アルストロメリアのせい
~ 十一月十四日(木) 北京ダック ~
アルストロメリアの花言葉
人の気持ちを引き立てる /小悪魔的な思い
前回と違い。
明日の欠席を事前に学校へ伝えることが出来たのですが。
その際、俺と一緒に申請を出して。
理由の欄に『運転手』と書いたせいで。
先生に呼び出されて。
一時間も事情を問われ続けたこいつは
「……なんで俺が代わりに説明し続けなきゃいかんのです?」
「道久君は説得が下手なの。そんなだからお仕事取れないの」
うぐ。
言い草は酷いですが。
痛いところを突いてくるのです。
……石頭の先生から。
穂咲のサボりを獲得するのと引き換えに。
お昼休みが、まるで潰れたのですが。
今日の午後は。
自由参加の特別授業が行われているせいで。
誰もいない教室で。
遅いお昼ごはんを作る俺なのでした。
「お腹空いたの、教授」
「はいはい、お待ちどうさま」
手順と材料はレシピ通り。
盛り付けも写真通りではありますが。
これで完成なのかどうなのか。
俺には分かりません。
だって、北京ダックなんて。
食べたこと無いですし。
……二人で並んで、手を合わせて。
そして穂咲がするのを真似て。
小麦粉を焼いた皮に。
具材を乗せて、黒い味噌を塗って。
くるりと巻いて。
がぶっと一口。
すると、口の中に。
鶏皮の甘い脂と。
黒い味噌の芳醇な香りが広がります。
「お? なるほど美味いのです。さすがは高級料理」
「いい甜麺醤使っただけのことはあるの」
穂咲曰く、普通より濃い味付けにしたらしく。
ご飯が進む中華味噌風味。
ダックの脂も実に美味しくて。
さすがは高級中華なのです。
「へえ。これが北京ダックというものなのですね」
「チラシって、欲しい?」
「……びっくりした。君と会話していると、小説を何行か読み飛ばした心地になるのですけど」
「欲しい?」
「白米の方が合うでしょう」
「そっちのチラシじゃなく。道久君は会話の流れからちゃんと意図を汲むの」
「…………それはすいませんでした」
新聞とか。
広告のチラシの話でしたか。
そうでしたね。
直前まで君は頭の中だけでそのことを考えていましたもんね。
…………わかるわけあるかい。
「しかし、チラシが欲しいかどうかと聞かれましても」
「欲しい?」
「なんでそれを聞かれているかまるで分からないので返事に困ります」
「集めてる人がいるの」
は?
チラシを?
……御趣味なのでしょうか。
変わっていらっしゃる。
「あ。お仕事で集めているということなのですか?」
「そんなの分かんないの」
「はあ。……それにしても、チラシって。効果あるのですかね?」
「もちろんなの」
穂咲は卵スープをすすって。
ぺろりと口の周りを舐めた後。
二つ目の皮を手にして。
具材を乗せながら続けます。
「道久君。これ、美味しい?」
「美味しいです」
「高級感、分かる?」
「そのあたりはよくわかりませんけど、これ、高級料理ですよね。こういう味が高級なのだと、今現在記憶中といった感じなのです」
俺の返事にふむふむと頷いた穂咲さん。
つまりはそういう事なのとか言い出すと。
ダックの皮を指差します。
「高級料理って言われてるから、良いものだって感じるの」
「ん? 高級料理の名に恥じない、美味いものだと思いますが?」
「この鶏皮、昨日の『豪快ムネ肉一枚焼き鳥』の余りなの」
「はあっ!?」
ムネ肉って。
鶏ですよね!?
じゃあこれ。
ダックじゃないの?
