第5話

 朝のアラームで目が覚める、由香里も起きてくる。リビングに移り伸びをすると両手を握りしめジャブ、ストレート、フックをひねりを入れて空中へ打つ。


「あなたがシャドーボクシングしてるところ初めて見たわ」


 料理をしながら由香里が見ている。


「こんなのは本当のシャドーボクシングじゃない、体が鈍っていないかの点検だよ」

「つい先日も長井さんと練習したんでしょ、鈍ってなんかいないわよ」

「今日から新しい島村組の監視に入る、いつ何があるかわからんからな」


 キッチンのテーブルに着くといつものスタミナ丼が出て来る。綺麗に平らげるとそそくさと着替え市内地図を持って出掛ける。


「行ってくるよ」

「監視だけならいいけど気を付けてね」

「ああ、早いかもしれないし遅くなるかもしれない、飯は一人で食べておいてくれ」

「わかったわ」


 車で元島村茂の家に向かった、息子で現組長の竜児が住んでいると昨夜調べておいた。


 ベンツが一台停まっている、竜児はまだ家にいるようだ。誰か運転手が来るのか自分で運転するのかはまだわからない。


 小一時間程で竜児らしき男がラフな格好でゴルフバッグを持って出てきた。最新のデジカメで顔を数枚写す、自分で運転するみたいだ。後をつけたが打ちっぱなしに入っていった、それを見届けると街中の島村組の事務所に向かう。


 カモフラージュの為か本当なのかわからないが、島村物産と看板が出ている。最近はヤクザには厳しい世の中だ、住民の抗議運動も起きたりするので事務所が作れないこともあるのだ。幹部らしき男達が出入りすると必ず下っ端が出迎えと見送りをするので、すぐに重要人物はわかった、全員写真に収めた。


 夕方まで粘ったが男達はバラバラに帰って行った。こっちは体一つなので一人に絞って尾行する。表札を見て写真に名前を書き地図にも印と名前を書いておく。そして夕飯ギリギリに家に帰ると言う生活を五日繰り返したがそれ以上に気になる奴は居なかった。重要人物は四人と組長の竜児一人。流石に五日連続で見張るのは疲れた、暴れてる方が性に合ってる。


 五日目の夕食はガーリックライスと刺し身の盛り合わせだった。四日間肉ばかりだったので凄く美味く感じた、平らげるとリビングに移りタバコに火を付ける。


 飲み物を持って来た由香里は俺の顔を覗き込み。


「たまには刺し身も美味しいでしょ? 毎日ステーキかとんかつばかりじゃあなたの栄養が偏るわ」

「ああ、凄く美味かった三日肉で四日目刺し身にしてくれ」

「わかったわ、あなたが前に言っていたポテトサラダも用意しておくわ」


 俺は携帯を取り出し梨香に電話した。


「俺だ、荒木だ。遅くなったが奴らの動きと幹部達の名前と家を特定した」

『急がなくてもいいわよ、十分早いわ。私は狙われてないし、弟もグータラ生活を楽しんでるみたい』

「もう少しで祐一を襲った相手を特定出来そうだ、今夜はその報告だ」

『そう、でも襲った相手を倒しても新手がすぐに出てきそうだわ』

「向こうが諦めるまで続けるさ」

『タフね、奥様が羨ましいわ』

「毎日いい物を食わせて貰ってるからな」

『私も料理さえ上手ければいい男見つかるかしら?』

「梨香なら大丈夫だ、さっきの話祐一にも教えてやってくれ」

『今から教えに行くわ、続きよろしくお願いします』


 電話を切りタバコに火を付ける。三日目と四日目に現れたワンボックスカー、全員で四人のチンピラが乗っていた、二回とも同じメンバーだ祐一を襲ったのはこいつらで間違いなさそうだ、デジカメの写真を見ながらそう確信した。明日はこの車を尾行しよう。


