死神の憂鬱
「はあ、マジですか。私に行けと」
運命を下され、死神の少女は憂鬱になった。どうやら仕事をするのが嫌らしい。
死神は死を司るのが仕事で、存在する意味でもある。それを放棄すれば、最悪の場合存在抹消となってしまう。
それでも、死神の彼女は顔をしかめた。
「えー……」
黒いフードの下に覗く外見は、人間でいう高校生ぐらいのあどけなさだ。成熟しきっていない黒い瞳を細め、柔らかな黒髪を不満そうに揺らし出す。肌は限りなく死体に近い白さを持っている。体までは、残念ながら見えない。
目の前にいるのも死神だが、死神にも様々な種類がいて、それぞれ違う役割を持っている。死神の少女はというと、魂を狩り取る部類だ。少女もそれを重々承知なのだが、どうしても気が進まない。
「無に還りたいのか」
と、脅すように諭され、彼女は渋々了承した。
「はあい、分かりました」
漆黒の狭間から、人間界へ降り立つ。
仕事相手である人物は、病院の窓から飛び降りようとしていた。
死神の少女は物言いたげに一瞥し、溜め息を吐いてから、聞かされていた仕事内容を復唱する。
「未来のあった男子大学生が、交通事故で重体になる。奇跡的に目を覚ますことはできたものの、一緒にいた妹が助からなかったと知り、その辛さで飛び降り自殺を実行してしまう。何てことのない高さだが、体に蓄積したダメージが致死を上回ってしまう……」
一拍置いて、憂鬱そうに吐き捨てた。
「重……」
漆黒の鎌を持ち上げるが、鉄特有の重量はない。振り下ろすだけで、息をするよりも簡単に、人間の命は生から切り離されるものなのだ。
だが、死神の少女にとっては、指先一つ一つが重くて仕方がない。
「初めての仕事が、これか……」
仕方ない、仕方ない、と自分に言い聞かせるように繰り返して、少女は落下する男を捉えた──
「え」
まるで、一つのもののように声が重なる。息が、目が合い、思わず互いに硬直した。
それでも、世界の時は止まってくれない。まだ生きている身体は徐々に地面へ近付く。男が伸ばしてくる手を振り払うように、少女は鎌の切っ先を魂に刺す。
「ごめんなさい」
視界が赤に染まり、彼の体から歪みの音がした。
よくやった、と褒められても少女の憂いは晴れない。とっくに引き渡した魂から、声が聞こえるような気がする。
無い心臓が痛むような感覚に陥り、苦悶の表情で胸元を抑えた。涙が零れ、闇に溶け込んでいく。
決して嬉しいとは言えなかった。
「お兄ちゃん……」
了
一夜(短編集) 青夜 明 @yoake_akr
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