これCGだよね?

眼精疲労

これCGだよね?

「CGって何?」

 ある秋の日、隣を歩く彼女がぽつりと放った一言。それを聞いた僕は目を丸くした。


 マジか、と。


 いや普通、この現代社会に生きていて、CGって言葉を聞かないことはないだろう。

 彼女の家にテレビがない可能性とかも考えたけど、その手に持っている便利な薄い板はテレビよりずっと情報を得ることが出来る。


「CG、知らないの?」


 僕が問うと、彼女はこくりと小さく首肯した。彼女の前髪がふわりと揺れる。

 いや嘘だろ、と思いつつも、僕は笑顔を取り繕ってCGについて説明しようとする。


「CGっていうのは……」

 と切り出したものの、どう説明したらいいかわからない。


 なんとなくはわかっているのだ。

 映像作品などにおいて、現実には存在しないものをコンピューター上で作り上げて、あたかも実在しているように見せるとか扱うとか……そんな感じだよ。


 ってことをざっくばらんに説明する。


「……なる、ほど?」

 彼女は小首を傾げて、ぽつりと呟いた。眼鏡の下にあるその大きな二つの瞳には、疑問の色が浮かんでいる。


 説明するより実際に見てもらう方が早い。そう判断した僕は、彼女と共にレンタルビデオ屋に行き、一本の映画を借りた。


 遊園地などを経営しており、ネズミのキャラクターで世界的に有名な会社が制作した、ヒーロー物の映画だ。


 レンタルしたDVDの入っている手提げ袋を、彼女は軽やかに揺らして歩く。


「えへへ、映画、楽しみだね」

 そう無邪気に笑う彼女は、まるで童女のように可愛らしい。その笑みから溢れ出す純粋さに僕は惹かれたのだから、そういった点を今見ることが出来るのは、幸せに違いない。


 そして、その純粋さは、世間一般の常識から彼女の価値観を乖離させているのだが。あるいは、世間一般の常識から乖離しているからこそ、生まれるものなのだろうか。


 僕のアパートに彼女を招き、DVDをプレイヤーに挿入する。


 安普請のアパートなので、あまり音量を出し過ぎるとよろしくない。具体的に言うと、隣の住人から抗議の壁殴りをお見舞いされることになる。


 故に、僕と彼女はテレビの前に小さくなって集まり、映画を観るのだった。


 映画の内容は、至って単純。とある男が尋常の埒外にある力に目覚めて、その力を活かして悪を懲らしめるといった内容だ。


 つまるところ、その映画の内容はあり得ないことだらけなので、CGが多用されることになる。


 存在しないであろう形状の飛行機、怪物に変身する人間、手から飛び出すビーム等々……。 僕は、作中におけるCGの存在を指摘していく。


「あれCG、これもCG、でもってこの人間もたぶんCG……」


 彼女は僕が指摘していくものを、「へー!」とか、「すごーい!」とか嬉しげに返してくれるので、僕も悪い気分じゃない。

 そんな折り、彼女がふと口にした。


「じゃあこれもCG?」

 彼女が指さしたのは、画面の先にある草原。


「いや、これはたぶん実際に撮影したんじゃないかな」

 僕がそう返すと、画面が一瞬ぼやけて、次の瞬間。


 僕の目の前にあったテレビという存在が、ぴたりと硬直したと思ったら、崩れて消えた。


「……え?」

 突然のことに僕が驚愕していると、彼女はそんな僕など知らんと言わんばかりに、様々なものにその指先を向けていく。


「あれもCG?」

 アパートの壁が崩れた。


「これも?」

 アパートの天井が消えた。


「あの人も?」

 隣人が消えた。


「空も?」

 空が消えた。


 そして彼女は、僕をじっと見つめる。動揺し、恐慌の最中にある僕は、彼女の瞳に映る自分の姿を見た瞬間、思考が凍った。


 そしてその思考を、彼女の視線は射貫く。


「君も?」

 彼女は僕を指さして、そう言う。


 次の瞬間、僕の世界が固まり、ひび割れ、崩れ落ちていく。


 僕という存在が、世界から乖離して砕けていく。


 粉々になった視界の中、僕は彼女の姿を捉える。


 彼女はいつものように無垢な表情を浮かべて、この世界に貼り付けられたテクスチャを破壊していた。

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