Easy!

moes

Easy!

「ゴメン。もう別れよう」

 下を向いてささやかれた言葉は、風に掻き消えそうなほど小さいくせに、腹立たしいことにしっかりと耳に届いてしまう。

「……そう」

 何度言われても、どう反応して良いか困る。

 とりあえず承諾の意が伝わればいいだろうと、一言うなずきを返す。

 彼女の口からは深いため息が漏れた。

 タメイキつきたいのはおれの方なんですが。

 理由もわからず別れを切り出されて。原因だって何も思い当たらないのに。

 一度も目を合わせなかった彼女の背が見えなくなってから、大きくため息を吐き出す。

 あーあ。終わっちゃったなぁ。

「シロっ。シーロっ」

 降ってきた呼び声に顔をあげる。

「見てんじゃねーよっ」

 図書室前の窓から顔をのぞかせている幼馴染な悪友を睨んでみせる。

 が、相手は気にした様子もなく手振りで上がってくるように示して、顔を引っ込ませる。

 自分勝手なヤツめ。

 ちゃんと行ってやるおれも大概人が良いよな。っていうか、言うこと聞いてやるせいであいつのワガママは治らないのか? ってことは自業自得か。

 上履きの土を拭って校舎へ入り、三階へ向かう。

「ちはー」

 図書室横にある部屋のドアを開ける。

「よぉ、振られ男」

 やなヤツ。傷心の友人に対してかける言葉がまずそれってどうなのさ。

「のぞき男に言われたくない」

 長机に積んである本を脇に寄せ、座る。

「見えるところでやってるのが悪いんだろ。……シロも懲りないよな。何人目だよ」

 エカのいれてくれたインスタントコーヒーを受け取り逆の手の指を折る。

「……四……五人目?」

「それ今年の四月からだろ? ばかだろ」

 確かに約七ヶ月で五人は多いと思う。思うけれども。

「おれに落ち度あるか? ないだろ」

 付き合ってる間、他の子に見向きもせず、カノジョ優先。ちゃんと優しくしてるし、ケンカだってしたことない。

「落ち度がないと思ってるってところが落ち度っていうかねぇ」

 したり顔で言いやがって。キサマにおれの何がわかる。

「長い付き合いだしねぇ。わかりたくなくてもわかるっていうか、シロ、顔に出すぎ」

「オマエみたいになに考えてるかわからない鉄面皮よりましだ」

「あぁ、ハコ? うん、図書室の横の部屋。プレートついてないけど入って良いから」

 聞いてない上、いつの間にか電話してやがるし。

「誰か来るなら、おれ帰ろうか?」

 携帯を片付けるエカに尋ねると、笑みを返される。ナニ?

「そういう気遣いがアタリマエなのがシロのシロたるゆえんだよなぁ」

「どういう意味だよ」

「褒め言葉。おまえがもてる要因のひとつ。優しいしな、基本。おまけに顔もそこそこだし?」

 それも褒めてるんだよな? 一応、普通に。なんかオチがありそうで怖いんだが。

「で、優しいから告白されると断らないしな。どんな子でも」

 含みのある言い方するな。

 付き合ってみなきゃどんなコかわかんねぇし。自分のコト好きだとか言われたら嬉しいだろ、それだけで。

「素直っていうか、単純っていうか、お手軽っていうか。だから振られるの。Easy come,easy go」

 エカはわざとらしくため息をつく。

 んー? 簡単に来たものは、簡単に行く?

「得やすいものは失いやすい。悪銭身につかずってこと。言葉悪いけどな」

 つまり、告白されたからって安易にOKするなと。

「だって断る理由ないし。もちろん、付き合ってるあいだに他の子に告白された時はちゃんと断ってるぞ」

 フリーじゃないときに告白されることなんて、ほとんどないけどな。

 エカはかるく肩をすくめる。ムカつくな。お見通しみたいな顔してんじゃねぇよ。

「どーぞ」

 控えめなノックの音に答えたエカにつられてドアに目を向ける。

 さっきの電話の相手か?

 そろりと開いたドアの隙間から覗くリボンの色からすると三年女子。

「ハコ」

 エカが声をかけると細く開いたドアからするりと入り込んでくる。

「ここ、わかりにくい。表示ないから違ってたらどうしようかと思ったじゃない」

 細っこい、きつめの顔立ちの女子がエカに文句を言う。

「プレートないって、ちゃんと言っただろ」

「プレートくらいつけなさいよ。ケチケチしないで」

 そういう問題なのか? ということを言い放つとハコさんはふとこちらを見る。

「こんちは」

 小さく頭を下げる。

「……こんにちは」

 ちょっと驚いたように返事する。キツイ雰囲気がちょっと緩む。

 エカのカノジョだろうか。いるなんて聞いてなかったけど。

「従姉だよ。ハコ、こっちは藤波史路しろう

 あぁ、って感じでハコさんはうなずく。なんだ?

