」

「その通りだ、恨みはないが目も潰させて貰う、俺の顔を見たからな」

「ヤクザより酷い真似をしやがる、噂通りだな、覚悟は出来てる好きにしろ」


 しゃがみ込み顎先にパンチを打っていく、一時間で一旦止める。松本は冷や汗をかきながら。


「なんだこれはと思ったがかなり堪えるな」

「あんたもタフだね」

「柔道をやっていた、打たれ強いからな。これでも樋口グループナンバー二なんだがな」


 更に一時間パンチを浴びせる、涙を流して失禁している。


「まだ喋れるかい?」


 返事の代わりに奇声を挙げた、もう壊れかけている、仕上げに入った一時間で血の涙を流して鼻血を吹き出した、終わりだ。


 松本のナイフを拾い上げ両目に突き刺す、悲鳴は上げなかった、指紋を拭き取りズボンの上に放り投げた。縛り上げた手と足を見てみる、鬱血して二倍以上に膨れ上がってる、もう使い物にならないだろう。十八時を回っていた、帰ろうとした時に松本の方から着信音が聞こえた。ポケットから携帯を取り出し耳に当てる。


『兄貴、緋村の奴は片付けたんですかい?』

「俺が緋村だ、松本は片付けた。早く探さないと死んでしまうぞ」


 受話器の向こう側で生唾を飲み込む音がした、次の言葉を待った。


『兄貴はどこだ』


 震える声で聞いてくる。


「海の近くだ、もう使い物にならんがな」


 電話を切って海に捨てた、暗くなり始めている、自分の車に戻りマンションに帰った。


 帰宅すると由香里が抱きついてくる。


「怪我はなさそうね、心配してたのよ」

「ナンバーツーをやっつけて来た、手強かったが大丈夫だ」

「ナイフは持ってたんでしょ?」

「ああ、ナイフを出す前に決着を付けた」


 冷蔵庫から豆乳を取り出しコップを持ってリビングに移った、テレビを付け豆乳を一気に飲んだところで夕飯が出来たと呼ばれた。


 スタミナ丼とステーキだ、特製ダレも付いている、いつもの我が家のメニューだ。食べている間に電話が何度か鳴っていたが無視した、食べ終えるとリビングに移り電話をチェックする、樋口から四軒入っていたリダイヤルする。


「俺だ」

『松本は今見つけた、素人のあんたがどうしてあそこまで酷い真似が出来るんだ? プロの殺し屋の拷問より酷いぞ』


 樋口は暗く寂しそうな声でぽつりぽつりと話した。


「俺を狙った罰だと思ってくれ」


 無言になった、代われと言う声がして電話を代わる音がした。


『もしもし、あんたが探偵の緋村さんかい? 俺は島村組組長の島村竜児って者だ、別に俺の親父を潰した事は何とも思っていない』


 若々しい張りのある声だった。


「ああ、先代の息子って事は知ってるよ、で何の用件かな?」

『あんた何でうちを目の敵にするんだい? それが不思議でね』

「別に目の敵にした覚えはない。先代の時は親父さんが無理やり土地の権利証を盗んでいったから仕方なく、今回は上野のとこに狙われてた一般市民を助けた結果がこれだ、ここまで大ごとにしたくはなかったんだがな」

『なるほど、話はわかった。今後一切善良な一般市民やあんた達に手出しをしないと言ったら引き下がってくれるかい? これ以上犠牲者を出したくないんでな』

「そりゃ勿論だ、俺も荒事は嫌いなんでな」

『じゃあ、こっちはその方向で話を付ける、うちはカタギには手を出さない主義なんだ、しかし樋口のグループが勝手に暴走するかも知れん』

「返り討ちにするだけだ」

『まあその時はその時だ、俺は平和的解決を望むね、って事で警察が来たから切るぞ』


 電話が切れた。


 由香里が不思議そうな顔をしている。


「今のが組長? 何か陽気な社会人って感じだったわ」

「あんな奴は珍しいと思うぞ」

「そうよね、とてもヤクザって感じじゃ無かったわ」


 小一時間テレビを眺めていると今日の事が事件として取り上げられていた。


『先代島村組崩壊の悪夢再来か』


 という見出しだった、やり口が同じだったので再来と言えば再来だ。松本は両手足の縛った場所から先はやはり壊死していて切断を余儀なくされた、そして精神は崩壊していて気が狂っていた、何人廃人にしただろう? 覚えてはいない。


 評論家同士が言い合っている、俺は興味を無くしテレビを消した。


 暫く豆乳とコーヒーを交互に飲みながら考えた、竜児は平和的解決をしたいと申し出たが、嘘を言っている感じではなかった、ならこちらとて無益な争いは避けたいところだ。後は樋口一派がどう出てくるかそれだけだ。竜児に諭され大人しくしているのなら良し、逆らって歯向かって来るようなら容赦はしない、そう決めた。


 いつものように一緒に風呂に入ると怪我がないか、体中をチェックされた。まじまじと見られるのは落ち着かない。


「もういいだろう」

「そうね、打撲の跡も無いわ」

「ラーメン食いに行かないか?」

「行きたいわ、上がったら行きましょ」


 風呂から上がりラフな格好に着替えるとこってり系のラーメン屋に向かった。とんこつラーメンを頼むとにんにくを二粒も潰して入れ食べ始めた、今日失ったスタミナが戻ってくる様な気分だ。


 食い終わる頃店の雰囲気がガラリと変わった、入り口を見ると竜児と樋口が入って来たところだった、竜児も何かに気付いたのかキョロキョロしていて目が合った。


 竜児は俺の顔は知らない筈だが、目が合った瞬間ニタリと笑い表に出ろとジェスチャーを送ってきた、悪意は感じられない。


 由香里にちょっと待っててくれといい竜児の後を追った、樋口も気付いていないようだった。


 表に出て暫くにらみ合う形になった、数秒が数分に感じた。先に表情を崩したのは竜児だった。


「初めましてだな緋村さん、いや荒木俊輔さん」

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