第4話 中・一

 翌朝。いつもより早い時間に起床。時計が鳴る前に目が覚めてしまった。


 朝食を済ませ、配給はあるだろうが、念のためにおにぎりをこさえる。手早く着替え、騎士の姿に。荷物を持って、早足で拠点に向かった。

 騎士団拠点についてみると、私と同じような、召集がかかったらしい騎士たちがいた。私より早起きなのもいるもんだ、と感心する。いや、私が遅くて間抜けなだけか。


 まもなく、移送用の馬車が次々到着、順次乗り込んでいく。私も空いている車を見つけ、乗り込んだ。先客はおらず、私が一番乗りであった。


 窓の外を見やると、もう一人もいないらしい。私が最後だったようだ。馬車が動き出そうとしたので扉を閉めようとした。

 その時であった。


「――あわわっ、待ってくださーい! 乗ります乗りまーす!」


 女性騎士が転びそうな勢いで走っている。彼女も招集がかかった一人らしい。扉を開けて、入るよう声を掛ける。

 すぐこちらに気付いて、そのままの勢いで飛び込んできた。


 その顔を見て、心底驚いた。


「いやぁすいません、寝坊しかけちゃいまして。ってしてるか! あはは……ってえええ!? お父様がいる! なんで!?」

「それはこっちの台詞だ。ミスティ、お前こそなぜいるんだ」


 慌てていたのはミスティであった。これに乗ったということはつまり、彼女も前線に行くことになっている、ということだ。


 戸惑う私達を余所に、馬は走り始める。


「待て、まだ何も言うな。――よし、一つ訊く。ミスティも徴兵されたのか?」


 尋ねると、ミスティは視線をそらしながら。


「ええっと、されたというか、志願した、というか……」


 ばつが悪そうに答えた。この様子を見る限り、なんとなく察しがついた。


「私が行くからか? 大方団長がまた……」

「違います! あくまで私の意志です!」


 前のめりになってミスティは主張する。

 そして何度も繰り返す、「私が自分で」と。


 どういうことだろう。着くまで時間はある、訊けば早い。


「戦場にこだわる理由でもあるのか。無理して来なくても」


 するとミスティは、一瞬、遠くを見るような目をして、私に面と向かう。


「強くなりたいんです。お父様の隣にいたいから。いても不自然じゃないような、ふさわしい騎士に。これは覚悟です。いつまでも、お父様の付き人ではいられませんから」


 瞳には、確かな決意と覚悟がある。まとう空気からもそれが伝わってくる。


 真剣なのだ。ミスティは自らの意思で戦場に向かっているのだ。誰に従うでもなく、信念のために。達成すべき目標のために。


 私はそれに応えねばならんだろう。彼女の成長を促す意味でも、一人の騎士としても。


「良き覚悟だ。その精神であれば、すぐにでも私を越せるだろう。信念を曲げるなよ、戦場は過酷極まる。曲げたら負けだ。貫けよ」

「はい、お父様。ミスティリス、騎士としてその役目を果たします。剣ではなく、銃で、ですけど」


 言い切って、緊張の糸が切れたように、いつものふにゃっとした雰囲気に戻った。照れているのか、なんともいえないにやにや笑いをしている。


「どうした。頭のねじでも取れたか」

「いやぁ、なんといいますか。結局お父様がいるから来たなーと思って。単純、ですかね」

「そんなことはない。単純というより芯が強いんだろうな。こうと決めたら、って感じか」

