第2話 前

 ある日のこと。私は団長から要人警護の仕事を任された。


 警護対象は大商人のエーテルという女性。街に滞在する一日だけだが、身辺警護を依頼してきた。治安はいいので心配はいらないだろう、しかし、有名な商人となれば命を狙う者が現れるのだろう。念には念を、ということらしい。


 騎士団を指名してくれた、ということで団長は張り切っていたが、多忙ゆえ自分が出向けないので私に任せてくれた。大仕事なので気合を入れて現場に向かった。

 ところで、ちょっとしたハプニングが発生した。


 集合場所に行くと、なぜかミスティがいた。


「あ、お父様」

「あ、じゃない。どちらかといえば私の台詞だ。どうしてここにいる」

「えっとですね。団長さんに『君は新人。もっと色んな仕事を見てくるといい。ちょうどアマリリスが警護に就くから同伴しなさい』って言われまして。こちら、指示書です」


 そういって。ミスティは懐から巻紙を取り出して、私に差し出した。

 受け取って、紐を解き、中身を確認する。そこには。


 〈アマリリスへ。ミスティリス・ブラッドフォードの監視を命ずる。警護がどんなものか、しっかりと教えてあげるように。仲良くやってね。団長より〉


 と、女々しい丸文字で書かれていた。筆跡から、間違いない、団長のものだと分かった。


「仲良くやってね……だと。ふざけているのか」


 どう考えてもただの押し付けではないか。そう悪態をつこうと思ったものの、目の前にはミスティがいる。彼女が悪いわけでなく、非があるわけじゃない。言っても仕方ないので、必死に言葉を飲み込んだ。


「団長さんからの命令なので、今日は学ばせていただきます。よろしくお願いいたします、お父様」

「分かった。依頼主の前で粗相はするなよ。あとお父様と呼ばないように」

「承知いたしました、お父様」


 しょっぱなから頭が痛くなってきた。依頼主の前で言わないことを祈る。


「お待たせいたしました。貴方たちが、わたくしの警護をしてくださる騎士様ですね」


 近くに止まっていた馬車から、日傘を差して、綺麗な身なりの女性が降りてきた。小柄で童顔、お嬢様といったふうだ。


「あらあら、可愛いお嬢さんね。歳はおいくつ?」


 私が挨拶するより早く、ミスティが声を掛けた。


「……ほう」


「も、申し訳ありません、エーテル様。この子はまだ新人なので、何卒ご勘弁を」

「構いませんよ。慣れていますから。しょうがないですわ、こんな身なりですもの


「えっと、あの?」


 状況を飲み込めず、ミスティは戸惑っているので、私はそっと耳打ちする。


「いいか。エーテル様はとてもお若く見えるが、私たちより年上だ」

「どれくらいでしょう」

「…………三十二だ」

「あはは、ですよね――って三十!?」


 ミスティが目を丸くして驚いている。無理もない、私も事前に聞かされて驚いたもの。

 少女の風貌でも頭脳はれっきとした大人。類稀なる知識と手法で一気に勢力を拡大させた。

 最初は見た目に驚くが、その後は実力で驚かされることとなる。世の中分からないものだ。


「おふた方。しっかりしてくださいまし。特にそちらのお嬢さん。人は見た目ではないのですから、騙されないように。わたくしが悪い大人でなくて良かったですわね」

「は、はい! 申し訳ありませんでしたー!」


 急いでミスティが頭を下げた。それを見て、エーテル様はクスクス笑っている。


「早速ですが、商談先に向かうので、馬車に乗り込んでくださいまし。お嬢さん、お名前は」

「はい、新人騎士のミスティリス・ブラッドフォードです!」

「ではミスティさん、お先に」


 ミスティは指示通り、馬車に乗り込む。そういえばまだだったな、と私も頭を下げた。


「申し遅れました。今回護衛を務めさせていただく、ユーフィリア・アマリリスです。怪我一つ負わせぬことを誓います」

「ええ、お願いいたします。兜のお方……ユフィさん、でいいですね」

「お好きなようにお呼びいただければ」

「ではそのように。さ、行きましょう」


 三人馬車に乗り込み、まもなく進み始めた。相変わらず、ミスティは私の隣にいる。今回は私から座ったのだが。

 最初の商談先まではそれなり距離がある。いつもならミスティが喋り始めるのだが、一言も発さない。隣を見ると。


(……珍しいな)


 ミスティが黙りこくっている。どうやら、かなり緊張しているようだ。相手の立場が圧倒的に上、というのもあるだろうが、先程の失態も含めてのことなのかもしれない。

 こういう時フォローをしたいが、あいにく、口下手な私ではどうにもできない。話せる人間が本当に羨ましい。とりあえず何か言おう、そう決心した時だった。


「ねえ。ミスティさん、ちょっとよろしいかしら」

「へ、ひゃいっ! なんでしょう!」


 突然声を掛けられたもんで、ミスティは変な声を上げた。


「ふふ、そう慌てないでくださいまし。一つ、お尋ねしたくて。なにゆえミスティさんは帯刀せずに、銃をさげているのかしら、と思いまして」


 ほう、と口から漏れた。さすが商人、よく人を見ている。


「ええっと、私、剣が得意ではないので」


 少々罰が悪そうに、頬をかきながら答えた。


 ミスティは本当に騎士らしくない。第一、剣を扱えない。騎士たるもの剣を振れてこそ。しかしミスティはどう教えても上達しない。剣に振られてしまうのだ。その代わりなのか、どうして銃はうまい。騎士団唯一の使い手だ。百発百中で狙い撃つ実力を持っている。


 我々騎士は剣にこだわる。正々堂々の決闘を好むゆえだ。なので、一発で決してしまう銃は好まない。騎士というのはどうも、泥臭いのが好きらしい。

 が、ミスティは違う。騎士の矜持こそあれ、古臭い風習に囚われていない。時代に適応した新世代の騎士である。入団試験時は反発があったが、新たな流れが欲しい、という団長の考えによって採用された経緯がある。もちろん、人柄も理由の一つだ。


「複雑なものほど手になじむんです。銃は手がかかりますが、手入れを怠らなければ応えてくれます。剣と同じですが、私はこちらの方が、えっと、その……」

「『理解できる』、とか」

「は、はい。そんな感じです」


 そう言って、ミスティは納められた銃を優しく撫でた。


「騎士らしくないですが、心持はまさしく騎士ですね。変わり者と言われませんか?」

「あまりないです。皆さんが気をつかってくれているだけかもしれませんけど」

「それは貴女が愛されている証拠です。騎士団の方はお優しいのね」

「私もそう思います。いい人ばかりですよー」


 そうなの、そうなんです、とだんだん会話が弾んできた。緊張は解けて、笑顔を浮かべている。良かった、いつもの調子に戻ったようだ。


(良かった、か。なんだかんだ、私も彼女の心配をするようになるとは)


 ミスティには元気な姿と笑顔がよく似合う。団の癒しになるのも納得だ。そこは認める。

 私にはできないことを、ミスティはやすやすとやってのける。


(後任……考えておくか。意外にアリかもな)


 二人の会話を聞きながら、兜の下で、私は小さく微笑んだ。

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