ベロペロネのせい
~ 十一月十八日(月) エビマヨ ~
ベロペロネの花言葉
女性の美しさの極致
「またこのパターンですか」
「そうなの。お約束はやっとくべきなの」
「コエビソウだけに?」
「コエビソウだけに」
いつものくだらない理屈と共に。
俺に小エビを渡してくるこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をエビに結って。
そこにコエビソウとも呼ばれる。
ベロペロネをひと房活けています。
「エビにエビときて、さらにエビマヨ?」
「コエビソウだけに」
「これ、中華?」
「コエビソウだけに」
ああ面倒くさい。
もう本件についてとやかく聞くのはやめましょう。
エビの下処理など俺に出来なかろうと。
剥きエビを買ってきたようなのですが。
穂咲のお料理メモの。
八割がエビの処理のため。
残る手順は。
わずか数行。
エビにお塩とお酒をかけて。
かたくり粉をまぶしてから。
フライパンへ投入です。
「これで、火が通るまで、と」
「教授。その間にレタスをちぎるの」
「なるほど、大忙しですね」
穂咲の指示でレタスをちぎって皿に乗せていると。
すでにエビの方はいい感じ。
ひっくり返して、スイートチリソースとマヨネーズをかけて。
よーく和えたら、もう完成。
「ほんとにこれだけ?」
「そうなの。簡単なの」
こんなので美味しくできたのでしょうか。
半信半疑でレタスの上にエビを盛る俺を。
審査員のお二人も怪訝顔で見つめます。
「バッドバッド! 秋山ちゃんの顔ったらないわね! それだけで料理がマズそうになるわよ!」
「すいません」
「こんな実験に、なんで僕まで巻き込まれねばならんのだ?」
「すいません」
お昼をご一緒するのは久しぶり。
ロボットと修学旅行でお世話になった。
佐々木君と椎名さん。
そんなお二人と穂咲を含め。
四人一緒に手を合わせ。
レタスとエビを口へ放り込むと。
「うまっ!」
「うまっ!」
「うまっ!」
「うまっ!」
そして全員同時にご飯を口に詰めて。
同時にごくんと飲み込んで。
同時に二尾目へ箸を出しました。
……予想外なほどおいしい料理に。
先ほどとは打って変わって。
俺を褒めちぎる椎名さん。
彼女は名古屋にある。
イベント企画会社への就職が決まり。
普段は小食と聞いていたのに。
頬を膨らませてご飯を頬張る佐々木君。
彼は、東京の専門学校へ。
進学することになったのです。
「しかし、佐々木君にはびっくりなのです」
「なにがだ?」
「本気でゆうさんとこのバイトをするのですか?」
「ああ。修学旅行で行ってから、ちょくちょく通ってて。その流れでね」
「……測りかねる件があるのですが。心からのご希望ですか? それとも強要されています?」
「半々」
さもありなんと頷く俺に。
佐々木君は、モデルガンを取り出して。
その魅力を語り始めるのですが。
「俺はもう半分余っているエビを調理しますので、穂咲がお相手します」
面倒ごとを押し付けて。
聞こえないふりをしながら。
お代わりの準備を始めました。
……本当は。
俺も拳銃とかすごく好きで。
佐々木君が手にしたグロック17の魅力について語り合いたいところではありますが。
ヘタなことを言うと何時間もまくし立てられそうなので。
ここは相手をせずの一手です。
さて。
穂咲はどうやって。
佐々木君をあしらうのでしょう。
その手管はいかがなものか。
横目でちらちら。
様子をうかがってみれば。
「なるほどなの」
穂咲は、ふむふむと頷いて。
箸も止めたまま。
佐々木君の熱弁に耳を傾けているのでした。
「ちょっと。適当な相づち打ちなさんな」
「適当じゃないの」
「理解できているのですか?」
「もちろんなの」
「じゃあ、今、何の説明をされていたか言ってみなさい」
「菓子パンの作り方」
…………いくらなんでも。
椎名さんが。
机をバンバンたたいて笑い転げて
しまいには机に突っ伏して。
息ができないらしく、助けてとの声を絞り出しながら笑っているのですが。
俺だって助けて欲しいのです。
一体どうすればこの生き物をまともにできますか?
「一応、諦めずに聞いてあげます。どうしてそうなりましたか?」
「ジャムするって言ってたの」
「……言ってましたけど」
「サイトを覗くって言ってたの」
「言ってましたけど」
難しい言葉の中から。
理解できた、たった二つのセンテンス。
確かにそれを繋げたら。
webを見ながらジャムパンを作ってることになりますけれど。
「佐々木君がへこんでしまったのです。何とか言葉の空気入れで膨らましなさいな」
「分かったの。……佐々木君、すごいかっこいい銃なの」
「そ、そうか?」
むくむく
「ドラマとかで見かける銃と違って、スタイリッシュなの」
「警察の銃も、あれはあれでいい物なんだが。でもどうせだったらこういう銃の方がいいよな!」
むくむく
「そんなかっこいいものカバンに入れて持ち歩いてるなんて!」
「お? この気持ち、わかってくれるか?」
むくむく
「変な人なの!」
ぱんっ!
「割りやがった!」
ああもう。
佐々木君がしおしおになっちゃってます。
笑い疲れて机に突っ伏す椎名さんと。
狭い机の上を領土争い。
仕方がない。
俺がうまいことフォローしましょう。
「それ、モデルガンですか? それともエアガン?」
「エアガンだ」
「へえ。昔見たことがあるのより、随分本物っぽいのです」
フライパンにエビを入れて。
さっきより、こころもち弱火で焼き始めると。
またもや穂咲が口を挟んできたのですが。
さっきみたいなことしないで下さいよ?
「何が違うの?」
「エアガンは、おもちゃの弾を撃てるのです」
「ほんと? 貸して貸して!」
「穂咲。遊び半分で借りてはいけません。目に当たったりしたら危険ですので、人に向けて撃ったりしたらだめなのであぶなっ!?」
穂咲は俺の足元目掛けて。
パンパンと銃を連射し始めたので。
俺はまるでエビのように。
ぴょこたんぴょこたん跳ね回る羽目になりました。
「ダメですってば! 人の話、聞いてました!?」
「人は狙ってないの。地面」
「西部劇か何かで覚えましたね!? それほんとに怖……、あぶなっ!」
「踊れ踊れなの」
「俺がなにしたって言うのです!」
「そうね……、こないだの金曜、あたし以外の女子四人とハーレム気分で鼻の下伸ばしてたの」
「一人はおばあさま!!!」
適当な理屈をつけて。
俺を躍らせて面白がる穂咲なのですが。
どういう訳やら。
椎名さんが噛みついてきました。
「秋山ちゃん、他の女子と何してたの!?」
「うえっ!? お仕事の相談に行っていたのです!」
「だからって四人の女性といたなんて、バッドどころか、ワーストでしょ!」
「四人と言っても一人はおばあさ……、あぶなっ!」
そして佐々木君がもう一丁持っていた。
デザートイーグルを構えると。
俺の足元目掛けて乱射し始めたのです。
「このハーレム気取りめ!」
「ご、誤解なのです!」
「踊れ踊れなの」
「こっちからも!? ひええええ!」
まるでダブルダッチ。
両足を交互に大慌てで持ち上げて。
下の階からクレームが来そうなその場足踏み。
こんなの、もうもちません!
「さ、佐々木君! 所有者の義務! 二人に厳しく言ってやってください!」
お願いだから助けて欲しい。
足元から視線も外さず叫んだ俺に。
でも佐々木君は、一つため息をつきながら。
めちゃくちゃなことを言い出したのです。
「マカロニウェスタンの定番じゃないか。なんて羨ましい。代わってもらいたいくらいだ」
「ウソですよね!? ……はっ!?」
その時、俺は。
気づいてしまいました。
「佐々木君」
「なんだ?」
「その、羨ましいという言葉なのですが。シチュエーションが羨ましいのですか? それとも、このドSコンビに責められるのが羨ましいのですか?」
「半々」
……やっぱり。
と、いうことは。
「では、ゆうさんのこと、性格的にどうだと思います?」
「女性の美しさの極致だよな!」
ああ。
なんという事でしょう。
真面目で才能のある佐々木君。
彼女さんまでいる佐々木君。
そんな彼は。
あわれ。
ゆうさんの手によって。
何かに目覚めてしまったようなのです。
だから俺は。
こう言うしかありません。
君の未来に。
一片でも幸のあらんことを。
「……いたっ! いたたたたっ!」
「もっと踊れ踊れなの」
……あと。
俺の人生にも。
ちょっとは幸せが欲しいところなのです。
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