第3話 中・二

「待たせたね。家は少しばかり遠くにあるので、時間がかかってしまった」

「大丈夫です。時間はたっぷりありますから。ささ、休日を満喫しましょー!」

「え、ちょっと!」


 ミスティに手を握られたかと思ったら、勢いよく走り出したために、否応なく牽引される。

 はじめは洋服店に立ち入って、私を着せ替え人形のように扱い始めた。

 ミスティは次々服を持ってきて私にあてがっては、違う、これも違うと頭を悩ませていた。


「うーん、お姉さん大人っぽいのに服が合わない……中々ぴったりなのが見つかりませんね」

「無理して選ぶ必要はないんじゃないかな」

「いいえ、絶対見つけますお姉さんに合う服! 綺麗なんですから、飾らないと!」


 ミスティは妙に気合を入れている。他人に対してなぜこうも入れ込むのか。行動原理がさっぱり分からない。

 というか、私が綺麗だって? 赤子でも笑えない冗談だ。ミスティは口が達者だから、うまくお世辞を言ったつもりなんだろう。


「あ、お世辞じゃないですから。お姉さんは本当に綺麗ですよ」


 私の心を読むんじゃない。

 かわるがわる服を持ってきては、あーでもないこーでもないと試行錯誤している。その最中私はひたすらあてがわれているだけだ。


「あ、分かった」

「何がですか」

「お姉さんはかっこいいっていうのもあるんですけど、優雅っていうか、華やかさもあるんですよ。パンツスタイルにコートは似合ってます。でもきっと――」


 ミスティはどこからともなく。


「これが最適解ベストマッチになりますよ」


 淡黄色の長いスカートと、明るいベージュのカーディガンを取り出した。


「待って。私には似合わんと思うが」

「私の目に狂いはないです。定番ですけど、髪型もあいまってもーバッチリです! クールさを併せ持ったお嬢様スタイル……イイ! すごくイイです!」

「いや一人で興奮しないで」


 さあ着てください! と服を持ってじりじり詰め寄ってくる。私の背後には試着室しかないので、逃げようがない。一息ついて、渋々それを受け取った。


 カーテンを閉め、着替えを始める。ミスティにまた色々言われたが、シャツはスカートから出す形で、カーディガンは軽く羽織るように、とのこと。袖は通さないのかと疑問に思うが、それが最近のおしゃれなんだろう。全く分からん。


 ジーンズを脱いでスカートに足を入れる。腰に巻き終えると、途端に感覚が変わった。足元がすーっとする、なんとなく不安定に思える。なにより鏡で見て。


「……なんか、気持ち悪いな」


 見慣れたはずの、私ではないような気がした。自分でいうのもなんだが、今までは中性的だった。が、スカートをはいただけで一気に女性らしく見えた。望んでいたはずのことだが、いざそうなってみると、自分ではない、その感覚が強くなった。


「女性らしく、女性らしくだ。ここから少しずつ変わっていこう」


 自分じゃない、それは今までの私と確かに違うということの証。この感覚を大事にすれば、その内女性としての私になれるかもしれない。騎士ではない、新しい、私。


「根性すえろ。私ならできる」


 正直、たかだか着替え一つ、こうまで思いつめる必要はない。しかし私にとっては重大な出来事なのだ。


 まずは、このスカートに慣れることから始めよう。買う気はまだない。

 仕上げにカーディガンを羽織り、鏡で姿を確認、整える。カーテンを開けて、ミスティにお披露目する。


「ど、どうだろうか」


 さて問題だが、常にマスクをしている怪しげな女に、流行の服装が似合うのだろうか。


「…………す」

「す?」

「素敵です……」


 正解は、とりあえずミスティには好評、である。


「清楚な中にある凛としたオーラ、ハーフアップなのもあって引き立ってます! ゆったりとした服を採用して清楚さを前面に! 魅力しっかり出てますよ、どんな人でも一目惚れ間違いなし! ああ、私だけのものにしたいのに、私ってば罪な女……」

「最後のほうはどうしたっていうんだ」

「とにかく最高です! マスクを外すともっとイイと思うんですけど、どうですか?」


 手を蠢かせ、目を爛々と輝かせて、マスクを外すよう要求してくる。


「すまんが、それはできないんだ」

「えぇ!? なんでですか!」

「そ、その……」


 なんと言えばいいんだろうか。ここは変に飾らず、素直に言っておこう。


「恥ずかしいから……じゃ、駄目だろうか」


 癖で腕を組みながら、そう返した。

 ふとミスティの顔を見ると、特に問題はないようで。


「それなら仕方ないですね。恥ずかしい、ですか。それもまたキュート……」


 問題はないが、変なツボに入れてしまったらしい。

 その後、ひとしきり着合わせして、結局最初の、ロングスカートとカーディガンを購入することになった。


「別に買うことなくても」

「いいえ! 私がお姉さんに買ってあげます、お金はありますからね。美人を放っておくなんてできませんし! あ、ついでにその格好で次行きましょうか」


 と、無理矢理押し切られ、ミスティに服をおごってもらった上で、その格好のまま出歩くことになった。

 ミスティと並んで通りを歩く。心なしか、私に向かう視線が増えた、気がする。

 しばらく歩いていると、ミスティが尋ねてきた。


「あの、お姉さんって言いにくいので、お名前教えてもらってもいいですか?」

「な、名前か?」


 これは困ったことになった。由々しきことだ。


 基本、騎士団ではアマリリス、ある程度親しい間柄の人間はユフィと呼ぶ。どう名乗っても騎士のユーフィリアとばれる。うまく誤魔化すしかないのだが、私は器用ではない。

 ここは姓をもじって適当に名乗ろう。アマリリス、リリス……うむ。


「私は“リリィ”だ。そう呼んでくれ」


 こんなのでいいだろう。さて、ミスティの反応は。

「リリィ、リリィさんですね。これからまた、よろしくです」


 好意的なもので安心した。いつも通り、私が知るミスティらしい笑顔を浮かべていた。


「改めてよろしくお願いします。ミスティさん」

「ミスティでいいですよ!」


 差し出された手を、優しく握り返す。

 こうして、リリィとしてミスティと仲良くなったのだった。


(これはまた、面倒なことになりそうだな……ふふっ)

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