第5話 中

 ◇ ◇ ◇


 剣と剣とが、ぶつかり合う。


 お互いの意地が衝突する戦場。


 私はお父様の背中に隠れながら、本物の戦いの空気を感じていた。


「ミスティ、奥の砲撃手を威嚇しろ。撃たせるな」

「は、はい、お父様!」


 私は長射程の『ユナイチェスターE37』を構え、大砲を支える脚部を狙撃する。

 狙いは多少逸れてしまったけど、体勢を崩すことには成功しました。


「くっ……手が……」


 手の震えのせいで、狙ったところに着弾しない。今のはうまくいったけれど、毎回こうはならない。百発百中でなければ、お父様の援護には値しない。


 その後も何度か狙撃。けれども、そのどれも狙いが僅かに逸れてしまった。

 なんで、どうして。自問自答、焦りが募る。

 悩んでいると、お父様がわざわざ駆け寄ってきてくれました。


「どうした。腕が鈍ったのか?」

「そ、そんなはずは……たくさん練習したのに……」


 手の震えは治まらない。さっきお父様をはげましたのに、当の私がこれでは……情けないですね。

 不安を忘れ去るため、私は銃を構える。

 トリガーに指を掛けた。その時、お父様が銃身に手を掛けました。


「お父様、何を」

「臆したか? 今更聞くが、人を撃つ覚悟が、お前にはあるか?」


 優しく、語り掛けるようにお父様は言いました。


 確かに、こうして戦場に出るのはこれが初めてです。この前の戦闘は、ただお父様の背中についていっただけで、何もしていない。

 人の命を奪う、戦場の日常に、私は恐怖しているのかもしれない。


「撃つ、人を……?」


 違う。私の銃は、人を守るためにあるのです。騎士の剣と同じ、守るためのもの。

 そう決めているのに、私は何におびえているの?


 銃を握る手から、力が抜ける。しまいには足からも。その場にしゃがみこんでしまう。


「おいどうした……こっちにこい!」


 お父様は私を引っ張って、近くの遮蔽物に身を隠しました。

 震えるばかりの私。その時、お父様は私の肩を掴み、兜越しに、私をじっと見つめてきました。


「ミスティリス、ここは戦場、迷ったら死ぬぞ。敵より先に自分に負けていては、到底生き残れん」

「っ……わ、私……」

「初めての戦場で無理をさせてしまったようだな。私の落ち度だ。すまない」

「あ、謝らないでください! お父様のせいではありません――私、まだやれますから!」


 銃を抱えて、立ち上がろうとする。でも、まだ足に力が入りません。震えるだけで、力が入らない。

 すると今度は、お父様は私の頭を撫でて、こう言いました。


「無理はさせたくない。しばらく休んでから復帰しろ。その時また、自分で迷ったと思った時は、私を見ろ。いつものように私を見ていろ。少しは気が紛れるだろう?」

「え、え? お父様を?」

「ああ。私を呼んだっていい、それで迷いが晴れるなら、それでいい。私だけを見ていろ、ミスティ。改めて、騎士のなんたるかを見せてやる……あと、やっぱり兜はいるかもな」


 最後にぽん、と軽く触れて、お父様は前線に戻っていきました。


 身を隠したまま、顔だけ出してお父様を見ます。


 果敢に、誰よりも前に出て剣を振るうお父様。その背中はとてもたくましくて、頼もしい。迷いなんて微塵も感じられない、そんな背中。


 お父様を見ていると、自然と落ち着いてきました。震えもいつのまにか止まって、力もしっかりはいるように。


 迷いがどうこうとか関係なく、お父様がいれば、私はどうにでもなるんですね。都合のいい女ですね、私は。


「ふふっ、すごいです、お父様。ダメな私を強くしてくれる、素晴らしいお方です!」


 さっきまでの私はどこへやら。すっかり元通りになりました。

 背中を見て、勇気をチャージ。

 銃の弾を込めなおして、お父様越しに敵を見据える。さっきよりも鮮明に目標が見えます。


 これでようやく、まともな援護ができそうです。


「お父様!」


 最後に、お父様を呼んでみます。ちゃんと声は届いていたみたいで、剣を大きく掲げてくれました。


「よし……ミスティ、やってみせますよ!」


 毎度助けてもらってばかりの私ですが、せめて今は、私の活躍で支えてみせます!


