第4話 中・二
「今だ! 総員、この隙を逃すな!」
前線で剣を振るいながら、蛮族を押し返す。局面を見極め、素早く指示、少しの隙にも攻撃をねじ込ませる。
私が着任して五日、早くも戦況は好転し始めた。
防衛線の拡大、それによって安全圏も確保する。おかげで追加のテントを張る場所も増え、多少の余裕が生まれた。今まですし詰め状態だったから、もっと楽になるだろう。
「第一部隊は中央先行。第二から第五は両翼に展開、挟み込んで逃げ場を封じるんだ」
「「了解!」」
私も第一部隊と共に前へ。敵の配置を見極め、最も効果的な位置に誘い込む。そこを、左右に展開済みの部隊が攻撃、陣形を崩させる。
国と民のため剣を振るうが、命まで取らない。武装を解除させ、敵陣営に逃がしている。我々の目的はあくまで防衛であり、侵略ではない。敵が諦めてくれればそれでいいのだ。
それまで耐え切る。一体いつまでかかるか分からない。終わりの見えない戦いの中、私は仲間と共に、ひたすら剣を抜く。
最後の敵が撤退するのを確認、見張りを立てて、後退する。今日は三時間の連続戦闘、鎧をまとって剣を振る以上、三十分でも過酷。何度も部隊を入れ替えたが、それでも辛い。いつ交代するか、気を張らねばならないからだ。
皆息を切らしながら、各々休憩所に入る。私は、シャルロッテ司令官から特別にもらったテントに入る。私専用のものだ。ちゃんと入り口に『一声かけるように』と看板を立ててある。おそらく団長が手を回してくれたのだろう、ありがたい。
兜をまず脱ぎ、汗を拭う。水分も取って、補給の缶詰を食べる。
合間に食べないと身体が持たない、食事がいかに大事かを思い出させてくれる。他の者たちも缶詰で凌いできたと考えると、本当によく持ったと感心させられる。
簡易構造の椅子に腰掛け、地図を見て作戦を考える。同じ方法は二度通用しない、休憩も有効に使わないと、時間が圧倒的に足りない。頭くらいならいつでも使えるのだから。
「次はこの地形を利用して……罠を仕掛け――いや、道具が足りないか? 回収した爆弾とやらが使えればいいのだが……なら部隊をいくつか配置して――」
ああでもない、こうでもない。自問自答を続け、適解を探す。一つ見つけ、その代案としてまた一つ、それらの代替案を立てては……の繰り返し。
考えるだけなら限界はない。ただ、私の心に不安が積もる。これでいいのか、身の安全はどうなのか、無茶なものではないか。一人でやっているがゆえに、壁に当たりやすい。
また頭を抱えていると、外で看板を叩く音が聞こえた。
「誰だ」
「ミスティですよ、お父様。あの、中に入ってもよろしいですか? 一声かけてからと書いてあるので、ダメかなーって思ってしまったのですが」
声の主はミスティだった。お父様と呼ぶのは彼女だけなので、思案する必要はなかった。
「しばし待て…………いいぞ」
兜を被りなおして、中に招く。ちょっとの間を置いて、ミスティが入ってきた。
「失礼します、お父様。少しご報告です。次の補給物資到着は二日後だそうです。何か必要であれば今のうちに申請を、とのことです」
どうやら定期報告に来たらしい。だがミスティには伝達する役目はない。
「今のところ特にない。それより、なぜ伝達に? 担当がいただろう」
「それは、私がお父様に用があったので、ついでにと引き受けて」
「用って、どうした?」
「その、これを――」
ミスティは後ろ手に隠していた物を差し出す。
それは、薄い紙に乗った、赤黒い、長方形の固形物だった。
「なんだ、それは。新手の兵器か」
「そんな物騒なものじゃないです! これは『ようかん』といいまして、こう見えてお菓子です。保存がきいて、手軽に糖分補給できるんです。お疲れでしょう、よければどうぞ」
ずい、と一層突き出してくる。ミスティの表情は笑顔であるが、微かに、私を心配する色が見えた。根を詰めているのを気にして、差し入れを持ってきてくれた、といったところか。
相も変わらず、優しいやつだ。
「せっかくだしな。頂くとするよ、ありがとう」
籠手を外して、指先で取る。思わずそのまま食べそうになって、刹那、思考が巡る。
大方お察しの通り、顔を見せるかどうかの選択だ。
テントの中はミスティと私だけ。邪魔が入りにくく、絶好の機会だ。
しかし、ミスティにとって、兜を被った私は思い出の人。幸せの記憶を私の素顔で穢したくはない。休日の出会いさえなければ迷わなかったろうに。私はなんて優柔不断なのだろう。
逡巡十分の一秒。決断まで十分の二秒。そして、今。
「……あとで食べるかな。作戦を考えるお供に食べることにする」
時間を置いて食べることにする。ミスティから紙を受け取り、くるんで机に置いた。
「なるべく早く食べてください。外気に触れてからではすぐ悪くなっちゃいますから。感想、あとで聞かせてください」
「ああ。今から楽しみだ。さ、出てった出てった」
「ええぇ、なんで追い出すんですか! さては――」
「特にない。集中したいだけだ」
ミスティをテントの外に追いやる。最後までうだうだ言っていたが、外に出た途端大人しくなって、そのまま去っていった。なんでミスティは押し引きが激しいんだろうか、と考えざるを得ない。
一人になったテントの中、机に向かい、地図とにらめっこ。作戦を練って、自分で却下しては考え直す。兜をまた脱いで向かい直って……の繰り返し。
気分転換しなくては、と思った時既に、私の視線はようかんに注がれていた。
「食べなきゃな。もったいないし」
ひょいとつまみ上げ、一口かじる。なめらかな舌触りで、ぐにぐにとした食感。
「……ほう、見た目に反して甘い。これまた面白い」
甘いといってもくどくなく、後味がいい。疲れた脳に染み渡るような優しい甘さ。よもや、戦場で至高の一品を口にできるとは思わなかった。
「ミスティには感謝しないと。しかし、ううむ、手のひらで踊らされている感覚だ……」
彼女は私の心が読めるのだろうか。私が渇望しているものを都合のいい時に運んでくる。伊達に長いこと私の傍にいない、ということか?
それにしてもだ。今回だけならまだしも、思い返せば何かとミスティが絡んでいる。護衛任務の時や、休暇の時。意図を汲んだかのように現れて、問題解決して去っていく。すごいを通り越して恐ろしいとすら感じる。
「ミスティリス、一体何者なんだ……」
ようかんにまたかじりつきながら、作戦を二の次にして考えにふける私がいた。
「次の補給にもようかんあるかな」
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