 そう考えてる間に寝てしまっていた様だ、気が付けば五時だった。由香里も横で寝ている、布団も掛けてくれていた様だ。


 顔にかかった髪をかきあげてやり、いつもありがとなと呟いた、すると由香里は目を覚ました。


「今何か言った?」

「いつもありがとうって言ったんだよ」

「夫婦ですもの、これくらいどうってことないわ」

「ベッドに行ってもう少し寝るか?」

「完全に目が覚めたわ」

「俺もだ、もうじき夜が明ける」

「そうね、久しぶりにまったりお茶にしましょ、今入れてくるわ」


 由香里がいつもの飲み物を運んで来る、豆乳とコーヒーを交互に飲みながら二人の時間を満喫した。


 いつの間にか外は明るくなっている。


「昨日のお刺し身がまだ残ってるんだけどそれでもいいかしら」

「ああ、構わない。朝から刺し身なんて豪華だな」


 出された刺し身をガーリックライスと食べる、今日も頑張れそうだ。


朝九時に出掛けた、島村組の事務所前で待機する十時にワンボックスカーが現れると事務所から三人出てきて乗り込む、やはり同じメンバーだ。気付かれないように後ろを数台分空けて尾行する、やはり駅前に車を停め付近を中心に探しているようだ。とりあえずこいつらをどうにかしないといけない。


 二時間ほど様子を見ていたが、今日の捜索は終わった様だ全員車に乗り込み事務所に戻って行く、また付けた。


事務所に戻ると報告だけしたのだろう、チンピラ達は散り散りに去って行く、俺はワンボックスカーを付けた、少し走ると民家もあまりない田園地帯の駐車場に車を停めた、俺も車を停め男に近づいていった。


中肉中背の短髪の男と目が合った。


「誰だお前は? 情報屋じゃなさそうだな」

「緋村だ、ある意味情報屋かも知れん」

「疲れてるんだ手短に話してくれ」


 いきなり右フックをボディに叩き込んだ、肋骨の折れる感覚が伝わり男は吹っ飛び車にぶつかり跳ね返って来る。息がうまく吸えないのか苦しそうにもがいている、暫く待つと男は話し出す。


「お前、俺が島村組の人間だとわかってるのか? 痛い目に合うぞ」

「知ってるさ、痛い目に合ってるのはどっちかな?」

「畜生殺してやる」


 ナイフを出して来たがまだフックが効いている様だ。


「お前にはまだ働いてもらわないとな、殺しはしないが役立たずになってもらおう」

「ごちゃごちゃうるせえ、切り刻んでやる」


 ナイフの動きに注意しながら近づいていくと男は怯んでいる。ナイフで刺して来ようとしたところをステップで躱しひねりを入れてローキックを膝に打ち込む、また折れる感覚があった、男の右足が逆方向に曲がった。すかさず顎にストレートを入れる。


「待て、待ってくれ肋骨と右足が折れた。何でも聞くから許してくれ」


 ナイフを拾い男の両手足の腱を切った。悲鳴は挙がったが誰もいないようだ後ろ手に手首をロープで縛る。


「お前は先代の島村組がどうなったのか知っているのか?」

「知っている、あんたが潰したのか?」

「その通りだ、俺が一人で潰した。お前にも廃人になってもらおうか」


 男は失禁した、気の狂った茂や江口を見たのかもしれない、怯え方が尋常じゃない。


「お前らが探してるのは誰だ?」

「祐一という若い男を探している、拐って来るように言われている理由は知らない」

「一度失敗してるのにまだ狙っているのか? 誰に頼まれた」

「うちの上野さんだ、話したから助けてくれ死んでしまう」


 この程度の出血じゃ死なないが廃人にするのは止めておこう、こいつには伝言役になってもらう。


「祐一は俺が遠くに匿っている、探しても無駄だ。村田夫妻とは絶縁している、上野に伝えておけ」


 男はブルブルと震えている。


「わかったもういいだろう、救急車を呼んでくれ」

「自分でなんとかしろ、それとお前には顔を見られた、目を潰させて貰う」

「それだけは勘弁してくれ頼む、あんたの事は言わないから」

「安易にナイフを出した罰だ」


 両目にナイフを差し込む、サクッと簡単に潰れた。


「ぐわぁ目が、俺の目が」

「いいか、上野にちゃんと伝えておけよ」

「わかったからもう止めてくれ、もう再起不能だ目も手足も使い物にならない」


 車の下に潜りレンチでエンジンオイルとラジエーターの栓を抜いておいた。


 男の体を調べた、携帯は没収しておく。祐一の写真などは見つからなかった。最後に縛った手首を見た、もうすぐ壊死するだろう。男をそのまま放置し家に帰った。

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