リーガースベゴニアのせい


 ~ 十一月十一日(月)

     担々麺(インスタント) ~


リーガースベゴニアの花言葉 愛の告白



 週末。

 またダメでした。


 手紙と辞書とおじさん。

 妙ななぞなぞを突きつけられて。

 悩んだまま挑んだせいもあったとは思いますが。


 予定よりさらに多く。

 五か所もまわって交渉してみたものの。


 そのうちなんと三か所から。

 美容師の資格も持ってないのに。

 ヘアアレンジをさせるわけにいかないと。

 そう言われたのです。


「実際に腕を見て欲しいのです。ご覧下さいこの手際。そう思いますよね?」

「いーっきしょっ!」


 瑞希ちゃんから借りた体操服を着て。

 俺に、ドライヤーで髪を乾かされるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めた髪をほどいて乾かしている間。

 本体のリーガースベゴニアは、机の上から呆れ顔で鉢植えの方を見ています。


「まだ冷えます?」

「だって、ストーブもないから寒……、いーっきしょっ!」


 そうですね。

 水泳をするには時期が遅すぎましたね。


 俺はついさっき発生した珍事を思い出しながら。

 こっそりとニヤニヤするのでした。



 ……今朝。

 俺たちは。


 瑞希ちゃんと葉月ちゃん。

 雛ちゃんと小太郎君。


 朝からワンコ・バーガーに呼び出されていた四人と。

 お店の前で鉢合わせして。


 和気あいあいと。

 揃って登校してきたのですが。


 当然こんなメンバーでいて。

 何も起きないはずはありません。



 学校のすぐそばの。

 田んぼ脇を流れる小川。


 そこに手を突っ込もうとする子供を。

 穂咲と小太郎君が同時に見つけて。

 慌てて二人で駆け寄って。


「あの子を背中から抱いてあげてたのに。一緒に落ちるとか」

「存外、力持ちだったの」


 川に手を入れたい子供をしゃがんで支えてあげておいて。

 二人して頭から川の中。


 あわれ、寒中水泳することになったのでした。


「子供、泣かしちゃったの。へこんでるの。なのに道久君は笑ったりして、薄情なの」

「小太郎君が同じ速度で落下していく姿に思わず笑ってしまったのです」


 小太郎君。

 穂咲たちの様子を隣でしゃがんで見ていただけなのに。


 どうしてつられて落ちちゃったのか。

 小太郎君らしいと言えば。

 それまでなのですが。


 しかしあの瞬間。

 見事に人間性が出ましたね。


 大笑いする俺と雛ちゃんをよそに。

 慌てて三人をサルベージした瑞希ちゃんと葉月ちゃん。


 しかも、三年生はもう体育なんて無いからと。

 瑞希ちゃんが体操服まで貸してくれて。


「君は皆さんに愛されていますね」

「但し、冷たい道久君を除く、なの」


 いやはや。

 すっかり怒らせてしまいました。


 親切をしてこんな目に遭ったのですし。

 少しは優しくしてあげましょうか。


 ……なんて。


 自分で思っておいて。

 急に恥ずかしくなりました。


「どうしたの?」

「え? 別にどうもしていませんよ?」


 危ない危ない。

 なんて勘の鋭い。


 ラブレターを見つけたこともあり。

 妙に意識してしまいますが。


 そんな素振りなんか。

 微塵も出していないでしょうに。


「やっぱり変なの。緊張してるの?」

「は? なんで?」


 何を言っているのやらと。

 ため息をつきながらドライヤーを切りましたが。


 なんでわかるの?


 君は髪の毛に。

 レーダーでも付いてるの?


 ブラシをかける俺の手際も。

 いつもとまったく変わらない。


 俺自身ですら。

 違いなんて分からないのに。


「なんか、伝わって来るの」

「別になにも考えていませんよ」

「そんなこと無いの」

「じゃあ、なにを考えているというのです?」

「愛の告白?」

「全然違います!」


 あれを書いたのは小学生の頃ですし。

 ノーカンなのです。


 それに今は。

 別に君の事なんか好きでも嫌いでもないのですから。


 しかし、これ以上はまずい。

 とっとと終わらせましょう。


 俺は、赤くなった顔を見られる前に。

 急いで髪を結い上げて。


 水の中に落ちたこいつに相応しい。

 乙姫様風の髪形にしてあげました。


「はい、終わり。あとはお花を挿して……」

「どれどれ。……なにこれ? ハート形?」

「違いますよ」

「やっぱ、愛の告白?」

「だから違いますって!」


 ほんとに違うので。

 鼻歌を歌いながら体を揺すりなさんな。


 お花が挿せないのです。


「ああもう、揺れないで。鉢植えは静かにしてなさいな」

「ん~ふふ~ふふ~♪」

「ん? …………今のメロディ!」

「何なの?」

「もう一回!」


 それ、間違いない!

 俺が探しているメロディー!


「もう一回歌ってください!」

「イヤなの。だって、先生が来たの」

「そこを何とか!」


 まだ、若干騒がしい今なら行ける。

 俺がしつこく食い下がると。


 穂咲はやれやれとため息をついた後。

 もう一度メロディーを口ずさんでくれました。


「それ!」

「なんなの?」

「さっきと全然違う!」

「同じなの」

「ああもう! ららら~、ではなくて……。ら~らら~、でもなくて……」


 前回同様。

 余計なメロディーを追加で聞かされたせいで。


 元のメロディーが。

 さっぱり思い出せません。


 この曲。

 好きだった歌のメロディー。


 ……だったはず。

 曖昧ですけど。


「道久君、作曲中?」

「そんなわけないじゃないですか。らら~ら~? いや、ちがう……」

「じゃあ、何の曲?」

「思い出せないのですよ。でも確か、愛の告白の歌だったような?」

「なにそれ。あたしへのプロポーズ?」

「違います!」


 さっきから何の真似です!?

 さすがに恥ずかしいのですけど!


 こんなの、廊下の方が断然まし。


 先生から叱られるまでもない。

 俺は自ら進んで席を立ち。


「ら~ら~ら~? 違うなあ……」


 そして必死にメロディーを思い出しながら。

 廊下へ向かったのでした。


 ……でも。

 後ろ手に扉を閉めるその瞬間。

 聞こえて来ただみ声のせいで。


「秋山」

「なんです?」

「一曲完成するまで立ってろ」



 久し振りに。

 真夜中まで立っていることになりました。


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