「周囲に疎いハコまで知ってるなんて、有名人だなぁ、シロ」

 その口調は馬鹿にしてるな?

「あの、なんで知ってるんですか?」

 エカに言っても無駄そうなのでおそるおそるハコさんに尋ねると苦笑いされる。

 その顔が妙にエカに似ていて変な感じだ。なんか。

「断らない……じゃなくて断れないだったっかな。別れるときも追わず見送る。誰にでも優しいだけの藤波史路くん。一言でいうと軽佻浮薄?」

 それ、ちょっと間違ってる上、ひどくないか。いくらなんでも。

「ハコー。それはさすがに結論とびすぎ」

 エカ、おまえは笑いすぎだ。

「そう? でも、思ったよりマトモな感じ。噂ってアテにならないと思う程度には」

 普通に真顔でそんなこと言われると、どう反応して良いのかわからないんですが。一応よろこんでおいて良いのか?

「シロはちょっと抜けてるだけでマトモだよ。バカだけど」

 ほんとにエカは一言余計だ。

 その言葉には取り立てて反応せずにハコさんはじっとこちらを見つめてる。

 どうしたら良いんだ?

「あ、ハコさん。荷物おきますか?」

 重そうな紙袋持っていることにやっと気付き、机からおり、場所をあける。

「『ハコさん』って呼び方は変だと思う」

 眉をひそめてハコさんは言う。

 机に紙袋をのせているハコさんをみつめ、理由を待つが返事はない。

 仕方なくエカに助け舟を求めると苦笑する。

「ハコっていうのはあだ名。ホントは葉っぱの子で葉子ようこ

 ナルホド。っていうかエカの家系は本名で呼んじゃいけないという取り決めでもあるのか? エカも本名はいさおだし。

「じゃ、エカ。その袋が頼まれた本だから」

 葉子さんは唐突に用事を済ますと、部屋をでていってしまう。

「あのさ、ええと。おれ何かした?」

 ハコさんなんて呼んで気を悪くしたとか?

「気にしなくても良いよ。ハコはもともとあんな感じ。マイペースにもほどがあるよなー」

 それって、似たもの従姉弟なんじゃないか。自分のこと棚に上げてるけどエカも相当マイペースだぞ。

「エカは葉子さんのこと好きとか?」

 ちょっと言葉が足りなかったかと思い、恋愛感情として、ととりあえず付け足す。

「は? 何で? ありえないだろ」

 葉子さんの置いていった袋を落としそうになりながら、びっくりしたようにこちらを見る。

 いや、なんとなく。

「…………あのさぁ、確かにおれはさっきEasy come, easy goって言ったけどさ。だからって何であんな面倒くさいヤツ選ぶわけ? それも今さっき会ったばっかりで」

 相変わらず、言わなくても読んでくれるなぁ。っていうか、そんなに顔に出てるのか、おれ。

「え、だってその論理でいくと手に入れるのに苦労したものは、簡単に逃げていかないんだろ? なら葉子さんばっちりじゃないか」

 エカは何か反論しかけて、結局それをため息に変える。

「女なら誰でも良いのか? 手近に会ったハコをターゲットにするってのもずいぶん簡単すぎないか?」

「実はやっぱりエカは葉子さんのことが好きで、だから止めようとしてる?」

 まぁ、なら諦めよう。いまならまだエカとの腐れ縁のが大事だし。

「違うって」

「じゃ、問題ないだろ。別におれだって手近に済まそうって思ってるわけじゃないよ。葉子さん、ちょっと変わってて面白いし。もう少し仲良くなりたいなーとか思うから。基本だろ」

 めずらしく疲れた表情のエカにとりあえずちゃんと伝える。

「シロがそれで良いなら仕方ないけどさ」

 言葉とは裏腹になんでそんなに嫌そうなんだよ。

「じゃ、葉子さん追っかけてきても良い?」

 用もないのに、明日わざわざ会いにとか、ちょっと行きにくいし。特に三年生になに言われてるかわかったあとだと余計に。

「好きにすれば良いけどさ。ハコから苦情が来ない程度にしといてくれよ、頼むから」

「だいじょーぶ」

 かるく言い残してドアを抜ける。

 閉じ際に聞こえた深いため息を無視して、走り出す。

 逸る気持ちのままに。


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