第3話 後
翌朝、退屈な休日が訪れた。いつも通り朝食を食べ、掃除、洗濯、休憩。
ただいつもと違うことは、妙に外を気にしていることだ。
昨日のことを思い出し、また私服で出掛けることを考えた。が、一人でおしゃれな店には入らないし、何より、一人ではもう楽しめない気がしてきた。
(またミスティと会えれば……いや、都合よくはいかないか……)
先日のはただの偶然。そうそう会えるわけがない。
ただ、一度でも気になると他のことに集中できなくなるわけで。
盛り上がる場面まで来た本を閉じ、ホットミルクを置いて、ぼーっと外を眺める。
何をするでもなく、ただ眺める。人や雲が、いつも以上にゆったりと流れて見えた。
「……つまらん。こんなの初めてだ」
密の味を知ってしまったのだから、これまでの生活に戻れないかもしれない。かといって、一人で何かをする勇気もない。
結局、残りの休暇は家でじっとするだけで終わった。
休暇明け。朝食を済ませて、簡単に昼飯をこさえて、鎧を着る。兜も被って、いざ職場へ。
五日ぶりだからか、拠点内で他の騎士とすれ違うと、高頻度で声を掛けられる。挨拶は当然されるのだが、休みはどうだったか、何をして過ごしたか等々を聞かれた。私が休むということが滅多にないので、気になるのも無理ない。
「おはようアマリリス。休みはどうだった?」
適当に騎士達をあしらっているところに、団長が寄ってきた。目の下にくまがある、数日徹夜したのだろうか。
「おはようございます、団長。お疲れのようですが」
「そうなんだよ。山になってる書類さばくのに四徹しちゃって……さすがに眠いな」
「団長も休暇を取られては――そうだ」
なんだい、と団長は首をかしげる。私には聞かなければならないことがある。
そう、ミスティとの休暇日程被りについてだ。
「一つお聞きしたいのですが、ミスティにも休暇を与えたのですか」
「あげたね。少し疲れが見えたから、適当に理由つけて休ませたよ」
「そうですか。ではもう一つ、わざと私の休暇に被せた、なんてことはないですよね?」
そう訊くと、団長は一瞬たじろいだ。直後、なんのことか、としらばっくれる。これは間違いない、大方面白そうだからとかそんな理由だろう。
「全く面倒なことをしてくれましたね。おかげで顔を合わせる羽目に」
「え? 素顔で会ったの? へぇ、合わせた甲斐……あっ」
「甲斐はないです。気付かれなかったからいいものの、素顔を見せるのが嫌だってご存知でしょうに。今度このようなことをしたら本気で怒りますよ」
「ご、ごめんね。次からはずらすようにするよ」
団長が手を合わせて頭を下げている。ここまで言えばちょっとは反省してくれるだろう。この人はどうも後先考えてない節がある。団長なのだから、しっかりして欲しい。
「はぁ……では、私は業務に戻りますから。何かあれば連絡を――」
「おっはようございまーす! お父様~ミスティですよ~!」
その場から去ろうとした時、背後からミスティが走ってきた。私服……ではもちろんなく、鎧を着ている。仕事中になるのだから当たり前のことなのだが。
あの日のことを思い出さないようにしながら、冷静を保って言葉を発する。
「おはようミスティ。いつも通り騒がしいな」
「騒がしいじゃなくて元気って言ってください! あ、そうそうお父様、私、初めて長めの休暇を貰ったんですよー」
「そ、そうか」
「それでそれで、すっごい綺麗なお姉さんと遊んだんです! リリィさんっていうんですけどね、かっこよくて可愛い人で、私の話も聞いてくれてー」
「……それはよかったな」
ミスティは休日の思い出を機関銃の勢いの如く話す。ただ大半が『リリィさん』に関連するもの、つまり素の私との話だ。中身を察したのか、団長が少し離れた位置で顔を背けている。
(あれは笑っているな。人事だと思って……団長のせいではないか)
その後、ミスティが満足するまで話を聞くことに。
正体がばれているかもしれない、と内心ひやひやしていたが、聞く限りはそうでもないようだ。ただ、私服の私についての感想を聞かされた気分なので、ひやひやどころか、終始心臓が縮み上がる思いだった。
いつ終わるのかと考えていたら、見計らったように鐘が鳴った。朝礼の予鈴だろう。
「あら、もう時間ですか。早いものですねぇ。では、私は失礼します。お父様、またあとで!」
ミスティが一礼して廊下を駆けていく。背中を見送って、団長をキッと睨みつけた。兜越しでは効果がないか。
「……お覚悟を」
「ごめんって――ふっ」
「笑い事ではないのですよ、お説教が楽しみになりました。ああそうだ、仕事の書類、追加しておきますね」
「それは勘弁して」
平謝りする団長を余所に、私は朝礼のため講堂に向かう。
これからも、騎士として勤めを果たそう。ミスティの夢のためにも。
「おはよう、みんな。では、本日の朝礼を行う。まずは――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます