第1話 前
「おはようございます皆様! ミスティリス・ブラッドフォード、今日もがんばります!」
講堂に、透き通った挨拶が響き渡る。講堂の奥にいる私でもしっかり聞こえるくらい、大きく聞き取りやすい声だ。朝一番の挨拶を大事にしているのがよく分かる。
新人騎士、ミスティリス・ブラッドフォードの日課だ。こうも生真面目なタイプは久しぶりで、団の中でも可愛がられている。
ぱっちりとした瞳に小ぶりな鼻、きゅっと締まった口、と整った顔立ち。煌くブロンドの髪とあいまって、御伽噺の妖精のようである。鎧を着ていても分かる華奢な体躯。騎士不相応に見えるが、高い実力を備えている。外見からは分からないが、入団できていることから明白である。
「おはようミスティちゃん」「今日も可愛くキマッてるね」「お菓子用意してるよー」
「えへへ。おじさんたち、いつもありがとうございます~」
嬉しさを隠せないのか、周囲に手を振っている。
持ち前の明るさですぐ人気を博し、ミスティの愛称で親しまれている。本職は騎士であり皮肉っぽさもあるが、ミスティの取り巻きは親衛隊、本人からはおじさんと呼ばれている。『おじさん』達はそれで喜んでいる。
彼らは娘を見守っている気分らしく、手を出そうとはしない。かろうじて風紀が乱れていないので、口辛くする必要もないだろう。
私とて興味がないわけではないのだが、せいぜい友人付き合い程度に留めている。
はずなのだが。
「あ――」
ミスティが私に気が付き、満面の笑みを浮かべる。私はそれなり離れた位置にいるのだが、仕事中は常に甲冑姿なので分かりやすいのだ。おまけに兜も被りっぱなしなので、自分でいうのもなんだが目立つ。
おかげさまで、あらゆる悩みの種となってしまっているのだが。
「『お父様』、ミスティが来ましたよー」
わーと声を上げつつ、手を振りながら急接近してくる。私の目の前で止まり、笑みを浮かべて見上げてくる。
ちなみに、お父様とは私のことらしい。無論父ではない。
「おはようございます、お父様。本日もお日柄がよく」
「おはようミスティ。確かに天気は良好だが、一つ間違えている」
「なんでしょうか」
「私がお前の父ではないことだな。いい加減やめないか、お父様というのは」
兜越しに呆れが伝わることを期待する。
理由は分からないがミスティは私を『お父様』と呼ぶ。私と知り合ってからずっとであり、迷惑……というほどでもないが、街中で並んでいると父子に間違われる。甲冑を脱げばいいだけなのだが、それはできない事情があるので、誤解の払拭が難しい。
私の苦悩を知ってか知らずか(いや知らないだろうな)、お構いなしに、相変わらず。
「はい。分かりました、お父様!」
満面の笑みでそう返した。実に頭が痛い。
こんなやり取りをかれこれ数ヶ月やっている。もはや恒例行事であり、離れたところでおじさん共がほほえましげにこちらを見ている。
ミスティは騎士らしくない。近くで見るとそれがよく分かる。
街のアイドルにも劣らない、可憐な顔立ちはともかくとして、言動やしぐさは歳相応だ。聞けば十六、まだ乙女。
ジェスチャーを多用、流行の言葉を使いこなし、年上でもフランクに接する。それでいて礼節は忘れず、適切な言葉選びをする。そういったものが親しみやすさの要因なのかもしれない。
だが、それは騎士団内では活用しきれない。人気を得るだけなら、それこそアイドルがぴったりなのでは。
もっといい職に就けたろうに。きっと個人の事情があるのだろう、と思う。
「あの、お父様、そろそろ朝礼の時間ですよ。号令をお願いします」
「もうそんな時間か。なら準備をしなくちゃな」
時計を見ると、朝礼が定められている時間に近付いていた。促されるまま、講堂内の団員に号令をかけた。
ミスティは実に騎士らしくないが、しっかり者だ。時間が定められたものは全て覚えていて、今のように教えてくれるのだ。また気配りもよくできている。団員達をよく見ていて、落し物を届けたり注意をしたり、本人らが不愉快にならない程度にこなしている。
根はとてもいい子だ。いい子なのだが、何度言っても私に対するお父様呼びをやめない。そこだけはどうにか改めてほしい。
朝礼中、何度かミスティと(兜越しに)顔を合わせたが、その度に笑みを浮かべていた。なにが楽しいんだろうか。そうか、私の甲冑姿か。滑稽で悪かったな。
「――以上朝礼を終わる。それでは各員、今日も職務を全うするように。解散」
二度手を叩いて、二分程度の朝礼をしめる。皆が持ち場に向かう中、ミスティは私に近寄ってきた。
「いつも朝礼ごくろうさまです、お父様」
「いつも労いありがとう。その呼び方もな」
「まんざらでも」「ある。やめてくれないか」「はいお父様」
この調子だ。いつもこうだ。別に嫌悪しているわけではないので強制はしない、しかし気に食わない。私としては、なるべく早くにやめてほしいところだ。
「照れちゃって。朝礼中も私のことを見ていたではないですか」
「見渡していただけだ。勘違いするな、別にお前を見ていたわけじゃ」
「わはーツンデレボイスありがとうございます! ミスティは今日も頑張れますー!」
ツン、デレ……? 異国の言語でしょうか。はは、理解が追いつかん。
「こほん。お父様成分いただきましたので、巡回にいってまいりますね」
姿勢正しく敬礼をし、真面目な顔になったと思ったら一瞬でいつもの笑顔に崩れた。小走りで講堂を去り、巡回へと向かっていった。
「ミスティは相変わらずだな。全く」
どうせ今日も、巡回の皮を被って市民達とおしゃべりするのだろうな。
しかし最近は、ミスティのおかげで治安がよくなっていると聞く。彼女がかたっぱしから声をかけているので、盗人が活動しにくくなっているとか。
「……さて、私も仕事に取りかかるか」
私の仕事は新人研修。次代の騎士の育成担当だ。
私は二十六になる。もう十年は従事したので後任を見つけておきたい。本音をいえば、そろそろ休みたい、というところだ。
よく「ミスティが後任によいのでは」といわれる。
確かに彼女は適任ではある。気が利いて、人当たりがいい。言い方を変えれば人望がある。騎士としての実力を発揮する場面は少ないものの、腕は立つ。適任ではあるが、私個人としては、彼女に引き継ぐのはなあ、と思うところがある。
もしミスティを選んだら、と考えると先が怖い。今でさえ単体の影響力が強いのに、団長ポジションなぞに就いたら……もはや騎士団とはいえんだろうな。
「――っと、考えこんでいる場合ではないな。急がねば」
呑気に隠居のことを想像していたが、前述のとおり、新人の面倒を見なくてはいけない。教官の私が待たせてしまっては面目がない。
私は仕事をまっとうするため、訓練場へと足を運んだ。
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