ムラサキシキブのせい


 ~ 十一月十二日(火)

    あんかけ焼きそば(和風) ~


 ムラサキシキブの花言葉 聡明な女性



 いつも負けた負けたと思うのですが。

 今日も改めて。

 完敗なのです。


「女性を斯様に見つめてはなりませぬのなの」

「いえ、そういう訳には……。なるほど、こうやって編んでいるのか……」


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 十二単を羽織った黒髪女性の形に編んで。

 頭の上に乗せているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 鮮やかな紫色の実をつけたムラサキシキブの枝。

 それを手にする人形の美しさたるや。


 今日ばかりはぐうの音も出ず。

 余らせてサイドに落した髪を使って。

 見よう見まねで作ってみようとしたのですが。


「くっ……。まるで分からん」

「女性の髪を、斯様にいじくってはなりませぬのなの」


 髪型に触発されて。

 ロングカーディガンを何枚も重ね着した穂咲さん。


 怪しい日本語を操りながら。

 タレ目を細く妖艶に開いて。

 短冊など取り出します。


 そしてさらさらと。

 筆ペンで書きつけるには。



 とのがたに じろじろ見られて あげくには

 髪をいじられ なんかおごるの



「有料でしたか」


 でも、こんな機会はまたとない。

 購買の『絶品ココアまん』で手を打ってもらおう。


 丁度スタイリングについて。

 誰もが文句を言えない程の技術が欲しいと切望していたところなので。


 ため息をつく穂咲をよそに。

 日本トップレベルの技を奪うため。

 その髪型を、研究し続けました。


「……おい、秋山……、君」

「静かにしてて。……ええと、ここで束にしたのを一旦ほどくのか……」


 うるさいのです。

 まったく、何の真似です?


 人が真剣に勉強しているというのに邪魔するなんて。

 あなた、それでも教師ですか?


 そして穂咲が。

 さらに短冊を手に構えて。



 先生も びびって語尾が 君付けに

 シャラップなんて どうかと思うの



 ……朝から穂咲は。

 何作品もの和歌を短冊に書いていますが。


 俳句ではなく。

 和歌だから。


 上の句用、下の句用。

 短冊が二つ必要とか。


「あとで百人一首出来そうですね」


 そんな俺の言葉に。

 またも筆をとり。



 かるたとり 上下かみしもの句を 取り違え

 滝川の水で ころもでびしょびしょなの



「昨日の子供ですか」


 しかも。

 『なの』ってつけるせいで。

 五、七、五、八、十になっているのです。


「おい、秋山……、君。さすがにそれは、後にしてはくれまいか?」


 先ほどから。

 先生は、随分おずおずと文句を言ってきますけど。


「仕事が決まるかどうかの分水嶺。ここで引く訳にはまいりません」

「う、うむ。……では、せめて藍川は遊んでないで教科書開け」



 遊んでない あたしも漢字の 練習を

 しているところよ 臥新嘗胆



「しんは『薪』です」


 はっ!? ではなく。



 かんじなど にほんのこころに くらべれば

 かるたはぜんぶ ひらがなでかいてあるの



「言い訳しない。それでまた落とされても知りませんよ?」



 そうめいで ひゃくにんいっしゅに えらばれし

 そんなれんちゅう かんじしらないの?



「百回謝れ。連中とか呼んではいけません」



 この人。

 短冊で口元を隠してムッとしてますけど。


 なんという口の悪さ。

 呆れかえります。


「そういうこと普段から言っていると、試験の時に書いちゃいますよ?」



 書かないの 仕事も取れず 困り果てる

 道久君には 言われたかないの



 うぐ。

 ほんとに口が悪い子。


 でも、ふと思ったのですが。


「そう言えば、和装の場合もありますよね。晴花さんなら心配はないのですけど、洋装とは写真の撮り方違うのでしょうか?」


 和装を撮るのは苦手とか。

 言い出したりしないでしょうか。


 

 結婚の 記念写真も 和装なら

 おしろいべた塗り どなたです? なの



「こら。俺の仕事を冗談にするのではありません」


 あと、花嫁さんにも失礼なのです。


 ……とは言うものの。

 本当にお仕事。

 できる日が来るのでしょうか?


 いつまでたっても契約先が見つからず。

 不安ばかりなのです。


 カメラマンとしてなら雇うとおっしゃる式場は。

 いくつかあるにはあるのですが。


 普通に写真を撮るというのは。

 ちょっと違いますし。


 その場合。

 俺、必要ないですし。


「ほんと、どうしましょう」


 勝手に口から零れ落ちた気持ち。

 あわてて飲み込んでみましたけど。


 これだけそばにいたわけですし。

 穂咲の耳にも入ってしまった模様。


 だからこうして。

 筆で返事をしてくるのです。



 焦っても 仕方がないの その夢は

 いつか叶うの だから授業聞くの



「君に言われたかありません」


 授業を聞かないことにかけては。

 右に出るものなしの穂咲さん。


 英語の時間に和歌など詠んで。

 そんな君に。

 敵うはずないじゃないですか。


「……どっちもどっちだ。廊下に立っていろ」

「へい」


 さすがに叱られましたので。

 俺は大人しく廊下へ向かおうとしたのですが。


「こら、何をしておるか藍川。とっとと立て」

「うえっ!? 穂咲に言ったのですか!?」


 あまりにも珍しいことが起きたので。

 呆然と立ち尽くしていると。


 穂咲はすくっと席を立ち。

 そして短冊を手にして。



 納得が いかないのなの 勉強を

 している気持ちに なっていたのに



「気持ちじゃダメに決まっているだろう。早く出て行け」



 和の心 思いやりすら 持たぬとは

 英語教師にゃ ヘヴィ・ランスだから?



「くだらん。だったら貴様は思いやりとやらを持っているのか?」



 もちろんなの みんな思いやる 和の心

 扇子広げて あたし応援団



 そして廊下に出た穂咲は。

 扉も閉めずに『がんばるの』と書かれた短冊を扇子に見立てて広げて掴み。

 ぴっぴっぴと、教室に向けて振り続けるのです。


「それじゃ五・七・五・七・七じゃなくて三・三・七なのです。……それにしても珍しい。穂咲が立たされて、俺がおとがめなしなんて」


 そう呟く俺に。

 先生が言いました。


「誰がおとがめなしといった」

「へ?」

「貴様の方が重罪に決まっているだろう。実は、校旗の掲揚ポールが先ほど折れてしまってな……」


 ちょっ!

 まさか!


 俺は穂咲が置いて行った短冊に。

 上の句を書いて突き付けます。



 ウソですよね!? まさかそんなの 支えていろと!?



 すると間髪をおかず。

 黒板に書かれた下の句は。



 応援団なら 当然だろう?



 ……こうして俺は。

 この寒空の下。


 修理のためにおにいさんが到着するまで。

 応援旗を支え続けることになりました。

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