第5話 前
「――以上で、次回作戦の通達を終了する。今回もよく頑張ってくれた。勝利はもう眼前にある、騎士の誇りを敵に見せつけようじゃないか。以上、解散!」
私が着任して二週間。状況は最初と比べて完全に逆転、我々騎士側が優勢となった。
有利になったことで団長から呼び戻しがかかった。そろそろお役ごめんというわけだ、その前にもう少し状況を整えておきたい。次回の作戦はそのために行う。
作戦会議を終え、一足先にテントに戻る。今更だが、前線に立ち、戦いながら指揮をするのはものすごく疲れる。
テントを締め切り、鎧を脱いでベッドにダイブ。身体は鉛のように重く、起き上がることができない。重い、重い……全く持ち上がらない。
「はあ~……さすがに、動かん、な……」
身体がだんだん沈み、しまいに、私はそのまま眠ってしまった――。
「…………ん、ん?」
夜もふけた頃、私はふと目を覚ました。
汗も拭かず、毛布もかけずに眠ったことで、身体が冷えてしまったせいだろう。
「明日倒れては今までのことが……気をつけないと……」
タオルで残った汗を拭く。もし母に見られていたら、肌が荒れちまうだろう、と叱られていたかもしれない。徹底しないとさぼってしまうな。
毛布を引っ張り出して、朝まで寝るか、と決めた矢先のことだ。
「……~♪ ~~♪」
「歌……? 誰が……」
誰かの歌声が聞こえる。少し調子外れ、その分感情がこもった歌い方。
気になって、入り口からほんの少し顔を出して見てみる。
そこには、楽しげに歌っているミスティの姿があった。
(ミスティか。やけに上機嫌だな)
放っておいて寝るのが一番なのだが、どうにも気になる。ちょっと聞いてみるか。部下の状態を把握しておくのが上司の務めだ、うん。
手早く鎧を着て、忘れず兜を被って外に出る。自然を装って、ミスティに声を掛ける。
「こんばんは、ミスティ」
「~♪ ――あ、お父様、こんばんは。どうかしましたか?」
私に向き直って、いつもの笑顔を浮かべている。やや顔が上気している気がせんでもない。
「いや、歌声が聞こえたから、気になってな。大したことはない」
「えぇっ、聞こえてたんですか。は、恥ずかしい……」
丸聞こえになっていたのに今気付いたようで、真っ赤になった顔を覆い、うつむいた。
「私ったらバカみたいに……穴があったら入りたいぃ……」
「そこまで言わんでも。悪くはなかったと思うぞ、私は」
ついにはしゃがみこんだミスティをなだめ、いい感じのフォローを入れておく。
しばらくして、ようやく顔を上げる。ミスティは耳元まで真っ赤になっていた。
「すいません、お粗末な歌声で。何で堂々とできていたのか不思議です」
「いいんじゃないか? 例のおじさん共は密かに喜んでるだろうさ」
「あんまり嬉しくないです」
羞恥から一転、急にむくれた表情になった。これは失言だったか。
「ああ、そうだ。突然で悪いが、一ついいか?」
私は気になっていたことを尋ねる。
実のところ、さっきの歌は聞き覚えがあるのだ。
「今の歌、どこで聞いたんだ? 勘違いかもしれないんだが、どこか覚えがあって」
「聞いた、っていうか、教えてもらいました。ある騎士の方に」
「騎士?」
もしかして、と口から出そうになったがどうにか抑える。おそらく、あの休日の時に話した恩人のことだろう。それを知っているのは『リリィ』であって私ではない。知らん振りをしておこう。
「はい。小さい頃騎士に助けられたことがありまして、その方が口ずさんでました。その時教えてもらったんです。代々父から受け継いでいる……とかなんとか」
「ふぅん……その騎士は男だったか? 十年ほど前のことだから、記憶にあるか?」
「どうでしょう。兜は被りっぱなしで、声は男性のそれでしたから、そうかもしれません。お知り合いですか?」
「……いや、知らん。やはり勘違いだったかな」
うーん、おそらく男で間違いないんだろうけど、心当たりがない。私はその頃から声が低かった気がする。が、忘れた。どっちにしたって私ではない。
念のために、歌詞も訊いておこう。手掛かりになるやもしれん。
「悪いが、あともう一つだけ。歌詞を教えてくれないか?」
「また歌うんですか……?」
「歌わんでもいいぞ。紙に書くなり、ただ言うだけなり、聞ければそれで」
「分かりました……えっと、こっちに来てください」
何度見た光景か。ミスティに腕を引っ張られ、テント群から離れた場所に連れて行かれる。
立ち止まって周囲を確認。誰もおらず、ぽつぽつとたいまつが立っているだけの場所だ。
ミスティは息を吸って、小さめの声で歌い始めた。
「――仮面を脱いで、心さらせ、彼方に言葉を届かせて……
遠くにいても、想いは一つ、あなたに届いて一輪の花――」
(……いい歌声だな。よほど好きとみえる。しかし、どこかで聴いたな。どこかで……)
