第1話 後

 騎士の昼休憩を知らせる、十二時の鐘が鳴った。

 訓練中の新人達を呼び集め、後日の日程を伝える。


「以上、今後は今の日程でとりおこなう。各々精進するように。解散」

「「ありがとうございました」」


 皆一様に頭を下げ、しばらくして休憩に入っていった。さて、私もお昼を食べようかと、休憩室へ向かおうとした時だった。


「お疲れさま、アマリリス」


 呼ばれた方を向くと、一人の男性が近付いてきていた。黒い短髪の、歳の頃は三十を過ぎたくらいの風格、名をフィルという。ただ、顔にしわ一つなく、肌もみずみずしいので十代にも見える。

 一見すると一介の騎士だが、実のところ、彼がこの団の団長だ。歴代でも若い部類に入る。それくらいに人望と力量を持っている、ということにもなる。


「ご苦労様です、団長。一体いつから」

「みんなに素振りをさせ始めたあたり、十分前くらいかな」

「そうでしたか。一声掛けてくれてもよかったのですが」

「いやなに、君の教官姿を見ていたくて。さまになっていたね、任せて良かったよ」


 私が教官をやることになったのは、団長に任されたからである。教えることは得意ではないのだが、任せてくれるということは信頼されている証拠。ならばこそ、私はそれに応えたいと思ったので引き受けた。


 今日で三回目、そこそこ慣れてきたところだ。私が口下手なだけだけど、教え方が簡潔で分かりやすい、動きがとても参考になると評判とのこと。あくまでミスティからの言伝なので信憑性に欠ける。


「任せた身で言うのも変だけど、無理はしないように。団長への引継ぎもあるし、根を詰めすぎない程度に。これはお願いだ」

「……ええ、分かっています」


 内心の憂鬱を悟られぬように、静かに一言返した。

 実のところ、団長直々に継いで欲しいと頼まれている。信頼があってこその申し出というのは分かっているが、私自身は隠居を考えていた。いい歳なので、騎士ではない人生も歩んでみたい、そう夢想しているところだ。


「ただね、どうしてもというなら他をあたるから」

「い、いえ。問題ありません」

「そう。いやね、君のことだから、もしかしたら隠居を考えているかも、と思ってね」


 正直、「はい、実はそうでして」と今すぐ切り出して辞退したいのだが、私の中のプライドがそれをよしとしなかった。結局胸の奥にしまって。


「大丈夫です。私に任せてください、団長」


 そう答えるしかなかった。


「ふーん、じゃ、やっぱり任せっきりにしておくね」


 団長はじっと私を見てから、にこりと笑った。あまり団長に心配をかけたくはない。私以外の候補が見つかるまでの辛抱、としておこう。


「ところで、お昼の時間だね。今の内に休憩と食事を済ませたほうがいいんじゃないかな。ミスティちゃんが来ちゃうから」

「そうですね。では、お先に失礼いたします」

「重ねてお疲れさま。早く行きなさいな」


 一礼して、私は個人休憩室に向かった。団長が促してくれなければ忘れるところだった。

 十分ほど歩いて、通常の休憩室から離れたところにある、古い休憩所に入る。そこには誰もいない、使用しているのは私だけだ。


「ふう。ミスティが来ないうちに、と」


 念のため、もう一度誰もいないことを確認し、今日、初めて兜を脱いだ。野暮に見えるくらい伸びた髪を手ぐしで整える。切る気にならず、また面倒で、そのままにしている。ロッカーからタオルを出し、顔の汗を拭う。


 ふと、鏡で自分の顔を見る。自分の顔を見るのは、自宅以外では休憩の時のみ。


 切れ目、小さい鼻、薄い唇。あまり綺麗な顔とはいえないだろう。伸びきった黒い髪も、手入れを怠っているのでぼさぼさとしている。騎士として今まで生きてきたからとはいえ、人としては褒められたものじゃない。


「はぁ……男として生まれてみたかったな」


 自分の生まれを、顔を見るたび少しだけ恨む。


 何を隠そう、いや隠していたつもりはないけど、私は女性だ。声は自覚できるほど低く、兜越しではほとんど男性に間違われる。動作に所作も、意識しているわけじゃないんだが、男性寄り。自らの首を絞める形で拍車をかけている。ミスティの誤解も中々解けない。


 水筒を出して、水分補給。鎧はずっと着たままなので汗をよくかく。


 だったら鎧を脱げばいいじゃないか。大抵の人はそう思うだろう。だが、私には脱がない理由がある。それは実に単純で、今は亡き父のことがあるからだ。


 父はとても厳格な騎士で、母曰く、勤務時間中は休憩であっても兜すら脱がなかったという。その仕事振りはまさに『騎士』。当時の人は皆憧れた。娘の私からすれば誇りであり、また憧れでもあった。一番身近に見ていたし、家で話をよく聞いていたから。私も騎士になりたい、そう思うまで時間はかからなかった。


 ある時の怪我がきっかけとなり、私が十二の頃、父は亡くなった。父の遺志を継ぎ、鍛錬を重ね、十四の時に騎士団に入った。以来、父がしていたように、私も鎧を脱がないことを決意した。立派な騎士になるためと。


「おかげでさまで、このざまだがな」


 十年以上も従事していれば、騎士も代替わりする。かつての私を知る者は既に去った。今の世代では知るよしもない。当時の騎士達でも、私が女性だと知っているかは……怪しいものだ。

 女性とは知らずに、団員は私を慕ってくれている。もし正体を知ったらがっかりしてしまうだろう。特にミスティなんかは。それで士気が下がってしまうのは大問題、ならば私は期待に応えるべく、私は男性として振舞おう。そう、決めたのだ。


「とりあえず、あと半日だな


 昼食のおにぎりを二つ、口に押し込む。

 水を飲み干して、兜を被りなおす。

 男性か女性かなんて関係ない、兜を被れば私は『騎士』である。任された職務はまっとうする。それが私の騎士道。


「よし。休憩終わり。午後も頑張るぞ」


 荷物をしまい、ロッカーを閉じる。気合をいれなおして、私は休憩所をあとにした。


 団員の様子見のため、騎士団教会の廊下を歩いていると。


「あ、お父様~。お昼ご一緒してもいいですか~」


 昼の恒例、私と昼食を取ろうとするミスティがやってきた。私はいつも通り。


「一緒にいるだけだ。私はもう済ませたからな」


 と返す。当初は断っていたが、結局つきまとってくるので開き直った次第だ。

 ミスティは満面の笑みを浮かべて。


「それだけで充分です。ご飯が数倍おいしくなるので。ささ、私と食堂へ!」

「お、おい。強く引っ張るんじゃない!」


 流されるまま、私はミスティと食堂へ向かい、食事風景を隣で眺めることとなった。

 私もたまには食堂を使いたいな。と、心の片隅で思った。




「そうそう、先ほどおいしそうなリンゴをすすめられまして。一緒に買いに行きませんか?」

「その話、詳しく。店はどこのだ」

「確かソールさんの八百屋で――」

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