第10話

 アラームの前に目が覚めた、キッチンに行き冷蔵庫から豆乳を取り出しコップを持ってリビングに腰を下ろす。


 ノートパソコンを開き新しい依頼が入っていない事を確認すると、只今依頼を受け付けてませんと設定を変えた。


 そうしている間にアラームが鳴り由香里も起きてきた。


「おはよう、早いのね」

「俺もさっき起きたとこだ」

「今日の予定は?」

「今のところ無しだ、向こうの出方次第だ」


 由香里はキッチンに消えていった。


 ガーリックライスととんかつの朝食を食べ終えるとまたリビングに向かった、上野に用事は無かったが一応安藤の携帯をテーブルに置いておく。テレビを付けたが大した事件は起きていない、週間天気予報だけ見ておく。暫く晴れの日が続くようだ。


 携帯が鳴った。上野からではなかった斎藤と表示が出ている、上野の新しい部下か樋口の部下だろう、電話を取った。


「誰だ上野のとこの下っ端か?」

『そうだが下っ端という呼び方は気に食わんな。ところであんたが緋村って探偵かい』

「ああ、そうだが何の用だ? 俺を殺るために動いているそうじゃないか」

『ああ、それなんだが俺達四人はあんたに敵うとは思えないんでね』

「だったらこっちから出向いて潰してやろうか? 四人対一人だ」

『話を最後まで聞いてくれ、俺はあんたが先代の島村組をどうやって潰したのかある程度知っている、だから戦わない方を選ぶ。あんな廃人になりたくないんでな、だから俺達には襲われたフリだけしてもらえないか』

