第4話 後

 さらに戦闘を重ねること三回、日数にして三日。一日一回の頻度だ。


 激しさが増しているものの、作戦が功を奏し、騎士たちの負担は軽くなっているようだ。敵の動きも控えめになってきた気がする。


 最近士気がまた高まった。作戦成功の影響が強く、そこをミスティがたきつけている。


「皆さん今日もお疲れさまです! この調子でどんどんいきましょー!」

「「やるぞォー!」」


 腕を突き上げ、高らかに声を上げた。やる気に満ち満ちている。この調子でいけば勝利は間違いないだろう。臨時とはいえ、指揮官として皆を誇りに思う。


 盛り上がっている最中、ミスティが人を掻き分けて私の元にやってきた。用があるらしい、表情がもの語っている。


「どうした。今度も差し入れか?」

「すいませんお父様、今は持ち合わせておらず……」


 何もないのか。残念だ。


「その、折り入ってお願いがあります」


 ミスティがかしこまって、背筋を正した。いつになく真剣な面持ちで、私も姿勢を正す。


「言ってみろ。可能な限り要求を呑もう」

「はい、ありがとうございます。お父様、私を実戦に参加させていただきたいのです。最前線で腕を振るいたいのです。私の銃の腕を!」

「うん……うん?」


 はて、と首を傾げる。ミスティの言っている意味が理解できなかったからだ。


 ミスティは騎士の中でも貴重な銃使い。先行部隊の援護として後ろの方に配置させていた、はずなのだ。指揮官として当然の采配であると思っていた。

 しかし、当のミスティは参加させてほしいと言っている。つまり、今まで参加していなかったと主張しているわけだ。


「待て、確かに私はミスティを配置させたはずだ。なぜそんな要求を」

「い、いやそれがですね……」

「お話の最中失礼します、アマリリス様!」


 ミスティが言おうとすると、隣から一人の男騎士が割って入ってきた。


「何事だ。重要なことなんだろうな」

「もちろんであります! 我々一同を代表し、この私が進言いたします!」


 我々、駐在している騎士の総意ということだろうか。


「ミスティちゃ――ミスティリスは騎士として成熟しきっていません。まだ戦闘に参加させるべきでないと思います。ですので、その穴埋めとして、我々をもっとお使いいただきたく」

「……うん?」

「それですよっ!」


 男騎士が話している最中、今度はミスティが割って入った。


 珍しく怒りをあらわにし、それを伝えようと腕を大きく動かしながら続ける。


「おじさんたちが! まだ出なくてもいいって言って! 私を出させてくれないんですよ! せっかくお役に立てると思ってきたのに、場の盛り上げしかしてないんですよぉ!」


 物申すミスティに、負けじと男騎士も言い返した。


「何を言ってるんだ! 騎士団の至宝であるミスティちゃんに怪我一つ負わせることは、我々親衛隊としては見過ごせない! ならば、たとえミスティちゃんの意思に背こうとも、守り抜く義務がある! そうだろうみんな!」


 そうだ! と騎士たちが息を揃えて言った。


 なお、十数人いる女騎士は呆れ果てている。同士がいて安心する。


「それは余計なお世話ですよ! 私はお父様のために戦いたいのです。支援射撃があればもっと戦線は強化されます。それに、私は守られるほど弱くないですから。こればっかりは怒りますよ! おじさん!」

「怒っている顔もかわ……いやいや、これもミスティちゃんのためなんだ! お願いだ、前に出ないでくれ。また補給のお菓子分けるから」

「お菓子じゃなくて銃弾ください! 今はあんこじゃなくて火薬の匂いをかぎたいです!」

「女の子がそんなこというんじゃありません!」


 男騎士が何か言うと、その度周りがわいて、ミスティが反論する。


 うーん、私はどれを聞いてやればいいんだろうか。


 男騎士が言うミスティの保護は分からんでもない。実戦未経験である以上、確かに出すのは得策ではない。


 しかしだ、ミスティの言い分もある。銃の支援があれば敵の出端をくじくのにも使え、状況をもっと有利にできる。騎士が銃を使う、それだけで意表をつけるだろう。


 双方の意見を取り入れたいが、真逆のことなので、どうにも採用しがたい。


「とりあえず、二人とも落ち着いて――」


 一旦落ち着けさせるため、なだめようとした、その時だった。


 私の中で、何かが引っかかった。先ほどの会話の中のある一言。それが膨らんで、思考を阻害する。


「おい、さっき『お菓子を分ける』と言ったな」

「……? ええ、言いました。補給物資にお菓子があったので、ミスティちゃんに渡して思いとどまってもらおうと考えて」

「それは分かった。私が知りたいのはその量だ。どれくらいだ? 答えろ」

「おそらく、全部?」


 全部、だと……?


