海の女


 エラムではウミサソリキングのおかげで、入浜式塩田の天日塩田は不可能。

 海水から塩を取るぐらいなら、岩塩を採掘するほうがましだったのである……


 そもそもエラム世界は寒冷地なのだが、このジャバの地は大陸よりも暖かく、日射しも他の地域よりもある。

 イシュタル女王の指導のもと、安全に海水を汲み上げる流下式塩田を採用した。

 かなり効率良く塩が生産可能になったのである。


 塩の値段は格安になった、ジャバ王国の専売となった塩のお陰で、今では大陸の三大国を凌ぐまでに国力が増大している。


 その塩の富と宰相アポロの画策で、アムリア帝国第一皇女アナスタシアをイシュタル女王が莫大な金額で購入した。

 アムリアとジャバの友好の証として、アムリアはキリーの町の統治権をアナスタシアの持参金とした……


 つまりはキリーはジャバに譲り渡されたのである。

 ジャバは大陸に交易の足がかりを手に入れた、そして大陸への塩の販路を広げたのである。


 そのキリーに脅威が迫っている。

 大陸北方の蛮族どもが、大挙して大陸に侵攻してきたのだ。


 アポロは覚悟を決めた、わからん女にキリーへの輸送を任せようと……

 なんといっても実績は誰もが認めている、やることはやる女だ。

 そう決めて、わざわざパレンバンまでギルベルトに会いに来たのだ。


 それは噂通りの女だった、しかも女の身でマーメード娼館を借りきり、なおかつ巧妙な袖の下を贈ってくる。


 この女はなかなかだ……

 アポロは女を認めることは滅多にない。


 主であるイシュタルを別にすれば、今のところは妻であるニコルといえど認めてはいない。

 この女、イシュタル様はお気に召すかもしれんな……


「とにかく謝意を表そう、三名の奴隷は個人として頂いておく。」

「報酬の件は良いとして、任務に必要な物はあるか?」


「参加する船にできる限りの武装を頼む、それから可能ならば、敵船に乗り込む時のために切り込み隊を配置してくれ、できれば最精鋭の突撃隊をたのむ」


「分かった、ところで弓は扱えるか?」

 アポロが唐突に聞いた。


「弓?引けるが一応これでも女なのでな、あまりでっかい弓は引けない」

「いま秘密兵器として、試作品を一つ持ってきている」

 アポロが見せたのは、コンパウンド(滑車)タイプのボーガン。


「これは……初めて見た……なるほど、これなら引ける……」

「しかし、これでどうするのだ、多少、この弓が揃っていても、どうだというのだ?」


「これには特別の弾が用意されている」

 小さい陶器に、布製の栓がしてある物を見せてくれた。


「これは火炎瓶というものだ、この布に火をつけて投げ入れると、容器が割れ、中の油に火がつく」

「考えてみればいい、木造の船の甲板に、火のついた油が流れたら」


「たしかにまずいことになるが……」

「この中身は特別製でかなりの発火能力がある、明日試してみるがいい」


 アポロがそういうので、その日はマーメード娼館に泊まり、翌日、厳重な警備の中、火炎瓶の試射に臨むギルベルト。

 前日にアポロが用意した、木造船の小型廃船が置かれていた。


 コンパウンド(滑車)タイプのボーガンの矢先に火炎瓶をくくりつけて、

「この布に火を点けるのか?」


「これをやろう」

 と、アポロがオイルライターを差し出しす。


「ライターというものだそうだ、雨の日でも火がつく」

「イシュタル様より下賜されたものだが、汝にやろう」

「これはいいね……ありがたい」


 弾に火をつけ、ボーガンの試射を行なってみると、見事に木造船の側面に命中、すぐに船火事が起こった。

「……たしかに普通の油じゃないな……」

「ファイン――エラムの醸造酒――を蒸留精製したものだ」

「と、いうことは……」

「かなり強力な酒さ」


 ふ・ふ・ふ……


 ギルベルトの顔を見て、「飲むなよ」と云ったアポロ。

「戻ってきたら飲めるよな♪」

「無理だな、まだ少ししかないのでな」


「つまらん!」


「そういうな、まだイシュタル様しか、つくれないのでな」

「それよりコンパウンド(滑車)タイプのボーガンはどうだった?」

「これなら誰でも扱えるだろう」



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