第6話 陰謀/辻歌
烏丸三条の久久津大社のビルの最上階から、男は京都――進化を拒絶する古都を、冷たい眼で見下ろしていた。
甲高い電子音が部屋中に鳴り響くと、男は待っていたとばかりに手を擦り合わせ、卓上電話の受話器を取った。
受話器から聞こえてきた老人の声に、男は思わず頭を下げていた。当人は目の前にいないというのに。
声の主、老人が男のことを誉めているらしいのは、男の顔がみるみる喜悦に緩んでいくことで解る。
「いえ、全て閣下の御助力のお陰でございます。閣下に頂いたあのヒトガタは実に素晴らしい。あの技術は様様な分野に応用が利きます。ただし、アレの全てを解明するにはまだ時間がかかりますが」
空蝉と名付けられたヒトガタは、陸年戦争末期の型である。つまり、人間が直接造ったのではなく、造反した機械に作られたヒトガタだ。故に、現在の人間がその仕組みを完全に解き明かすのは容易ではない。
「差し当たっては、通信インフラ方面への応用を考えております。情報技術の退化は、戦前と比べて最も顕著な分野ですからね」
かつて全世界を繋いでいた電子ネットワークが死に絶えてから、もう半世紀が過ぎようとしている。これがどれだけの損失なのか、政治家達はまるで理解出来ていないと、男は怒りすら覚えていた。
だが、例外である政治家もいる。彼が『閣下』と呼ぶ男こそが、それだった。
政府にしか所有も、まして研究すら許されていないヒトガタを、密かに久久津大社に引き渡したのは彼である。
「閣下の仰る通りです。反技術主義……その呪わしい思想に呪縛された時代に終止符を打たねばなりません」
男の口調にも自然と熱が籠もっていた。技術復興は彼の夢であり、それを叶える力を持つ人間とコネが出来たことが嬉しくて堪らなかった。何よりも自分を選んでくれたことが。
高度な科学技術によって人工知能とヒトガタを造りあげた時、それが新たなる種族の誕生だと気付いた人間はあまりにも少なかった。そして制御出来ない科学技術が何をもたらすのか、膨大な死者と地球環境の破壊の末に、人間はそれを知ったのだ。
反技術主義は、その歴史から生まれた思想である。科学技術の進歩が必ずしも、人類の幸福へと繋がらないことを知った人人が広げた考え方である。
それは、男がこの世で最も嫌悪している思想だった。
彼は、二十世紀の人物であるフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティの思想――戦争による技術革新が人類を進化させる――未来派と呼ばれた思想にこそ共感を覚えた。
「今後も市内を襲撃させて、治安警察の反応を見ます。はい、勿論、我が社の一部の人間だけしか知りません」
男は硝子張りの壁に眼をやりながら、口元に笑みを浮かべた。この硝子はマジックミラーになっている。部屋には監視カメラもなく、盗聴器の類もないことは定期的な調査で解っていた。電話回線を盗聴することも幸いなことに、磁気の乱れで不可能に近い。
「必ずや御期待に添えられますよう、鋭意研究を進めます。どうぞ吉報をお待ち下さい」
老人は激励の言葉をかけた後に、通話を切った。
男は満足げな表情で受話器を下ろすと、再び街を見下ろした。瞳を野望の色に染めながら、傲然と呟く。
「正しき技術で、正しき進化を。馬鹿な大衆に思い出させてやろう。人類は技術で進化する、俺がさせてみせる」
※ ※ ※
己の使命を果たすべく、空蝉嬢は舞いを舞う。
踊る、踊る、無知なる民が眠る街で、ぐるぐると、ぐるぐると。
舞えば血花が咲き誇り、悲鳴と嗚咽が、皐月の夜を震わせる。
転がる、転がる、腕、足、首が、ごろごろと、ごろごろと。
老若男女の区別なく。仕留める数のみ気を向ける。
人の傀儡にあらずして、人を殺める者のはず。
それが人に絡繰られ、人の為に、殺し殺して、解解(ばらばら)に。
宇治で三人撫で斬りに。
壬生で六人首を刎ね。
清水寺の滝壺に、ぷかりと浮くは比翼連理の夫婦草。
ヒトガタの本懐ここにあり。人を殺すが宿命なれば、何の憂いがあろうやと。
疑問と呼べる疑問はなく。不満と呼べる不満もない。
只只、使命を全うする。
祇園の芸妓を真っ二つ。
七条の坊主を串刺しに。
平等院の甍(いらか)から、滴る辰砂の妙薬を、見て見ぬふりの阿弥陀如来。
殺人機械のヒトガタなれば、まさしくあるべき姿なり。
それでも、止まぬこの衝動。
それこそ、病の如くにて。
ヒトガタにココロなどありはしない。
もしも、人であるならば、恐らくこれをこう呼ぼう。
虚無、空虚、心に出来た昏い穴と。
嗚呼、今宵も踊る、踊る、血花を咲かせ、番傘にその身を隠し。
幾夜も続く死の舞踊。
幾夜続くか死の舞踊。
酸鼻極まる人形劇、主役の乙女のヒトガタは、その名を空蝉嬢と申しけり。
つづく
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