オンシジュームのせい


 ~ 十一月十三日(水)

       回鍋肉/酸辣湯 ~


 オンシジュームの花言葉

          野心的な愛



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その客席の一つ。


 お向かいに座って。

 紅茶のカップを傾ける女性は雛罌粟ひなげし弥生やよいさん。


 いつ見てもおしゃれな服に身を包み。

 大人っぽいメイクでいらっしゃる。


 これで、たった一つ年上なんて。

 年齢当てクイズをしたら。

 正解者なんて出ないのではないでしょうか。


「では、金曜日にお願いします」

「仕方のない方ですね。学校もあるでしょうに」

「そう言えば、会長は学校、いいのですか?」

「わ、私はいいのです。幸いなことに暇をもてあましていますので……」


 派手過ぎない、会長らしい爪のデコレーション。

 小さなストーンの付いた小指を。

 少し反らしてカップを口へ運ぶと。


 会長は、大人びたため息と共に。

 柔らかい微笑を俺に向けてくれました。


 ――丘の上の、真っ白な村へ。

 千草さんからご招待いただき。

 明後日、足を運ぶことになったのですが。


 教会を式場にする計画について。

 前向きに話が進むよう。

 会長にお手伝いをしていただくことにしたのです。


「それより、秋山道久。本当に車は手配できているのですか?」

「ええ、世界一忙しいくせに穂咲のお願いなら何でも聞いてくれる人が、運転手ごと貸して下さいまして」

「どういう意味です?」

「会長は大丈夫とは思うのですが、念のために防弾チョッキを着て来てください」

「……本当にどういう意味です?」


 万が一、穂咲に色目を使ったら。

 運転席から銃弾が飛んできますから。


「ということは、藍川穂咲も一緒なのですか?」

「ええ。運転手の持って来た鉢植えだと思ってください」


 俺が、父ちゃんとまーくんから。

 車の手配を断られていたのを見た穂咲が禁じ手を使うなり。


 二つ返事で新堂さんごと車を貸りることが出来たのですが。


 藍川本家に下手に関わられると。

 俺の仕事にも関与してきそうなので。

 あまり使いたくない手なのです。


 とは言え今回ばかりは仕方ない。

 平日に、大人が手を貸してくれるなんて。

 有難いお話ですし。


「それにしても……、彼の場所を式場にすることには私も賛成ですが。秋山道久、あなたはそのことだけにかまけていて良いのですか? 他の式場とも契約を結ばねばならないのでしょう?」

「う。……おっしゃる通り」

「何か所と契約を結んだのです?」

「まだ、一か所も……」

「はあ……。しっかりなさい」


 いくらお綺麗になられても。

 大人になられても。


 これだけは昔から変わらぬ。

 会長らしい、渓流の如き冷たい視線。


 久しぶりにそんな目で見つめられて。

 カエルの気分を味わっていたのですが。


 蛇はふとしたきっかけで。

 再び笑顔を取り戻したのです。


「お姉さま、ご一緒してもいいですか?」

「休憩なのですか? もちろんいらっしゃいな」


 会長同様、紅茶を手にテーブルへ着いたのは。

 清楚な生徒会副会長、雛罌粟ひなげし葉月はづきちゃん。


 在学中は、愛する葉月ちゃんを守るために。

 随分と冷たい態度をとっていた会長も。


 一仕事終わればこの通り。

 ただの、妹大好きお姉ちゃんへ変身なのです。


「葉月ちゃん、もうすっかりベテランバイトになりましたね」

「いえ、一年も働いているのにまだまだです。どうやったら瑞希ちゃんみたいに上手に接客できるのでしょう?」

「そのうち追いつきますよ」

「客引きも秋山先輩のように上手にできませんし……」

「そっちは追いつかなくて結構」


 俺のは、ただの呪いですから。

 追いつかれても困ります。


 自らの宿命に悲嘆して。

 涙を溜めた目で遠くを見つめる俺を見て。


 苦笑いを浮かべた葉月ちゃんは。

 慌てて別の話題を切り出します。


「先輩、お仕事先、まだ見つからないのですか?」

「う。……すいません、葉月ちゃんにまでご心配をおかけしまして」

「秋山道久。やはり私が何件か紹介しましょうか?」


 大学では、一年生であるにもかかわらず数か所の研究室へ顔を出し。

 かなりの人脈をお持ちとおっしゃっていた会長は。


 以前にも同じ提案を下さったのですが。

 それではダメなのです。


「申し訳ありません。ただのお友達というなら話は別なのですが、そうでないご紹介はお断りしているのです」

「難しいルールですね。……でも、コネクション無しでどうにかなるのですか?」

「それがなんとも……。このままの方法で合っているのか、最近自信がなくなってきました」


 やはりどなたかの力添えに頼った方がいいのでしょうか?

