第3話 中・三

 先の洋服店をあとにして、他の洋服点をはしごしたり、いくつかの雑貨屋を回ったりした。

 私が普段しないような雑談をしながら歩いていたら、二人同時に腹が鳴った。昼食を抜いて歩いていたので、いい頃合いだろう。


「ここ入りましょ、ここです。ランチとデザートがおいしいんですよ」


 ミスティが特定の店を指差して言った。私には到底入ることが許されなさそうな、流行に乗ったおしゃれな外観をしている。


「どこでもいいけど、私が入ってもいいんだろうか」

「大丈夫ですよ。普通の格好してるんですから、追い出されるわけないです」


 そう言って、私を強引に連れ込んだ。


「いらっしゃいませー」

「――おお」


 内装は、想像していたのと違った。外観と違い落ち着いた雰囲気、中のお客さんは、おしゃべりはしているけどうるさくはない。

 店員に席まで案内してもらい、着席する。続けてメニューとお冷を出される。

 メニューを眺めて、おすすめのものを頼んだ。注文して、運ばれるまで駄弁って。しばらくして、目の前に料理が置かれた。


「うわぁ、おいしそうですねぇ。見た目もいいですね、ほら」

「同じものを頼んだから分かる。すごいもんだな」

「それじゃあ」

「そうだな」


 ちゃんとマスクを外し、


「いただきます」「いただきます」


 手を合わせ、挨拶。ナイフとフォークを手に、食事を始める。

 一口一口味わいながら、都度感想を言い合う。誰かと食事をするのは、とても、久しぶりな気がする。


「ふふ、リリィさん、やっと笑ってくれましたね」

「――え、そ、そんな笑ってる?」

「はい。いい、笑顔です」


 口に運ぶ手はそのまま、ミスティも、小さく笑いながら言った。

 誰かと一緒、というのが相当嬉しいらしい。自分のことながら分からない。きっと、心の奥底で渇望していたことなのかもしれない。


「こうしているのが、少し不思議でな」

「不思議ですか?」

「仕事がら、中々、こうして食事をする時間がなくて」


 ぽつり、そう漏らしてしまった。


「どんなお仕事しているんですか?」

「えぇ? うん、その」


 どうしようか。嘘をついてもすぐ分かるだろうし、でも正直に言うとなあ。


 いや、あえて言ってみるのもいいかもしれん。


「騎士を。遠くに配属されていた」

「いた……ってことは、今は?」

「戻ってきたばかりだ。娑婆の空気に触れるのが、本当に久しぶりで」

「じゃあ同業ですね。もしかしたら、顔を合わせているかも」

「かもしれないね」


 我ながら、それなりに誤魔化せたのでは。

 嘘はほぼない。昔は僻地に遠征していたし、流行に乗るのは幼年期以来。顔はある意味合わせているし、うん、完璧だな。


「だからかなぁ。お父様に似てるなって感じがしたんですよ」

「お父様? 父上のことかな」


 いつも聞かれる文句で切り返す。口に出してみて思ったが、やはり妙な関係性だな、私とミスティは。実に変だ。


「いえ、そう呼んでいるだけなんですけど」


 はにかみながら、ミスティは頬をかいた。少しは変だと自覚したのだろうか。


(……お? もしかして、なんでそう呼ぶか探れるのでは?)


 鎧の本人を前にするより、他人になら理由を聞けるかも。前から考えてはいたが、頼める相手がいなかった。今、見知ったばかりの女性という立場でなら、引き出せる可能性はある。


 やってみる価値は、あるのでは。


「どうしてそう呼ぶか、聞いていいかな」


 自然に、当たり前の流れで訊ねる。すると、ミスティは少し目を伏せながら、話し始めた。


「構いませんよ。……どうやら、お父様本人は忘れているみたいなんですけど、ご縁があってのことなんですよ」


 私が忘れている、とはどういうことだろうか。


「むかしむかしのお話です。私は小さい頃、はずれの村に住んでいたんですが、賊か何かに襲われまして」

「そういえば、そんな事件があったね。当事者だったのか、それは、残念だったね……」


 かなり前。十年と、もう少し前のこと。はずれの村が襲撃されたことがあった。当時はかなり騒がれたもので、今でも凄惨な事件として記されている。


「親とはぐれてしまって襲われそうになった時、顔が見えない、仮面の騎士様に助けられたんです。子供一人守るため、その方は必死に戦っていました。その時の私は取り乱してしまって、泣きじゃくっていたんですよね」

「子供だったんだ、仕方ないさ」

「ふふ、その騎士様も同じことを言ってくれました。でも、大きく違うところがあります」

「それは?」


 ミスティは一息ついて。


「父の演技をしてくれたんです。父を呼んで泣く私のために、まるで本当のお父様のようにふるまってくれたんですよ。そしらぬ子供にそこまでして、頭も撫でてくれて……すごい安心できたんです。それ以来ですね、仮面の騎士様、その方に憧れたのは」

「……」


 そんなことをしていたのか、私は。正直覚えがない。とすると、私と同じような騎士にそうされて、それに似た私をその『仮面の騎士』と勘違いしているのか。


「それで、お父様、と」

「はい。お父様と呼ぶことで、私の想いを抑えられるんです。こう、こみ上げてくるものがありまして」


 また、大きく息をついて。


「これが、恋ってやつなんでしょうか……あわわ、食事中にする話じゃないですね」

「いいんじゃないか。年頃の乙女なら、なんら不自然じゃないからな」


 よほどその騎士を慕っているんだろう、話している間ずっと、ミスティはほんのりと頬を赤らめていた。


 もし私が、彼女の目の前で兜を取ったならば、一体どう反応するのだろうか。がっかりするのだろうか、騙していたのかと罵るのか。それはその時にならないと分からないが、よくないことになるのは想像に難くない。