「ミスティ、右の敵を食い止めてくれ!」

「了解です!」


 指示された方向を見て、敵を視認。槍を持つ手元に、狙いを定める。


「ここからは――百発百中です!」


 今の私に、迷いなんてない。だって、お父様がついていますから。

 ためらいなく、私はトリガーを引く。


 まもなく、槍が宙を舞った。


 ◇ ◇ ◇


 砲音。爆音。そして金属音。

 数多の音が戦場に響き渡る。何度も、何度も。


「負けらんねぇ!」「クソッタレ!」「傷が深いぞ、衛生兵!」「敵、右翼より展開しています」

「負傷兵は下がれ! 手の空いているものは手助けしてやれ、残ったものは私と共に前へ、一人も通すなよ!」


 怒号や喚声も、あちこちで飛び交っている。何度も、何度も。

 そうした状況が数十分、数時間と続き、やがて、徐々に収まっていく。




「これで終わりだ!」


 最後の一振りで、敵の大将の盾を切り裂く。

 剣の切っ先を突きつけ、降伏の狼煙を上げさせる。敵が撤退した跡には、小さな爆発の痕跡と、壊れた武器の数々が捨てられていた。


 疲れた足取りで前線拠点に帰還する。各々地面に、椅子に腰を下ろした。放心状態のまま、誰一人何も言わなかった。静寂、そののち。


「やった……やりましたよー!」


 いの一番に声を上げたのは、ミスティだった。

 ミスティの歓声に続いて、他の騎士たちも疲れを忘れて叫んだ。

 戦いの終わり。そのあとにあるのは祝いの宴。皆一様に剣を掲げ、勝鬨を上げる。


「みんな、一旦静かにしてもらっていいだろうか!」


 悪いとは思いつつ、伝えることがあると、場を治めた。

 声が止んだところで、本題に入る。


「みんな、これまでよく頑張った。この勝利はまぎれもない、君らが掴んだものだ」


 おお! と歓声が上がる。手で軽く制し、続ける。


「辛い時も、悲しい時もあったろう。それを乗り越えてきたからこそ、この瞬間に到達できたのだ。勝利を誇れ、君らが勝ち得たものだ。……御託はここまでにして、今は勝利の美酒に酔いしれようじゃないか! 祝え祝え!」


 無理矢理話をしめて、適当にたきつける。騎士たちは抑えていた感情を爆発させ、思い思いに騒ぎ始めた。

 私が去る前に戦が終わって何よりだ。いい意味で予定が狂った。


 どんちゃん騒ぎに参加したいが、そんなことより兜を脱いで休みたい。テントに戻ろうと足を進めようとした時、ミスティがひょっこり出てきた。


「お父様! やりましたね!」

「ああ、これで平和が戻ったな。兵隊の真似事なんてこりごりだ」

「ですね、えへへ……」


 見ると、どこか嬉しそうにしている。満面の笑みを浮かべている。


「何がそんなに嬉しいんだ?」

「だって、初めて活躍できたんですよ。嬉しいに決まっているじゃないですか」


 それに、とミスティは一拍おいて。


「ようやくお父様とのんびりできますからね! 早く帰りたいですー」

「そっちが本音か」


 全くミスティは……まあ、良くも悪くもミスティらしいな。

 安心と興奮のあまりか、ミスティ含む騎士みんなが兜を脱ぎ捨てた。正直羨ましい、ああも簡単に脱げるなんて。私もそう気楽でいたいもの。


 ミスティと他愛のない話をしていると、シャルロッテ司令官が顔を出した。

 ちょっと見ないうちにずいぶんやつれた様子。具合も悪そうだが、顔色はまだましなほうだ。


「やあ、アマリリス。それにみんなも。よく頑張ってくれた」

「司令官。お疲れさまです」

「本当に疲れたよ。なんだって補給量や予算の計算をしなくちゃならないんだろうね……私は一応司令官なんだけどね。司令官とは一体」


 はは、と茶化すように笑う。しかし全く生気が感じられない。この人は一刻も早く帰還させるべきでは、と心配せずにいられない。


 何人かの騎士がシャルロッテ司令官を取り囲み、背中をさすっている。同じ気持ちの人間がいたようだ。司令官というだけはあるのか、人望はちゃんとあるらしい。私でさえいるのだから、そりゃそうか、うん。

 肩を支えてもらいながら、司令官は続ける。


「しばらくしたら、事後処理班が来る。それまではもう少し警戒を続けてもらうけど、多くは帰還してもらって構わない。これまでよくやってくれた、本当にお疲れさま」


 頭を下げてから、テントに帰ろうとして、ふと思い出したように言った。


「そうそう。倉庫の奥に酒がある。好きに開けてくれていいからね。私からささやかなお祝いだよ」

「「おおっ!」」


 酒、その一単語で更に場が沸き、戦闘時以上の統率を取って倉庫に突撃していった。こんな余力があったのか。なんてやつらだ。


「私も参加しまーす! あ、まだ未成年なんでジュースかなんかで! お父様は?」

「遠慮するよ。私がいては酒がまずくなるかもしれんしな」

「そうですか……じゃあまた今度ですね」


 しばらくして、酒を抱えて盛大な盛り上がりを見せ始める。戦闘終了から十分と経っていない光景には到底思えない。ミスティも集団の傍らで、ジュースをちびちび飲んでいた。


 眺めているだけでこちらも楽しい気分になる。勝利の宴はこうでなくては。

 これまでの苦労を語らうにはいいか、と私も話の輪に入ろうと歩き始めた。


 瞬間、直感が、私に警鐘を鳴らした。


(まただ……嫌な感覚が。一体何が起きると?)


 流れていた汗がすっと引く。途端に強い寒気が私を襲う。

 慌てて周囲を見渡した。何か仕掛けられているのでは、誰かが潜んでいるのでは。根拠のない不安が私を駆り立てる。


 何かあるはず、とひたすらに目を凝らす。

 そして、見つけた。直感の示した先を。


 百メートルほど離れた遮蔽物のその陰で、一人、戦闘不能を装って伏せていた。

 腕に銃を抱えながら、少しずつ全身してきている。あまりにも動作がゆっくりで、よほど注意していなければ気付けないくらいだ。


 そして、流れるような動作で弾を込め、銃口を向けようとしている。

 止めなければ。柄に手を掛け、駆け出そうとした。

 その時。


「――お父様ー、やっぱりこちらでお話しませんかー?」


 ミスティが小走りで近寄ってきた。

 一瞬敵から意識が逸れてしまい、行動を許してしまう。奴は銃口の先をミスティに向け、劇鉄を起こした。


「ミスティ来るな! 伏せろ!」


 咄嗟に叫んだものの、ミスティはきょとんとして立ち止まってしまった。しかも背中を向ける体勢になってしまう。

 大声を出してしまったことで敵は私の存在に気付き、今にも引き金を引こうとしている。

 呼びかけたのは逆効果だった。もう回避は間に合わない。


 でもせめて、私が射線上に立ちふさがるくらいなら。


 決死の思いで走り出し、間に割って入る。勢いのまま、ミスティを大きく突き飛ばす。


「おと――」


 ミスティが私を呼ぶよりも早く。


 無機質な音が、歓声を切り裂いた。

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