第9話
事務所の近くに車を止め様子を窺う。
次々と幹部連中がやって来る。最後に遅れて上野もやって来たが事務所に入るなり、後ろ向きで後退してきた、それを追って樋口が現れる。上野の腕を握ると事務所内へと引きずりこんだ。
中の様子までは見て取れない。上野が尋問されているのかリンチされているのかはわからない。
暫くすると上野が左足を引きずりと樋口が左目を押さえて出てきた、二人共出血している。別々に車に乗り込み何処かへ走り去った、恐らく病院だろう。
俺は安藤の携帯から上野に掛けてみた。
「俺だ、左足は刺されたのか?」
『見ていたのか、その通りだ。だがそのナイフで樋口の左目を刺してやった、やられっぱなしじゃ男が腐る。これから内部抗争が始まるかも知れん。緋村と言う名前を割ってしまったすまん』
「その場ですぐに内部抗争にならなかったのか? 俺の名前は出しても構わんよ」
『組長の竜児が止めに入った、痛み分けだと言って病院に行くよう指示されたんだ』
「吉田はどうしてた?」
『ニヤニヤ笑って見てたよ、不気味な男だ』
「また掛ける、ちゃんと傷を治せよ」
その内樋口からも掛かって来るだろう、マンションに帰ることにした。
マンションに帰ってタバコを吸いながら考えた、上野は足を刺され樋口は左目を刺されて失明している、上野の傷は治るが樋口は治らない。これを痛み分けと言って五分にした竜児は何を考えて五分の扱いにしたのだろうか? 樋口は納得したのだろうか? 無理にでも納得させるだけの力が竜児にはあるのだろうか? 考えてもわからない、調べた方が良さそうだ。
「あなた、お昼ご飯よ」
由香里と一緒に食事をし、暫くリビングでくつろいだ。
上野と樋口の件は警察沙汰になっているのだろうか? とりあえず上野に電話を入れてみる。
「俺だ、周りに誰かいるかい?」
『いや、帰りの車の中だ』
「警察沙汰にはなっていないのか?」
『事故で片付けられた、樋口は三日ほど入院らしい』
「そうか、疑問なんだか竜児は何で五分で痛み分けにしたんだ? 樋口は片目を失ったんだぞ」
『俺にもわからん、竜児のカリスマ性でお互い納得させられた様なものだ』
「なるほど、カリスマ性か納得がいった、竜児の親父は微塵も無かったがな」
『樋口が戻れば内部抗争とまでは行かないだろうがひと波乱あるかもしれない』
「お前の部下は俺が全員片付けたが、今後はお前一人か?」
『いや、メインの部下は再起不能だがまだサブの部下はいる』
「そうか、わかった。また何かあれば聞くことにする」
『あんたに敵うとは思えん、情報くらい流してやるさ』
電話を切り、考える。上野は俺を恐れて怯えている、俺の邪魔をしたり嘘は吐かないだろう。樋口が何時動くのかが問題だ、俺が安藤の携帯で上野と連絡を取っているのも、緋村と名乗っていると言うこともバレている。
とりあえずは樋口が動き出さなければどう転ぶのかはわからない。上野の部下を再起不能にしたことで、島村組に喧嘩を売ったと思っているだろう、厄介な事件を引き受けてしまったが成り行きでこうなったのだ、島村組が俺を狙わなくなるまで続くだろう。
「あなた、今夜も刺し身でいいかしら、まだかなり残ってるの」
「ああ、構わない。勿体無いから食べてしまおう、すぐに用意してくれ」
いつの間にか夕方になっていた、性に合わない考え事をしてたせいでお腹は空き始めていた。
すぐにキッチンのテーブルには皿が並び始めていた。二人で食べ始める。量が多いのですぐに満腹になったがまだ残っている、無理やり腹に詰め込んで食べ終えた。
同時に俺の携帯が鳴る、レミーのマスターだった。マスターが小声で話し出す。
『今から来れますか? さっき島村組の組長と上野と吉田って人が来られてましたよ』
「わかったすぐに行こう、パフェを頼む」
電話を切り由香里に一緒に行くかと尋ねると行くと答えたので二人で出掛けた。