 でも、それだとこの道を選んだ意味が無くなってしまいます。


 なにが正解なのか。

 俺は何をしたいのか。


 ……最近、なんだか。

 夢を追うことに疲れてきた気がします。


 ため息をつきながらアイスコーヒーをすする俺に。

 葉月ちゃんと会長は。

 そろって、同じ微笑を向けてくれるのでした。


「……そ、それ以外のことでお手伝いできることがあるなら言ってくださいね?」

「私も微力ながら力になりましょう。まずは明後日ですね?」

「え? お姉さま、金曜日にあちらへ行かれるのですか? 研究室の件は?」

「…………あ」


 なんでしょう。

 気まずそうな顔をして。

 葉月ちゃんから目を逸らす会長さん。


 そんな姿を見ながら。

 葉月ちゃんは滅多に見ないにやにや顔を浮かべているのですが。


 どうしたのです?


「……ふうん? そういう事でしたら、藍川先輩のお相手が必要ですよね? 私も御一緒させていただいて宜しいですか?」

「か……、勝手になさい……」

「葉月ちゃんも来るの?」

「ええ。私もあそこの景色、好きなので」


 そう言えば。

 雛罌粟家の別荘があるのでしたよね、あそこ。


 かつては旅行ひとつとっても。

 ご両親に反対されるだけで。

 行けなかった葉月ちゃん。


 それが、平日だというのに。

 気軽にそんなことを言えるようになったなんて。

 どうやら自由が利くようになったのですね。


 ……そして自由と言えば。

 君は自由に振る舞い過ぎ。


「ホイコーローバーガーなの」

「これこれ! さっすが藍川センパイ!」

「うおっ!? シャキシャキの辛うまがたまんねえな!」


 勝手に厨房へ押し入って。

 勝手に新作を開発するこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をお団子にして。

 そこにオンシジュームを揺らしながら鍋をかき回していますが。


「セットでスープも作ってみたの。酸辣湯」

「こっちも辛うまっ!」

「冬を前に、このホット中華セットはいいな!」

「アイデア料は、スイス銀行のいつもの口座に入れとくの」

「口座なんか持ってねえだろバカ穂咲。いつも、ただで勝手にバーガー食ってく分でチャラだ」

「……どこに監視カメラが付いてるの? カンナさんには見られてないと思ってたのに」

「やっぱてめえか! かまかけて言ってみたら案の定……っ!」


 バイトをやめてからも。

 結局しょっちゅう遊びに来るワンコ・バーガー。


 夏休みには、お別れを悲しんだ俺が。

 まるでバカみたいなのです。


「……相変わらず凄いですね、藍川穂咲は。専門学校へ進まれるのですよね? どちらに決まったのですか?」

「それが、あいつもまだ決まっていないのです」


 俺の返事に一瞬目を丸くさせた後。

 こめかみを指で押さえる会長が。


 なにやら理解できないことを言い出します。


「彼女が野心家だったなら、大成していたやもしれませんね」

「え? 野心家?」


 どういう意味でしょう。

 それと専門学校と。

 何の関係があるのです?


 どうにも分からない難問に。

 首をひねっていたら。


 葉月ちゃんが。

 すまし顔でこんなことを言うのです。


「そうですね。お姉さまの野心の半分ほどもあれば、藍川先輩は立派な経営者になることができると思います」

「葉月ちゃん?」

「そんなお姉さまの野心たるや、素晴らしいのですよ? いつもお忙しくされているうえ、には研究室の実験を手伝いたいと、私との旅行の約束を反故になさったほどですので」

「ちょっ……、は、葉月っ!」


 ん?

 いつも忙しい?


「あれ? 暇を持て余しているのでは……」

「ちっ、違います! 葉月はちょっと、あの、お、お黙りなさい!」


 叱られても。

 すまし顔の葉月ちゃんですが。


 会長はなにやら慌てて。

 顔を真っ赤にしていらっしゃる。


「何をムキになっているのです?」

「んなっ! ……あ、藍川穂咲は役に立っているというのに! あなたもお店のために何かなさい!」


 よく分かりませんが。

 俺はどうやら、姉妹喧嘩のとばっちりを食って。


 久し振りに店の外に立って。

 客寄せをする羽目になりました。




 …………そして今日も。

 レジ前に、長蛇の列ができましたが。



 これ。

 やっぱり呪いですよね?


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