「お褒めにあずかり光栄です! まあ実際、私単純なだけですけど」

「聞いたのはそっちだろう、全く。あと無理矢理フォローしただけで褒めては……」


 走る馬車の中、戦場に着くまでおだやかな時間を過ごす。閉鎖空間であったからか、お互い気兼ねなく、談笑を楽しんでいた。


 馬車が止まり、地に降り立つ。ずっと揺られていたせいだろう、はじめは宙に浮いたような感覚に襲われる。じきに慣れてきて、しっかりと、土を踏みしめる。


 降りてすぐにその光景が見えた。数々のバリケードが張られ、幾人かが身を隠し監視を行っている。空気が張り詰めていて、時折、何かの爆発音が響いているようだった。


 ざらついた空気、どこか、寒気もする。


「ここが、最前線なんですね……」

「そう、戦場だ。気を抜くなよ、何が飛んでくるか分からんからな」


 ミスティを連れ、布張りの臨時司令室に入る。中は円卓が一つと、その周囲に物資が乱雑に置かれている。片付ける暇さえないのが窺える。

 円卓に肘をつき、考え込んでいる様子の騎士に声を掛ける。


「アマリリスだ。団長の命により馳せ参じた。貴殿が指揮官か」

「そうだ。正確には司令官なのだが、細かいことは置いておこう。雑務もしているしね……シャルロッテ・サフィーニアだ、よろしく。すまないな、こんなところまでご足労を」

「気にしないでくれ。仕事だからな。それより状況は」

「はい。現状はだな――」


 指揮官、シャルロッテから戦況を聞く。団長の言う通りあまり芳しくなく、劣勢に回りつつあるようだ。ここ数日の攻撃が苛烈で、休む間がほぼないらしい。


 また、敵は最新の兵器を扱っているようだ。銃はともかく、爆弾とやらを利用している、とのこと。


「銃弾なら鎧でどうにか弾けるんだが、爆発は防ぎようがない。我々騎士にはかなり不利だ。これまでよく持った、と神に感謝してるよ」

「そうか……どうすればいいか、悩ましいところだな」

「しばらく様子を見てから指揮に入ってくれ。皆の状態も見たいだろう。一日でどうこうできる問題じゃない、焦らず機を探ってくれ」

「了解した。全力を尽くそう」

「頼む。ところで」


 シャルロッテは身を傾け、私の背後を見た。そこにいるのは、先ほどから待たせているミスティだ。どこかそわそわした様子だ。


「そちらの子は。付き人か?」


 彼女のことが気になるようだ。自己紹介するようミスティに言う。


「わ、私は、ミスティリス・ブラッドフォード、であります。この度前線に配属されました。死力を尽くして貢献します、よろしくお願いいたします」

「そう硬くなる必要はないよ。ミスティ、ね……聞き覚えがあるな」

「ご存知ないか。拠点内では有名なのだが」


 ふむ、とシャルロッテは首を傾げる。合点がいったのか、手を打って、あれね、と呟いた。


「きみは新人だったかな」

「そ、そうであります」

「だったらそうか。今期の入団式の頃にはもう前線にいたからね。私は知らなかったけど、最近来た騎士たちが君について噂してたんだ。それでだ」

「そうでしたか」


 おそらく、ここでもミスティの存在が支えになっている、ということなんだろう。彼女はいわばカリスマ、影響力は底がないようだ。


「君が来た、というだけで士気は多少向上するだろう。加えて銃の使い手と聞いている。出番が多くなるかもしれないが、頑張ってくれ。じきに次の補給が来る、銃も手配しておくよ」