 ミスティは「そんなにありましたっけ?」と指を折り始めた。


 一言残してその場を去り、私は倉庫へと向かう。お菓子が、ようかんが残っているか確かめるために。私はあれが楽しみで頑張っていたというのに。ないとなれば、私の苦労が……。


 番をしている者に、適当に理由をつけて開けてもらう。物資の箱一つ一つを確認し、お菓子の箱を探す。


 確認すること十分、ようやくそれを見つける。表記は『保存食・甘味類』。既に開封済み。

 間違いない、この箱だ。私は、おそるおそる、蓋を開く。その中には――。


「そ、そんな馬鹿な……」


 何も、何も入っていなかった。くずの一つもなく、当たり前といわんばかりに菓子類の面影もない。開封されている時点で分かっていた、先の「全部」発言で察していた。


 私が求めていたものは、ようかんは、もうないということに。


「アマリリス様、どうか、なさいました?」

「…………いや、何もなかった。気にするな、私事だ。ああ、何もなかった」

「え、っと……?」


 心配して番の騎士が声を掛けてくれた。心配することない、そう伝えて倉庫をあとにする。


 何を気にするというのだ。たかがようかん一切れ食えぬというだけのこと。次の補給まで待てばいい。ただ、それだけのこと。

 気がつけば、私は休憩所まで来ていた。先刻と変わらず、ミスティと男騎士が言い争っている。どうせ同じような内容だろう、聞く気にもならん。


「ですから! 私の心配はご無用ですと!」

「なりません! ミスティちゃんは大丈夫でも、残される我々の心中は大嵐そのもの! ならばいっそ我々が――」

「すいませーん言葉通じてますかー!」


 全く会話がかみ合っていない。赤子のけんかか。


 参加したくなかったので離れた位置にいたのだが、ミスティが気付いてしまった。私をじっと見ている。……ほら近寄ってきた。


「ねぇお父様、この人たちどうにかしてください。話を聞いてくれないんです」

「そうか」

「しかも言語が通じてないみたいで」

「そうか」

「……聞いていますか?」

「そうか」

「聞いてませんね……」


 ミスティがずいっと顔を寄せてきた。見えても兜だけだぞ。


 顔色をうかがう素振りを見せ、ちょっとして距離を離した。


「何かあったのですか、お父様。調子がよろしくないのですか?」


 私にようかんを差し入れてくれた時のような、心配の色が見える。勘の鋭いやつ。

 原因はお前だ! と叫びたいのをぐっと堪え、平静を努める。


「問題なかった。私は大丈夫だ。もう疲れた、先に休ませてもらう」

「え、ええ、分かりました。お、お大事に……?」

「どうも」


 怒りを悟られないよう、自然に言葉を返して、休憩所を出る。そのまままっすぐ自分のテントに入り、入り口を封鎖、鎧を脱ぎ捨てて簡易ベッドに寝転ぶ。


 抑えていた感情が、今、どっと溢れる。ベッドを叩いて、蹴って、とにかく身体全体で発散する。


「ミスティめ、私のようかんをよくも全部食べてくれたな! 周りの連中もそうだ! なんでも与えよって! 私だって食べたかったというのに!」


 ひとしきり言葉を吐いて、枕に顔をうずめる。私らしくない、うめき声すら発している。


 本来は感情をあらわにしてはいけない。礼儀を重んじて、誇りを胸に、常に真摯でいなければならないから。それは、私が騎士だから。そして、今は指揮官だから。


 こんな醜態を晒してはならない。尊厳が崩れてしまう。でも今だけは、一人でいるうちは許してほしい。

 お菓子が食べられないから駄々をこねるなど、私にはあってはならないことだから。だから今、発散することを許してほしい。


「くっそぉ……こうなれば最終手段を……」


 私は騎士として全くよろしくないことを思いつき、それを実行する、と決意した。

 これも全て、私の心のケアだと言い訳しながら。




「総員私に続け! 今が好機、突き崩せ!」


 次の戦闘にて。本来あった作戦をふいにして、中央からの一点突破を仕掛けた。一番前にいるのは私、剣を思い切り振り回している。戦いぶりを見せるため、無理矢理ミスティを連れ出した。私の動きにほぼ追いつけておらず、後ろにいるだけになったが。


 戦闘に関しては、結果だけいえば成功に終わった。むしろ、作戦通りにいっていたら罠にかかっていたところだった。

 ではなぜ、咄嗟に戦術を変えたのか。答えは至極単純なこと。


 私がうさばらししたかったからだ。


(菓子の恨みはここで晴らす! ミスティ許すまじ!)


 戦闘を終えて、休憩所で身体を休める。私は晴々とした気分で、おそらく、はたから見ても気分が良くさそうに見えるだろう。それくらい、態度に出てしまっている。

 周囲の騎士たちは、そんな私を見てひそひそ話している。


「何があったんだ」「とても晴れやかだ」「あれが本気のアマリリス様か……」


 口々に私について言う。まあいい、気にしなくていい。今の私はとても寛容だ。

 ただ、あのミスティがうろたえていたのは想定外だった。


「――あんなお父様見たことないです。荒々しい太刀筋、らしくないです。一体何が……」


 これが私だ。ちょっとは信頼を失くしてくれるだろう。


「でも凛々しくてかっこいい……さすがお父様……」


 駄目だった。結局いつものミスティに戻ってしまった。




 その後、あくまで噂だが、敵陣営で私が「黒い閃光」と渾名されたとのこと。

 こちらに伝わってしばらくは影でそう呼ばれ、余計に崇拝される結果となってしまった。

 そんな二つ名もらっても全く嬉しくない。


 ……ただの八つ当たりだったのに。

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