 なら私は、騎士を引退するその時まで、兜は脱がない方がいいのだろうか。最後まで『お父様』でいることが、彼女の幸福に繋がるなら、私は……。

 いやしかし、お父様呼びだけはどうにかさせよう。せめてそれだけはどうにかしたい。


 ――それにしても。


「恋、か……」

「したこと、ないんですか?」

「あ、口に出ていたか」


 こんな話のあとだから、自分のことを考える。そういえば恋愛なんてしたっけな、と。それがうっかり口をついてしまったようだ。

 はっきりいって、ない。


「若い頃から騎士一筋だったから、眼中になかったともいえる。ほら、外見を一切意識していない女だったからな。今はミスティのおかげで、多少ましになったけど」

「いやいや、着替える前から綺麗でしたよ。お世辞抜きで美人さんです。気付いてました? 通行人とか店の人とか、結構見てたんですよ、リリィさんのこと」


 やっぱりか。私を見る視線が増えていたのは気のせいではなかったのか。

 どちらかといえば、似合っているほうになるのか。私としては複雑だ。女に見られたいのに見せる気がない、だが今は見てもらえている。でもそれは、本当の私ではない……。


「難しいな。女らしくいるというのは」

「そうですか?」

「とにかく私はね。知らないんだ、そういうすべを。ただまあ、これも楽しいな。悪くない、って思えるよ」


 私が女性に戻るためにも、こういうことをやるのもいいのかもしれない。少しは意識してみるかな、将来のためにも。もう手遅れかもしれないが。


「どんなことでもさじ加減ですね。でもやっぱり、楽しいのが一番だと私は思います。自分だけは偽ったらダメかと。そう思いません?」

「そうだな。自分には正直でいないとな、はは……」


 どう考えても私に対する発言に聞こえる。痛い、胸に突き刺さる。


 その後、ミスティの『お父様』との思い出を山ほど聞いて、和気藹々としたまま食事を終えた。途中、わりと重い話になったが、明るい雰囲気に戻ってよかったと思う。

 どれもこれも私に関する話ばかりであったが。


 食事を終えて、さあ会計……と思いきや、ここで問題が。


 早い話、どちらが払うかで揉めた。


「せっかくですから、私が払いますよ、ね? リリィさんはご馳走になってください」

「いや、ここは年上である私が。子供におごられてばかりとは、私のプライドが許さん。さあ渡しに払わせろ」

「いえ私が」「いいや私だ」「私!」「私だ」「伝票下さい!」「いいや渡さん」

「お客様。他のお客様の迷惑になりますので、ここは割り勘にしてはいかがでしょうか」

「「……はい、すいません」」


 散々言い争った結果、結局半分ずつ払うことになった。


「怒られちゃいましたね。リリィさんのせいです」

「なんと、吹っかけてきたのはミスティのほうだろうに」

「ふふっ、そうですね! 全部私のせいです。それはそれとして、時間が惜しいです。もっと他のところに行きましょう!」


 お店を出て、ミスティに引っ張られながらまた遊んで、気付いたときには、日が大きく傾いていた。

 人の視線は気にならなくなり、結構話せるようになった。時間が経って慣れてきたようだ。

 しかし、とどのつまり、最後の最後までマスクはつけたままだったが。


「結局取ってくれませんでしたね。もったいない」

「すまない。どうにも無理で」

「食事のときは平気なのに?」

「それは……なんとかな。まあ、またの機会があれば、その時まで克服するよ」

「約束ですよー」


 ミスティはいたずらっぽく、えへへ、と笑った。顔が朱色に染まって見える。きっと、彼女を照らす夕日のせいだろう。

 ふとミスティが立ち止まり、私をじっと見た。


「今日はありがとうございました。連れまわして、ごめんなさいって思ってます」

「謝る必要はない、礼を言うのは私だ。ありがとう」


 私は軽く頭を下げた。

 一人でいたなら、この日の数々の体験はなかっただろう。ミスティが私を誘わなければ、退屈な一日で終わっていた。有意義に過ごせたのは、まさしくミスティのおかげだ。


 すると、ミスティは少々あたふたした様子で。


「うわわ、頭を下げないでください。やっぱり私が悪いみたいじゃないですかー!」

「実際そうだろう。ミスティのせいでこんなおしゃれな格好になったし、滅多に入らない店に入って楽しむはめになった。私が楽しく過ごせたのは、そうだ、お前のせいだな」


 ちょっと皮肉っぽく言ってみる。意図を理解したのか、ミスティが分かりやすく頬を膨らませた。


「素直に嬉しいって言えないんですかー、もー。リリィさんってぶきっちょ!」

「悪かったな、不器用で。性分なんだ」

「ぶきっちょぶきっちょー」

「やかましい、人目を集めるだろう!」


 いい年して、子供っぽいやりとりに加担する。またしばらく続け、落ち着いたところで少し距離を離す。


 顔を合わせて、にこりと笑い。


「また、こうして遊びましょうね……リリィさん」


 ミスティは、名残惜しそうに言った。


「また、一緒に歩こう。ミスティ」


 私も惜しい、この時間が終わってしまうことに。


 また会える機会があったらなら。その気持ちが伝わるように、私はそう返した。

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