第3話

 朝起きると、そそくさと朝食を済ませ、またメールチェックをするが何も来ていない様だった。


 九時まで待って村田梨香に電話を入れる。数コールで女の声で応答があった。


「昨夜メールを見た荒木という者だが」

『村田梨香です、依頼受けてもらえるのでしょうか?』

「昨夜のあれだけの文章じゃ内容がよくわからない、とりあえず会って詳しく話を聞こうじゃないか」

『すみません、私文章が下手な上にテンパってて』

「そう言う人は結構いるから気にしなくてもいい、今日は時間取れるか?」

『はい、仕事はしていないので何時でも結構ですが、早めに何とかして欲しいのです』


 仕事はしていないと言う事は主婦か? それにしては声は若い。


「駅前に出来たレミーという喫茶店は知ってるか? そこに今から来れるか?」

『あ、はい近所ですので今すぐにでも行けます』


 近所ということは俺の家からも近いと言うことか。


「じゃあ十時にレミーで」


 電話を切り出掛ける用意をした、レミーは三ヶ月程前に出来た喫茶店だ、コーヒーが美味く、奥は席も区切ってあるので話をするには持って来いの店だ。


「私も行きたいわ、あそこのケーキ凄く美味しいわ」

「話が終わったら呼んでやるから待っててくれ、俺はパフェが食べたい」


 と言い残し出掛けた。


 レミーに着くとマスターが寄ってきて、独特な低い落ち着いた声で話しかけてくる。


「やあ、荒木さんあんたにお客さんだよ」


 奥のボックス席に女が一人座っている。


「仕事かい? コーヒー二つでいいかな?」

「コーヒーでいいが、まだ話もろくに聞いちゃいない」

「また断るんですか?」


 ニコリと笑いコーヒーの準備を始めた。


 奥のボックス席に行くと、女は立ち上がり頭を下げた。


「荒木さんですね? 村田梨香です」

「ああ、荒木だ。とりあえず座って落ち着こう」


 すぐにコーヒーが出て来る、いい香りが立ち込める。


「で、まず聞いておきたいのは何故俺に依頼を持ってきたのかだ」

「はい初めは興信所を何件か電話帳で探したのですが、事件に巻き込まれるような依頼は受けられないと言われまして、荒事なら荒木さんが向いているだろうと助言戴いたので、お願いにあがりました」

 俺が前回の事件を片付けたのは、この業界で噂になっていた、それが理由か。

「浅野ジムでも何度かお見かけして、長井さんからのお勧めもありました」

「村田さんあそこのジムの会員か?」

「はい、運動不足解消に二年程前から通っています、と言ってもエクササイズボクシングですけど」

「なるほど、長井からも紹介を受けてたんだな」

 長井からの紹介となると断りづらい。

「プロの長井さんをやっつけるところも何度かお見かけしました」

「わかった、とりあえず話を聞こうじゃないか。受けるかどうかはその後だ」

「わかりました、もう三日程前ですが、ジムの後に弟の祐一と食事に行く約束をしてまして、私がジムから出たところに待っていた祐一が目の前でワンボックスカーに押し込められ連れて行かれそうになりました」

「誘拐される理由や相手は誰だったかわかっているのか?」

「何となくですけど、うちの父が株で一財産築いた事が原因かもしれません、見栄を張って周りに言い回していたのでそれくらいしか理由がありません。相手は多分暴力団だと思います」

 新しくこの街に暴力団が出来ている話は聞いたことがなかった、俺が島村組を潰したから新しく湧いて出たのかもしれない。

「ヤクザなら俺が潰したはずだが」

「知っています、荒木さんが潰した直後に他の街からやって来た暴力団らしいです」

 潰した途端に湧いて出る、仕方のない事なのかもしれない。

「で向こうから何か恐喝電話は受けてないのか? 今の話じゃ身代金目当てみたいだが」

「父に聞こうと電話したのですが、曖昧な答えで話になりませんでした」

「あんた、一人暮らしなのか?」

「はい、駅前の表通りから一本奥にあるマンションに一人暮らししています。弟も部屋は違いますが同じマンションです」

「じゃあ、俺のマンションの裏手のマンションだな」

「そうです、長井さんから荒木さんのマンションは聞いていたので」

「わかった、まだあんたの話からじゃ情報が少なすぎる、俺なりに探りを入れよう」

「引き受けてくれるんですね」

「一応引き受けたがさっきも言った通り情報が少ない、調べるのに時間をくれないか? 金目当てなら弟の祐一も殺しはしないだろうしな」

 俺は初めて探偵用に作った名刺を渡した、村田梨香も名刺を出して来る、何の肩書も載っていないがどういう事だろうか。

「あんた仕事もせずにどうやって暮らしているんだ、直感だと父親の一財産だけで暮らしてるように見えないが」

「お祖父様が亡くなった時の財産分与で、かなり貰いましたからそれで生活しています」

「じゃああんたの両親にもそれなりに入っているんだな」

「はい、ですが両親は金の亡者です、遊びに使ってほとんど残ってないはずです」

 やはり人間は金があると破滅する生き物の様だ、俺の親戚を見てきたからよく分かる。

「私と弟は両親と決別して家を飛び出しました。父の今回の一財産も残り少ないお金で一山当てたんだと思います」

「もう少しいいかな? 両親やあんたら兄弟は正式に財産分与されると孫のあんた達の兄弟はあまり貰えないはずだが」

「お祖父様の遺言で、父、母、私、弟に均等に四分の一ずつ入るようになっていたみたいです。だから結構な金額が入ってきました、荒木さんほどは持っていませんが、一人十億円ほどです」

「なるほど理解した。がどうして俺が金を持っているのを知っているんだ?」

「お金持ち同士のパーティーで噂になっていますよ、来られたことないかしら?」

「誘われてないな、そんなパーティーがあるのか面倒くさそうだ、とりあえず今日はここまでにしよう調べ終えたら連絡する」

「わかりました、私も拐われないように注意します」

 村田梨香は二人分精算すると家に戻っていった。由香里に来ていいぞと連絡を入れた。

 すぐに由香里は来てケーキを注文し、俺はパフェを食べながら村田梨香の件を説明してやった。

「あなたのお仕事よ邪魔はしないけど危なくなったら止めていいのよ」

「わかった、ところで金持ち同士の集まりなんか聞いたこと無いぞ」

「セレブ同士が勝手にパーティーを開いているだけよ、あなたには合わないし私もパスよ全部断ったわ」

「これからも断ってくれ、俺はそういうのは好きじゃない」

「だと思ったわ」

 家に帰る際にマスターに新しい暴力団の事を聞いてみた。結構知ってるようだった。

 島村組の島村茂の息子竜児が隣町でやってる暴力団が乗り込んで来たらしい、茂と違いかなり悪どいそうだ。

「マスター、何でそんなに詳しいんだ?」

「喫茶店なんかをやってるといろんな客が来ていろんな話をしていく、普段は知らないふりをしているが荒木さんの役に立つなら荒木さん専属の情報屋になろうじゃないですか」

「じゃあ早速だが村田隆と妻の良枝について情報を集めてくれないか、俺も調べてみるが何かわかったら教えてくれ」

 マスターは頷きながら微笑むと任せて下さいといい、他の客の応対を始めた。

 家に帰り一服すると村田梨香に連絡を入れる。

「荒木だがちょっと聞きたいことがある」

『何でしょうか何でも聞いて下さい』

「島村の息子竜児の暴力団が関わっているみたいだが心当たりはあるか?」

『流石探偵さんね、竜児と言う名前は初めて聞きましたが、新しい島村組が関わっているみたいです、それ以上は両親も話してくれません、まあ両親を捨てて飛び出した私達には教えるつもりは無いのでしょう。その割にお金を貸してくれとか、たまに掛かってきますが無視してます』

「そうかわかった。両親がどうなっても構わないか? 俺はあんたの弟の救出を依頼されたと思っているが」

『構いません、すでに親子の縁は切ってますので、祐一さえ無事ならそれでいいです』

「わかった、また掛ける」

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