第4話 前・二
「彼女がどうかした?」
私は一瞬口をつぐみ、顔を伏せ、一拍置いて続ける。
「ミスティは、私をどう思っているんでしょうか。いつも厄介払いしてしまいますし、たまにきつく当たってしまいます。あからさまに邪険にするときだって――」
「うーん、つまり何?」
「…………嫌われて、ないでしょうか」
恥ずかしいやらなんやらで顔を上げられない。それに、胸が少し、締め付けられるような感じがする。
やっとのことで団長を見ると、きょとんとした表情をしていた。
「酔ってるの?」
「シラフです。カップの中身分かりますよね、紅茶ですよ」
「ごめん笑いそう。笑っていいかな」
「駄目です――馬鹿にしてるんですか!?」
思わず、テーブルを叩きながら立ち上がってしまう。こちらは真剣であるのに、笑っていいかとはどういう了見だ。
「ばかにはしてないよ。君にしては珍しいな、と思って」
「……そうでしょうか」
「これまで人間関係で相談したことあったかい? 少なくとも、僕は覚えてないな。あったらずっとネタにするだろうし……あ、今のなし怖い顔しないで」
「まあ、実際ありませんが」
団長から顔を背ける。真面目か不真面目か、判断がつきにくい人だ。
団長との付き合いは長い。私から相談を持ちかけることは数度しかなかったが、その中で“誰々とどうしたらいいだろうか”なんて話したことはない。騎士として一線を引いていたからだ。際立った問題はなかったし、重要視していなかった。
そうだったはずなのだが。
「そんなにミスティちゃんが気になるんだ。おあついこと」
「んなっ、何をっ……そうじゃない!」
咄嗟に否定したけれど、これは図星だ。
なぜか、今になって気になってしまったのだ。ミスティとのことが。
自分でも変だと思う。ただの兜越し、騎士として行動を共にしているだけ。あとは、せいぜい休暇中に顔を合わせたくらいだ。
たったそれだけのことだ。なのに、どうして彼女のことを考えてしまうのだろうか。
「好きなんじゃないの、彼女のこと」
「……分かりません、私には。好きってことが」
「友人としてって意味なんだけど。え、なに、恋? 恋なの?」
団長は乙女か。食いつき方がおかしい。
「っ……分かりません、恋、だなんて」
友愛か恋か、それはさておき、私には『好き』という感情が分からない。私は甘味がお気に入りだが、それを一般的に好きという。ただ、好きかと訊かれると返答に困ってしまう。
生まれてこの方、騎士に全てをささげた私だ。それ以外のことには見向きもしなかった。最近意識するようになった程度で、特に、恋愛まして結婚など微塵も考えていなかった。
友人として好き。その感覚すらも、私には理解できない。
「アマリリスはぼっちだったもんね」
「す、好きで一人でいたわけでは」
「近年まれにみる超堅物だもの、仕方ないか」
「不器用なだけです」「自分で言うのね」
やれやれ、と団長は首を振る。不器用なのは自覚するようになった。
「それはさておき、ミスティちゃんが嫌ってるかどうか、ね」
「どう思いますか」
「バカじゃない? 一目見りゃ分かるでしょう、嫌ってるどころか大好きじゃん」
即答であった。
口元に笑みを浮かべ、団長は続ける。
「嫌いだったらさ、四六時中付いて回らないし、お父様なんて愛称で呼ぶわけない。ミスティちゃんは心底『お父様』が好きなんだ、何言われたってプラスに捉えてるよ」
「そうでしょうか……ううん、そうなのかな」
「そうなの。なんにも気にせず、いつも通り接してあげな。いつもの君が好きなんだから。恋は盲目、ってね。あの子一途だし」
「そう、ですか」「だからそうなの」
ようやく落ち着いて、私は椅子に座りなおす。団長は、まるで娘の成長を慈しむような瞳で私を見ている。ああ、なんだか顔が熱い。
相談できたからか、胸がすっと軽くなる。締め付けられる感じもない。
安堵、しているのか。
「こんな些細なことに……」
「安心できたってこと?」
「声に、出てましたか」
「たまに出てると思うけど。あと、些細なことでは安心しません。大きい問題だと思ってたから安心してるんだ。ふふ、アマリリスも乙女だねぇ」
「……茶化さないでください」
相変わらず、団長は微笑んでいる。
恥ずかしさでいっぱいになって、片手で口元を隠しながら、また顔をそらした。火を噴きそうなほど熱い。
いい年した女が、ほおずきのように顔を朱に染めている。それこそ、恋焦がれる少女のように。なんとも私らしくない。
「真面目なハナシ。アマリリスさ、ミスティちゃんといるようになって雰囲気変わったよ。大分柔らかくなった。前まで近寄るなオーラ全開だったのが、今じゃオープン、見違えたよ。顔は見えないけど」
「一言余計です。ですが、ありがとうございます。変わってますか、私」
「うん。君を知ってる僕からすれば、ちゃんと女の子って感じ。周りからしたら、そうだね、話しかけやすくなったんじゃない?
言われてみれば、と納得した。挨拶以外で話しかけられることが増えたような、そんな気もする。
それも、ミスティと関わったおかげなのか。そう思うと、少し複雑だ。
「話戻すけど、嫌われているってことはないと思うよ」
「大丈夫ですか」
「ばっちり。なんなら明日聞いておこうか」
「いいです、やらなくても。……そうか、ばっちりか」
「嬉しいの? ちょっとにやけてるよ」「紅茶のおかわり持ってきますね」
一旦席を離れ、気持ちを落ち着かせる。
どうしたというのだろう、今の私は。自分すら知らない一面が出てくる。
こっそり洗面所に行き、鏡を見た。映っているのは確かに私だが、顔が真っ赤で、口元がかすかににやけていた。顔を張り、気を引き締める。
「こんな奴は私じゃない。いつも通りに、いつも通りに……」
言い聞かせて、洗面所から台所へ。紅茶のポットを持ち、何事もなかったかのようにして戻った。紅茶を注いで、また席に着く。
「顔が真っ赤だね。張り手でもしたの?」
「んんっ! げほっ……何のことですか」
「嘘が下手だこと。そりゃ兜も被りたくなりますわ」
「団長はもう喋らないで下さい!」
全てお見通しだった。
その後、夜深くまで雑談し、紅茶もなくなったところで解散となった。
団長を見送るため、外まで付いていく。
「今日は楽しかったよ。のろけと紅茶ご馳走様」
「のろけてません。明日は寝坊することないようにお願いします」
「そっちもね。それじゃ――そうそう、前線の件、ありがとね。苦労かけるようだけど」
「気になさらず、それが騎士としての務めです。さ、帰ってください」
ばいばいと手を振って、団長は夜の中に消えた。
背中が見えなくなったところで、私は家に戻る。
明朝には出ないといけないので、眠くなる前に準備を済ませる。荷物をベッド脇に固め、目覚まし時計をつけて、布団に潜る。
眠る直前、ふとミスティの顔が浮かんだ。
どうにも心配だ。彼女はまだ前線に出れるほどじゃない、つまり連れて行けない。いきなり戦場に放り込むわけにいかないから、しばらくは一人にさせてしまう。
(……ん? 待て、なんで彼女の心配をせねばならんのだ。その必要はないだろうに)
なぜ自然とミスティの身を案じる方向に行ったのか。私にも分からん。
雑念は不要、と、何も考えないように努め、どうにか眠りについた。
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