私の頭に霧がかかる。何か思い出せそうなのだが、うまく浮かんでこない。
その時、私の頭に浮かんだのは、私の父のことだった。
まだ父が現役の騎士だった頃、よく歌を聴かされた。父がその父、私の祖父から教わったものだと言って。ある日、その歌をどこかの少女に歌ってあげた、と言っていた。もしかしたら恩人の騎士は私の父になるかもしれない。
(……いや、それはないな。十年前のあの事件の時に、もう父は……すると誰だ? ますます分からん)
一瞬晴れた霧が、一層濃くなる。何か大事なことのはずなのに、うまく出てこない。
そうこう悩んでいると、ミスティが歌い終えていた。
「ふぅ……こんな感じです。多少アレンジはしてますけど、教わった部分はそのままです。どうです、何か思い出せました?」
「すまんな。どうにも記憶が曖昧で、全くだ。せっかく歌ってもらったのに」
「いえいえ、いいんです。お父様のためになら、また歌ってあげます」
「嫌じゃないのか?」
「全然! お父様ですから!」
相も変わらず、屈託のない笑顔を浮かべる。この笑顔を取り戻した恩人とやら、どうにか見つけてあげたい、そう思ってしまう。
「……ん?」
「どうかしました、お父様?」
「い、いや。なんでもない。すっかり夜だから、さっさと寝なければ、と思って。時間をとってすまなかった。寝に戻ろうか」
「一緒に寝てくれますか!?」「それは却下」
適当に誤魔化して、それぞれのテントへ。ミスティは「また明日~」と自分のテントに戻っていった。
また着替えて、布団に潜り、また考え事。それはミスティの恩人のことだ。
私は根本的なことで思い違えているのではないだろうか。とになく何かが引っかかる。それが鍵になるだろうけれど。
「駄目だ、全然分からん。分からんことも分からん。うむ、どうしたものか……」
枕に突っ伏して、まとまらない考えを放り出した。今は眠らないと。次の作戦がある。
「また後日、どうにか、したい……な……」
急に疲れが戻ってきた。私はそれに呑まれ、再び眠りについた。
翌日。
騎士たちを広場に集め、朝礼、作戦の確認を行う。いつも以上に気合が入っており、活気が溢れている。私が来たばかりの時と比べると、実に目覚しい成長だ。
今回の作戦は至って単純。前線を固めて一気に押し返すというもの。
これまでは前線の維持や防衛に徹していたが、敵の疲弊が見え始めたので、ここは攻める方がいいと判断した。一度崩せれば、私がいなくともどうにでもできるだろう。
「この戦いを終えたら勝鬨を上げよう。我らにはそれができる。騎士の誇りと、剣と共に、敵を圧倒してやろうじゃないか。騎士団に栄光あれ!」
「「栄光あれ! 我らに勝利を!」」
「健闘を期待する。総員、配置につけ!」
合図を出し、全員を配置につかせる。ミスティは私の補佐として、隣にいさせることに。自称親衛隊を説得するのは骨が折れたが、ミスティの本気の抗議によって承諾してくれた。いやだから、お前らは親じゃないだろう。
「お父様、頑張りましょうね」
「無論だ。援護は任せるぞ、ミスティ」
「お任せください! 全力でお守りします!」
ミスティは銃を構えながら、気合十分といったふうにこたえる。元気でなにより。ちなみにミスティは兜を被らない。銃の狙いがどうとか、集中できないとかで着用しない。色々心配になるが、下げていれば大丈夫だろう。
彼女を連れて、私も所定の位置に。これまで通り、最前線に立った。
全員が配置についたのを確認し、敵を見据える。ここが正念場、私も気を引き締める。
剣を握る手が強くなる。その時、ミスティが手を重ねてきた。
「お父様、こういう時こそ力を抜かないと。リラックスですよ」
「ミスティ……そうだな。ありがとう」
まさかミスティから励まされるとは。いや、気付けばいつも、私を支えてくれていたな。知らないうちに頼っていたかもしれない。
こうも強く成長していたのか。そう思うと、感慨深いものがある。
(……おいおい、感傷に浸っている場合か。戦場を見ろ、私)
労うならこれが終わった後だ。今は、この戦いを終えることに集中しよう。
「――っ」
突然、胸が貫かれるような痛みに襲われる。ざらりとした、気持ち悪い感触に撫でられたような感覚。ほんの少し寒気もする。
なんだろうか、これは。嫌なことの予兆だとでもいうのか。
しかし、もう戦いを止めることはできない。もし何か起こるというのであれば、その時どうにかするしかない。
呼吸を整えて、前を向く。いざ、開戦の声を。
「総員、出撃!」
「「おおおお!」」
誇りと覚悟を掲げて、剣と銃と仲間と共に。
私は戦場に身を投じた。
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