第1話 中
「おはようございます。今日もミスティが来ましたよー。おはようございまーす
街中を歩きながら、みんなに挨拶をしてまわります。
露店通りには、活気と笑顔が溢れています。
どこを歩いても、どこを見ても、みなさん幸せそうです。
この街はとても治安がいいので、騎士がいらないように思えます。騎士は警察としての面もあり、巡回も仕事の内です。でも私が着任して数ヶ月、一度も事件には遭遇していません。とてもいいことですね。
「おはようミスティちゃん。今日もかわいいねぇ」
「ありがとうございます。ですが、そういうのは奥さんに言ってあげてくださいね」
「おはよう。今朝うまいリンゴが採れたんだけど、食べてって」
「色ツヤあざやかでおいしそう……い、いえ。仕事中なので、休憩のときにお願いします」
「あ、ミスティちゃん。昨日は娘と遊んでくれてありがとね。また頼んでも」
「ええ、大歓迎です! ユラちゃんにも、そう伝えておいてください」
あちこちから声を掛けられますが、それぞれ私なりに、丁寧に返します。
巡回係りに着任してから三ヶ月ほど、騎士としてようやく定着してきました。顔も名前も覚えていただきましたし、二言三言おはなしできますし、頼ってもらえるくらいなじんできたみたいです。これも全て、
(お父様のご指導のたまものですね。感謝感激です)
私が騎士になったのは半年ほど前。まだ右も左も分からなかった頃、お父様は親身になって仕事を教えてくれました。騎士のいろはや仕事のコツ、何から何まで。分からないことも、分かりやすく説明してくれました。そのおかげで、仕事をこなせるようになったのです。
(お父様はやはり、優しいお方です。私もお父様のようになりたいです)
目標はお父様の隣に立てるくらい、立派な騎士になること。そのためにも、コツコツ信頼を積み重ねていかねば。騎士団の心得、誇りの第四項。
「信頼は騎士の誇り。日々の行いで得られるもの、それが騎士の財産となり、自らの血肉ともなる……ですね、お父様」
ま、私がやりたいからやってる、というのもあるんですけどね。
ふと、そこで。
「むむ。なにやら喧嘩の空気を感じますね」
私の第六感が嫌な気配を感知しました。その方向へ走って向かいます。
予感は案の定的中、人だかりができていて、その中央で子供二人がとっくみあいをしていました。
「こらこら二人とも、こんなところでけんかしないの。ステイステーイ」
割って入って、無理矢理引き剥がす。どうにか落ち着かせて事情を伺います。
「ふん。へっぽこミスティは引っ込んでろ」
「なっ! なにをー!」
いけません私。まず落ち着くのは私自身でした。
気を取り直して。
「それはさておき。なにが原因でけんかしたんですか、聞かせてください」
「こいつがぶつかってきたせいでさ、オレのアイスが落ちたんだよ」
「逆だろ。お前がぶつかってきてオレのアイス無駄になったの。そっちが悪いくせに」
「いやそっちからだ」「いいやお前からだ」
「えーっと、結局どっちから……」
「「あっちから!」」
同時にお互いを指差しました。一周回って仲良さそうです。
ただこのまま置いておくわけにもいきません。通行人の迷惑になってしまいます。
ここは丸く収まるやり方をとりましょう。
「ここで話すと邪魔になってしまうので、向こうに行きますよ」
二人を引っ張って、アイス屋さんの前。いらっしゃい、の声を聞いてから。
「すいません。ソフトクリームを二つ、この子たちに」
ちゃんと代金を支払って(経費でなんて落ちませんよ)、アイスを子供たちに渡します。なんでもらえたの? といった感じで、二人はきょとんとしています。
いいですか、と前置きして。
「あの場合、原因がはっきりしていないのは、注意していなかったからです。おおかたよそみしながら走ってたんでしょう?」
「べ、別に」「だからあっちから――」
「そういうのがいけないんです。相手が悪い、ではなくて、自分も悪い、です。それに、お互い嫌な思いしてるんですから、ごめんなさいすれば済むことです。ほら」
「「……ごめんなさい」」
謝ったのを確認して、子供の目線に合わせてから。
「それと、騎士団の心得、慈愛の第二項、『騎士たるもの、相手を慈しむこと。強さが全てではないと知れ』。相手に優しくできる人は成長します。子供のうちからできると、きっといい大人になります。君たちならなれますよ、きっと」
頭を撫でてあげます。よしよしされると気持ちが落ち着きます、私がそうですから。
さっきまでの怒りはどこへやら、二人ともおだやかな表情になっていました。ちゃんと分かってくれたみたいです。
「ミスティの言う通りだね。押し付け合いは醜かったね」
「む、むずかしいこと言いますね。『醜い』なんて」
「ミスティはへっぽこだから知らないもんな」
「へっぽこじゃないですー!」
捕まえようとすると、するり腕から抜けてしまいました。あの子は憶えましたよ、いつかしっかり指導しないと。
「でもさ、ミスティみたいな優しい騎士には、なりたいかな。じゃーねー」
そういってそのまま走り去ってしまいました。言い逃げとは卑怯ですね、何も言えなくなってしまいます。
「じゃ、オレも帰ろうかな。その……ありがと、ミスティ」
「どういたしまして。あとできれば『騎士様』とか『さん』付け――」
「バイバイミスティ!」
残った一人も走りだしました。男の子ってほんと生意気!
呼び捨ては慣れません。いつも『ちゃん』付けで呼ばれているので、どうにもむずむずします。ですが、お父様だけは平気です。特別な感じがします。
「よっ、さすがミスティちゃん。騎士なだけはあるね」
「騎士ってよりは天使かねぇ。こんなに可愛らしいんだもの」
「そんなに褒めないでください。照れちゃうじゃないですか……」
突然の褒め殺し攻撃が私を襲う! 嬉しいのと恥ずかしいので足が動かなくなって、力が抜けていくのが分かります。
どうにか脱しないと、でもこのままいてもいいかも。
と思っていると、十二時を知らせる鐘の音が街に響き渡ります。そのおかげで我に返ることができました。
「あー、もうお昼か」
「お昼、休憩時間だ。お父様とのご飯の時間だ! 私はこれにて失礼します!」
「いってらっしゃい。アマリリス様によろしくね」
「はい、それでは!」
お父様との時間のためなら、たとえどんな状況に立たされても乗り切れます。足が動かないなら鞭打って無理矢理走らせますから。ほら、お父様のところに行きますよ。だったら頑張らないとね、足がそう言ってます。多分。
お昼を一緒にするため、私は全速力で騎士団拠点に向けて駆け出しました。
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