サーモピレー号


 ギルベルトのカティサーク号は、艦隊の最後に入港した。

 かなりの被害で、特に船首は砕け、修理するぐらいなら、新造するほうが早いぐらいの状態。

「あぁ……長い付き合いだったな……カティサーク号もここまでか……」


 桟橋に立ち感慨に浸っていると、イシュタル女王の使いがやって来て、『亡霊の館まで報告に来て欲しい』との伝言があった。


 イシュタル様……キリーに来ていたのか……

 ふと女王を思い浮かべると、顔が赤らむのが自分でもおかしく思った。

 濡れてくるとはな……


 イシュタルの前に出ると、ますます体か火照ってきた。

 とにかく海戦で有用だった、火炎瓶とバリスタについての効果を説明し、退出しようとした時、イシュタルが、

「ギルベルトさん、出港準備が完了したら、私の部屋へ来て下さい」

「こんな状況ですから、約束のお酒を浴びるほどとはいきませんが、夕食というより夜食でも準備いたしましょう」

 と、いった。


 ギルベルトは小娘のようにウキウキして、指定の宿泊施設までかえった。

 しかし無残なカティサーク号が視界に入ると、ウキウキも吹っ飛んでしまった。

 とにかく船団の出港準備をしなくては……

 難民を無事に運ばなくては……


 義勇艦隊が交戦した以上、戦争は間違いない。

 港外を海上封鎖される前に出港しなくては……できるだけ犠牲は少ない方がいい……


 今度はもっと簡単に勝つ!

 カティサークの仇を取ってくれる!


「野郎ども、カティサークはここに置いていく」

「でも、あっしらはどの船に乗るのですか?」


「サーモピレー号――高速外洋帆船ティークリッパーの内の一隻、カティサーク号のライバル――しかないだろう、あの船を借りしよう」

「借りるといっても……」


「今航海、私は義勇艦隊の司令官、司令官の座乗する旗艦は必要だろう」

「多少船員は、顔見知りが乗ることになるが」


「ギルベルト!戯言もほどほどにしてもらいたいな、サーモピレー号は俺の船だ!」

「カティサークもサーモピレーも義勇艦隊所属だ、国庫の補助が入っている。」


「分かるか?つまりは非常時には、徴用されるということだ」

「そして今、私は今航海の司令官、命令には従ってもらう」


「そんな事は知っている、しかし欲しいのなら、力ずくでとったらどうだ!」

 サーモピレー号のカエサル船長は長剣を手にした。


「確かにお前のいうとおりだ、手っ取り早くていい」

 ギルベルトも剣を抜き構えると、カエサルは斬りかかってきたが、これをギルベルトは何とか受ける。

 カエサルの剣法は、フェイントを多用するようで、プフルークとよばれる剣を、正眼に構えたギルベルトには分が悪い。


 まったくやりにくい……こいつは喧嘩剣術だが……強い……


 仕方ないな……奥の手をだすか……

 乙女の構え――イタリア剣術――といわれる、剣を肩にかついで、振り下ろすのだが、ギルベルトの乙女の構えは少し違う。


 体を捻りながら、この乙女の構えから、斜めに振り下ろす。

 普通なら隙ができ、そこを衝かれる事になる。


 不思議にギルベルトがこれをおこなうと決まる、無意識に体を捻るときに飛ぶからだろう。

 それがさらに加速を付けるのかも知れない、なにせ斜め前方に飛ぶのだから……


 しかしこの時だけは、ギルベルトは真っ直ぐ前方に飛び込んで、振り下ろすかと見えた剣だが、そのまま剣のポンメルといわれる、柄の頭でカエサルの上腕、肩に近い部分を砕いた。


 ソードレスリング……本来はマッチョな男に似合いの技だが、ギルベルトはスピードでパワーを補ったようだ。


「カエサル船長、ここまでにしないか?頼む、今回だけ貸してくれ」

「カティサークの中にはお宝がある、それを借り賃として払おう」

「……」

 沈黙するカエサルにギルベルトは珍しく頭を下げた。


 カエサルが、

「俺たちはカティサーク号を占領する……なにせお宝だからな……会計係……皆を連れて、カティサークをぶんどってこい!」


「カエサル船長?」

「俺は負傷したからな、この綺麗な姉ちゃんに、面倒見てもらいながら、パレンバンまでデートと洒落こむ」

「まぁタダ飯は心苦しいから、少しぐらいは助けてやるさ」

 こうしてカエサルは、ギルベルトの旗艦の副長となった。



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