レミーに着くとマスターに奥のボックス席に案内され、パフェが運ばれて来る、他の客はバイトが対応していた。
「で、どうだったんだい?」
俺の質問に何から答えて行けばいいのか迷っているようだ、ぽつりぽつりと話し出す。
「上野って人は服装こそ小奇麗でしたが全身ボロボロのようでした、吉田が肩を貸し何とか歩けるような状態でした」
「その経緯については知っている」
「組長が今回の樋口との一件は無かった事にする、わかったな、これ以上揉め事は許さんからなと念を押してました、上野も納得した感じでした、吉田はヘラヘラにやけてましたが」
「俺の持っている情報とほとんど同じだな」
「流石は荒木さん情報が早い。後は上野の部下をやった緋村を樋口と片付けろ、それで終わりだと言ってました、緋村って荒木さんの事だとピンと来ました」
「ああ、探偵業の時は緋村と名乗っている、上野と樋口が俺の相手か、だが上野自身は俺に手は出してこないはずだ、組内の情報を俺に流しているのが上野だからな」
「そうだったんですか、道理で荒木さんも詳しいわけですね、私は情報屋として素質が無いですね」
残念と言う顔をしている。
「そんな事はない、上野と樋口に俺を片付けろと竜児が言っている事は知らなかった、恩に切るよマスター」
話は終わりだという風にマスターは腰を上げた、俺は食べかけのパフェを中断し、用意してた情報料をマスターのポケットにねじ込むと続けてパフェを食べ、帰宅した。
「あなた何人に狙われているの」
「上野のところも樋口のところも四人ずつだと思う、上野は頭数に入れないから八人と樋口一人だ」
「拳銃を持ってるの?」
「いや、九人中五人はナイフのプロらしいが拳銃は使わないらしい」
「少し安心したけどナイフのプロってのが気になるわ、お願いだから死んだり怪我をしないで」
由香里は泣きそうな声で言った。
「大丈夫だ、何とかするよ」
とは言えどれほどの使い手なのかわからない、舐めてかかると本気で危ないかもしれない。
上野に連絡を入れる。
「俺だ、何回も悪いな」
『どうした』
「お前の新しい部下と樋口一派が俺を殺そうとしているらしいな」
『あんたには何でも筒抜けみたいだな、その通りだが俺はあんたには何もしない、うちの若いのは張り切っているが前の部下程腕は立たない、結果は見えてる。だが樋口のグループには気を付けた方がいい、前にも言った通り格闘技の有段者でナイフの扱いに長けている。暴力専門の集団だ』
「俺には敵わんよ、拳銃以外なら負ける気がしない」
『江口だったっけ、あいつも樋口のグループの一人だった、あんたは拳銃を持ったあいつを簡単に廃人にしてしまう程の腕前だ、何とかなるだろうが、ナイフ使い四人同時だと流石のあんたもヤバいんじゃないか?』
「確かにな、何か手を考えるよ。あんたは大人しく骨折と刺された左足を治しな、俺は樋口からの連絡を待つさ。今夜はここまでだ」
『待て、今のうちの組は警察のガサ入れが怖くて拳銃は一丁もないと思う、唯一隠し持ってるとすれば組長か樋口が一丁持ってるかもしれない』
「わかった、情報提供感謝する、じゃあな」
電話を切った。
樋口一派に同時に襲われないためにはどうすればいいか暫く考えてみるが何も思いつかない。とりあえず江口程度の相手なら何とかなるだろう。とにかく樋口が退院するのを待つしか無いのか? 考えるのを止めた。近い内に連絡があるだろう。
二人で風呂に入り、早々にベッドに潜り込むとすぐに眠りに落ちて行った。
また浅い眠りの中、時計の針の音と由香里の寝息が聞えるが金縛りではない、動こうと思えば動けるが同時に夢も見ていた。由香里と出会った頃の夢を見ている、由香里のお陰で半年で俺の生活はガラリと変わった、大金持ちにもなった。汗水垂らして働くなくても良くなったが、いい事なのかどうかはわからない、徐々に深い眠りに落ちて行った。
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