「ほう、頭は回る様だな。こっちに干渉しないのなら賢明な選択だ」

『干渉なんてしない、上野の兄貴とヤミ金やってる方が安全だ。樋口のとこに何か聞かれたら襲われたってことにしといて貰えると俺達は助かる』

「わかった、ナイフで襲われて返り討ちにしたって事にしておいてやろう」

『ありがとよ、用件はそれだけだ。話があるなら上野の兄貴に連絡してくれ』


 電話が切れた。念のためすぐに上野に電話を掛ける。


「俺だ」

『どうした? 樋口から連絡があったのか』

「いや、今斎藤って奴が俺に掛けてきたんだが、お前の部下か?」

『ああ、そうだが呼び出されたのか?』

「逆だ、あいつら四人は俺には一切手出ししないから俺達に襲われたフリだけしてくれっていう話を振ってきた」


 はははっと上野が笑った。


『あの馬鹿共でもそれくらいの考えは思いついた様だな、あんたのやり口は把握しているようだからな。であんたはどうする?』

「わかったと言ってやったよ、準備運動くらいにはなるかと思ったが、あいつらは今後一切俺に関わらないそうだ、見逃してやるよ」

『助かる、あいつらは暫くどこかに潜伏させよう』

「その辺りはお前の好きにすればいい、また掛ける」


 電話を切り由香里に話しかける。


「九人の敵から一気に四人が脱落した、残りは樋口のグループだけだ」

「話は聞こえてたわ、あなたの怖さを知っていたようね」

「ああ、先代を潰した事が知れ渡っているらしい」

「それでも樋口ってところのグループは襲ってくるんでしょ?」

「そうだ、余程腕に自信があるみたいだ」

「あなた何か嬉しそう、命がかかっているのよ」

「わかっている、楽しみ半分怖さ半分ってところかな、俺だって死にたくないから無茶はしないさ」

「それならいいわ、ご飯にしましょ」


 電話をしている間に昼になっていた。キッチンのテーブルに移る。珍しくステーキやとんかつじゃなかった。


「これはレバニラ炒めか?」

「たまには違うメニューじゃないと飽きてしまうわ」


 一口食べてみる、美味い。ガーリックライスによく合う、すぐに平らげてしまった。


「物足りなそうね、お口にあったかしら」

「ああ、かなり気に入ったがもう少し量があった方がいいな」

「次から増やしてみるわ」


 ごちそうさまと言いリビングに移ると飲み物も運ばれて来た。


「あなたお口直しにレバ刺し食べてみる?」

「是非食べさせてくれ」


 由香里が冷蔵庫から生レバーを取り出し、切り分けている。


「お待たせ、タレはかけてあるからそのままどうぞ」


 かなりの量だった、由香里も食べるみたいだ二人で同じ皿をつつく。こんなに美味いレバ刺しは生まれて初めてだ。


「いつもの肉屋で買ったのか?」

「そうよ、気に入ったのならまた買っておくわ」

「これで最後か?」

「ええ、そうよ物足りなかったかしら」

「これから肉屋に行こう、魚屋もついでに見に行こう」

「いいわね、ステーキ用のお肉ととんかつも買っておかなくちゃ」


 由香里が片付けを終えるのを待って、二人で出掛けた。


「荒木さんいらっしゃい、いつものでいいかい?」

「今日からはレバ刺し用のレバーも買うわ」

「この前サービスしたレバーが良かったのかい? ありがたいね」


 俺は馬刺しのコーナーを見ていた、値段はピンきりだ。


「馬刺しも好きかい? 新鮮で美味いよ。今日はサービスで二人前付けとくよ、気に入ったらまた買ってくれ」


 肉屋で支払いを終えると魚屋に寄った。


「いつものように適当に見繕って」

「あいよ、ちょっと待っててくれ」


 待ってる間に生牡蠣を見つけたので見に行った、デカい牡蠣が並んでいる。


「生牡蠣は季節限定だ、試食するかい」

「ああ、貰おう」


 大きな牡蠣の殻を剥いて一つ食べさせて貰った。かなり美味い。


「季節限定ならこれも買っていくよ」

「ありがとう、適当に選んで入れておくよ。牡蠣は痛みやすい、今夜にでもすぐ食べてくれ、当たると大変だ」

「わかったよ」


 支払いをし帰路に着く、流石に重かった。


「勝手に決めてしまったが、由香里は牡蠣は大丈夫か?」

「大丈夫、大好物よ。だけど刺し身が続いちゃうわね」


 マンションに帰り、リビングでタバコに火を付けるとやっと落ち着いてきた。俺が焦ったところでどうこうなる問題じゃない、のんびりと待った方が良さそうだ。豆乳を飲みながら今夜の晩飯の事を考えた、生牡蠣が楽しみだ。考えている内にうとうとし始めた。


 由香里に起こされた、やはり寝ていたみたいだ。


「あなた、もう晩ご飯の時間よ。ぐっすり寝てたわね」


 伸びをしキッチンのテーブルに着く、刺し身三昧だ。いただきますと手を合わせ食べ始める、どれも新鮮で美味い。テーブルの端から端まで刺し身で埋め尽くされている、魚何匹分だろうか? 考えるだけ無駄だ残さないように食べる事に専念した。特製ダレの混ざった刺し身醤油を何度も入れ替え黙々と食べる、由香里も黙って食べる事に専念しているようだ。


 数十分かけようやく食べ尽くした、残りは生牡蠣のみだ二人同時に箸をのばし口に放り込む、独特な風味が口の中に広がる、風味が消えない内に次の牡蠣を食べる。完食した達成感と生牡蠣の余韻に暫し浸る。


「凄く美味しかったわ、正直食べきれるか不安だったけど何とかなるものね」


 先に由香里が話し始めた。


「刺し身も十分美味かったが、生牡蠣が最高だったな、また次回の楽しみが増えた」

「そうね、でもお刺し身は少し減らして貰いましょお腹が膨れ上がってるわ」

「そうだな三分の二くらいで十分だろ」

「そうね、それくらいがちょうどいいわ」


 由香里が満腹で苦しそうだったので、自分で豆乳とコップを持ちリビングに移った。


「あなたに気を使わせちゃったわね、でも大丈夫よ」

「暫く胃を休めておけ、俺の事は気にしなくていい」


 結局三十分程由香里は動けないで居た。

「片付けは明日にして今日はもう休もう」

「たまにはそれもいいわね、そうさせて貰うわ」


 俺は豆乳を片付けると由香里を抱きかかえベッドまで運んでやった、俺も一緒にベッドに入る。満腹のお陰ですぐに眠気はやって来た、抗う事無くそのまま惰眠を貪った。

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