「道久君には、お見切り品の鶏肉で十分なの」
「やられたのです。……あ、なるほど」
「そういうことなの」
広告、おそるべし。
俺は料理の名前が持つ広告効果に。
踊らされていたという訳ですか。
「こんなの、お手頃価格で出来上がりなの」
「広告の効果を知って、目からうろこが落ちた心地なのです」
「そうなの。広告は凄いの」
「ええ」
「だから集めてる人がいるの。いくらくらいで買ってくれるの?」
ああ、最初の話に戻りましたね。
俺は高級食材ではないと知るなり。
一枚目より遥かに雑に具を取って。
味噌も多めに塗ってかじりつきながら聞きました。
「その人、お知り合いの方なのです?」
「ううん? 知らない人」
うむ。
安物と知ると。
それ相応のお味に感じるのです。
まあ。
美味しいので文句はないのですが。
我ながら。
現金な舌なのです。
「じゃあ、どなたかのお知り合い?」
「全然違うの」
「じゃあ、テレビでやってたとか?」
「違うの。ねえ、チラシ、一枚いくらで買ってくれるの?」
知りませんよ。
それに相変わらず要領を得ませんね。
「では、どうやって知ったのです、その方の事」
「あのね? 駅前にある背が高いビルの上の壁」
「ん? ずっと和服屋の広告が出てたとこ?」
「最近、あそこで町の皆さんにチラシを下さいって訴えてる人がいるの」
「広告募集ってそういう意味じゃないよ?」
え? ではありません。
まさか、ついさっき。
宣伝効果の大切さを教えてくれた天才が。
広告募集の意味も知らないただのバカだったとは驚きです。
「じゃあ、どういう意味?」
「今教えると、こんなに美味いものを全部やけ食いされそうですので言いません」
「もやもやするの。食欲が減るの」
「いいぞその調子なのです」
「じゃあ、あたしがたくさん集めてたチラシは買ってくれないの?」
「再生ゴミは土曜日なのです」
しょんぼりと肩を落とした穂咲が。
ちょっとだけ不憫に思えたので。
鶏皮を多めに乗せて包んだものを手渡してあげたら。
もふもふと暗い顔でかじりながらも。
おいしいおいしいと呟きます。
そう。
名前などにとらわれずとも。
気持ちさえあれば。
料理と言うものは。
こんなにもおいしくなるもの。
……しかし、この料理。
北京ダックでもなんでもないですよね?
いったいぜんたい。
なんという料理なのでしょう?
「少なくとも、料理に宣伝などいりませんね」
「でも、お仕事には役立つの」
「確かに。……俺も、広告でも出してみようかしら?」
そんなことをつぶやいたら。
穂咲はふるふると。
首を横に振り始めました。
「ん? なにか違います?」
「道久君は、広告出しちゃダメなの。人に盗られちゃう」
…………ほんとだ。
「だから、こっそりとやるのがいいの」
確かに穂咲の言う通り。
資金のあるところに真似をされたら。
俺が入り込む余地が無くなります。
宣伝なしで。
足で当たる方が良さそうなのです。
「……頑張らないと」
「そうなの。頑張るの」
「君は俺の気持ちを引き立てるのが上手ですね」
「そんなこと無いの」
謙遜してくれますが。
ほんとに心からそう思います。
なんだか最近。
夢を追うことに疲れてしまった俺の背を。
優しくぽんと押してくれて。
君が応援してくれるから。
まだ歩ける。
まだ頑張ろうと。
顔を上げることができる。
俺は、感謝の代わりに。
自分の分の鶏皮もたっぷり乗せて。
穂咲にもう一つ包んで手渡しました。
「ありがとうなの。でも、道久君の分が無くなっちったの」
「いいから食べなさいな」
「そんじゃ、遠慮なくいただくの。あと、道久君は宣伝しないで頑張るの」
「はいはい」
「だって、有名になる前にあたしが特許を取っておいて、道久君から利用料をむさぼる計画がパーになるから」
…………おい。
今、何を言い出しました?
呆れ顔で見つめていたら。
穂咲は、てへっと小さく舌を出しながら。
肩をすくめたのですが。
そんなことで誤魔化せるとでも思っているのですか?
「返せ、北京ダック」
「ダックじゃないし、もうかじりかけなの」
「こら」
「怒らないで欲しいの。ちょっと小悪魔を気取ってみただけなの」
「どの口が言うのです、悪魔王」
ちっとも小さくない悪魔から。
俺は食べかけの鶏皮を取り上げたのでした。
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