テオドラ


 ビアンカの部屋は二人部屋で、同室の相手はガルダ村の出身だった。

 テオドラというこの娘はビアンカと同い年、少しそばかすがあるが、まぁまぁの美人さんである。


「ビアンカって綺麗ね、肌がすべすべ……」

「そんなに触らないでよ、テオドラは女が好きなの?」

「違うわよ、でもあんまりビアンカの肌が綺麗で……触ったら気持ちよさそう……」


 テオドラは少し百合がかかっていた。


「ねぇビアンカ、一緒に学校へ行きましょう!」

 テオドラはビアンカが気に入ったのか、いつもベッタリのひっつき虫。


 二人は百合の関係ではないが、危ないのは確か。


「テオドラ、卒業したら結婚するの?」

「これでも約束した殿方がいるのよ、あの方がいなければ、ビアンカの物になってもいいわ」

「羨ましい……」


「私の殿方って、ガルダ村の宿屋の方なの、でね、その方が私を買ってくれたの」

 テオドラがうれしそうに云った。


 エラムでは、売買婚は極めて普通である。

 庶民クラスでは好きな相手を選び、女からみれば選ばせ、結納代わりに娘を買うのである。


 勿論、身分が高ければ高いほど、自分の意思は通らなくなる。

 事実、アムリア帝国の第一皇女は売りに出されている。

 アナスタシアというそのプリンセスはべらぼうに高い。


「私なんか買い手もいないのよ……」

 と、ビアンカがこぼすと、テオドラが、

「だから家庭婦人課程へ来たのでしょう?私も愛しい殿方の為に、ここに来たのよ」

「でもビアンカは、必要ないと思うけど……」


 ビアンカはテオドラに話してみた。

 昔は山ほど縁談が来て、いい寄られたのに、今では不思議にモテないことを……


「馬鹿ね……それじゃあ殿方は逃げるわよ、殿方はプライドが高いのよ」

「何が悪かったの?」


「ビアンカ、相手と話すとき、じっと見ているでしょう?」

「好いても無い殿方に、それをしてはいけないのよ」

「ビアンカは相手の話を真剣に聞いて、案外素直に感心しているでしょう?」

「それって美点なのだけれど、感心しながら殿方をじっと見ると、見られた殿方は勘違いするのよ」


「ビアンカは綺麗なのよ、そんな綺麗な娘が、尊敬するように、じっと自分を見ている……」

「まず百発百中で、ビアンカが自分に恋していると誤解するのよ、殿方って単純なのよ……」


「……そうなの……」

「そうなのよ、でもビアンカは恋などしていない、だから断るのだろうけど、ビアンカは何といって断ったの?」

「普通よ、『私は貴方を好きではないわ、別の女にしてね』って……」

 肩をすくめたテオドラでした。


「その殿方、プライドずたずたね……で、それはどこで言ったの?」

「町の通りで……」

 はぁ……とテオドラが溜息をついていた。


「いけなかったの?」

「いけなくは無いけど……周りに人がいたでしょう?」

「そりゃあ大通りですもの」

「私が殿方だったら、町中でそれを見たら寄り付かないと思うわ……」


 ?


「つまりね、相手の殿方は公衆の面前で女に振られるわけよ、『別の女にしてね』、ってのは、『貴方は私に似合わない、もっと手頃な女にしなさい』と取れるのよ」

「そんな意味では……」


「そんな会話を聞いたら、聞いた殿方は『明日は我が身』と思うわよね」

「……」


「とにかく袖にするにも、もう少しデリカシーがないとね」

「デリカシー……ね」


 ここに至って、ビアンカにも思い当たる節がある。


 ある若い衆がビアンカにぞっこんになった。

 ビアンカがその若い衆に、

「お魚取るのうまいのね……とても素敵な方ね……私、お魚好きなの……貴方といれば、毎日食べられるのね……」

 と、云ったのである。

 ビアンカに取っては、掛け値なしの本心、なにも他意はないのだが。


 ある若い衆がビアンカにぞっこんになった。

 ビアンカがその若い衆に、

「お魚取るのうまいのね……とても素敵な方ね……私、お魚好きなの……貴方といれば、毎日食べられるのね……」

 と、云ったのである。

 ビアンカに取っては、掛け値なしの本心、なにも他意はないのだが。


 その若い衆は以来、漁に精をだし、三日に一度は魚を持ってきた……

 ビアンカは怖くなった、その若い衆は、徐々にビアンカに対して、ぞんざいになってきたのだ。

 ある日、若い衆はこういった。

「ビアンカ、世帯を持つか?」


 なんで私が貴方と世帯を持つの?

 素直に声に出した……


「えっ……」

 と、若い衆は驚いた顔をした……

「俺が好きなのでは……ないのか?」

「私は貴方を好きではないわ、別の女にしてね……」


 一瞬、ものすごく怖い顔をした若い衆……

 でも、「そうか……」と、いっただけだった。


 テオドラに云われ、ビアンカは鮮明に思い出したのだ。


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