「りりり了解しました、か、感謝します」

「もう少し力を抜きたまえ」


 ははは、とシャルロッテは愉快そうに笑った。ただ表情はぎこちない、しばらく笑うこともなかったのだろう。戦場の厳しさを、改めて痛感した。


 その後、二、三言葉を交わして司令室を出る。


 教えてもらった休憩所へと、二人で足を運んだ。


 中に入ると、酷い有様だった。皆疲労困憊、一面にへたりこんでおり、生気もあまり感じられない。

 連戦続きでこうなるのも納得だが、まさかここまでとは。


「皆さん、お疲れのようですね……」

「相当追い詰められているな。こうなるのも無理ないか」


 私とミスティで見渡していると、一人の騎士がこちらに気付いた。


「なんだ、あんたら。新人か? だったら余所のテントにいってくれ、ここは満員だ」

「すまない。まずは様子見と思って顔を出しただけだ」

「様子見だ? 何様だよ」


 相当気が立っているようだ。敵意むき出しの目を向けている。


 何か言おうとしたところで、後ろのミスティが前に躍り出た。


「そんな言い方ないでしょう。お父様は皆さんのことを考えて――」

「うるせえ! こちとら戦闘続きで疲れとるんや! 大体お父様って」

「おい待て、落ち着けよ。よく見ろって」


 別の騎士が男をなだめる。そして、私たちをまじまじと見て、目を見開いた。


「驚いたぜ、まさかミスティちゃんが来るなんてな……すっとそっちは……アマリリス様!?」

「ああ? 誰だそれ……て、え! みっ、ミスティちゃんッ!?」


 おい、そっちに反応するのか。


 ミスティちゃん、その一言で、中の騎士全員がこちらを見た。皆一様に驚いた表情で、何人かで顔を見合わせてひそひそと話し始めた。大半は、何でここに、とか、やっぱり可愛いな、とかそんなことだ。ここにも『おじさん』がいるのか。


「えっと、つまりですね、ここは仲良くしましょうってことなんですけど……」

「「はい、喜んで!」」

「……えぇ」「分かってくれたのか、な……?」


 今までの疲れはすっ飛んだのか、急に盛り上がりを見せる騎士、もといおじさんたち。肩を組んだり、謳い出したり、まるで宴会の会場さながら。


 戸惑いを隠せないでいると、怒り心頭だった騎士が目の前にやってきて。


「すいませんでした! まさかアマリリス様とミスティちゃんが来てるとは思いませんで……ついカッとなってしまいました! お許しを!」

「いや、分かってくれればそれで」「お父様がいいなら私もいいです」


 頭を上げて、彼も後ろを見た。


「すいません。うちら、ぶっ通しで剣振ってたもんですから。娯楽も何もないんですよ。そんでギスギスしちゃって。ミスティちゃんが来てくれただけこのテンション、分かりますよね」

「息が詰まってたわけだ。心中察するよ」

「ありがとうございます。お二人が来てくれば安心です、もうしばらくは持たせますよ。親衛隊の誇りにかけて」

「そ、そうか」「お勤めご苦労様です!」


 男の敬礼にあわせ、ミスティも真似をした。


(さ、さて、どうしようか。なんだかえらいことに)


 やるべきことの一つに士気向上はあった。それは今しがたどうにかなった。


 なら次にやることは、私が指揮を執ることになった、そのことの伝達ではなかろうか。

 この考えに至り、皆には申し訳ないが、一旦黙ってもらうことにする。


 息を大きく吸って、吐いて、もう一度吸って……


「皆のもの、静粛に!」


 声を張り上げ、どんちゃん騒ぎをいさめようとする。うるさい声が徐々に小さくなり、完全に収まるまで三分かかった。盛り上がりすぎだろ。

 視線が集まったところで、本題に入る。


「気を持ち直したところ悪いのだが、皆には現実を見て欲しい」

「「えぇ~……」」

「残念そうにするんじゃない!」


 おっといけない。皆が幼稚だからといって荒げては……気を取り直して。


「まず一つ、増員が来た。今までいた者はしばらく羽を休めるといい。そしてもう一つ、私が前線指揮官として着任することになった。なるべく無理はしないように、着実に押し返していけるよう作戦を考える。皆、もうひとふん張りだ。よろしく頼むぞ」

「「おおー!」」


 皆一様に拳を振り上げ、次々勝利への希望を口にする。……大体は「ミスティちゃんにいいところ見せないとな!」と意気込んでいたのだが、まあ、火がついたのならよしとしよう。


 さっきまでのどんよりとした空気が嘘みたいだ。前に立つミスティを見ると、激励する言葉を何度も繰り返していて、その度にわっと歓声を誘発させていた。奇妙な光景だ、しかし、皆笑顔を取り戻している。


(さすがだな。やはり、ミスティは騎士には向かんな)


 常々思っていることを、自分の中ではんすうする。この戦いが終わったその時には、ミスティを転職させるのも考えておかねば。その方が、個性を生かせると思う。


 ……まあ、望むのなら、騎士のままでもいいか。


「浮かれるのは構わないが、その分しっかり戦ってもらうぞ」


 今一度、現在の課題を突きつけるが、皆の返事は全く持って単純なものであった。


「「ミスティちゃんのためにー!」」

「……もう、なにも言うまい」


 聞いているのか否か。もはや判別がつかない状況になっている。


 私は一人、頭を抱えた。

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