ダイモンジソウのせい
~ 十一月八日(金) 青椒肉絲 ~
ダイモンジソウの花言葉 恋の訪れ
「珍しい」
「わはははは! あんたが中華練習してるって聞いたからさ!」
ほんとに珍しい。
牛丼以外の品が。
我が家のテーブルに並ぶなんて。
母ちゃんはいつものように笑いながら。
作り方を俺に説明しながら。
ウソをついている時のお約束。
お尻を掻いてから席に着きます。
しかし、なぜウソをつく。
そしてなぜ、チンジャオロース?
「なにかのお祝い?」
「……お前、仕事うまくいったんだろ?」
父ちゃんがビールを片手に。
ご馳走の理由を教えてくれると。
合点がいった反面。
なんだか途端に。
居心地が悪くなったのです。
お手伝いをするのと言いながら。
料理を始める前まで穂咲がいたのですが。
おばさんに呼び出されてしまったので。
これは母ちゃんの完全オリジナル。
それにしたって、帰りしなに。
本体を置いていくとは。
「……食卓から花が見えるのはいいものだな」
「珍しくないでしょう。穂咲と飯を食う時はいつも見放題でしょうに」
確かにそうだなと笑う父ちゃんの視線の先。
台所の片隅に。
一輪のダイモンジソウ。
真っ白な恋の花が。
俺たちを見つめているような気がします。
……しかし。
お花といい。
料理の理由といい。
ああ。
なんという居心地の悪さ。
親だったら、息子の心境を察して。
放っておいて欲しいのです。
「でもあんた、何か所か仕事先見つけなきゃいけないんだろ?」
「あ、それなのですが。この間のとこも、仕事をさせてもらえるかどうか確定ではないのです」
「なんだ、そうなのか? お前、大丈夫なのか?」
「わはははは! 就職決まらなくても、焦ること無い無い!」
そのまま父ちゃんからはもっと頑張れと。
母ちゃんからは頑張り過ぎるなと。
なんという飴と鞭。
こう言われては。
頑張らざるを得ません。
……まさか二人して。
台本でも準備していたのですか?
嬉しいような。
居心地の悪いような。
いつもと同じ席なのに。
まったく別の場所にいる気持ち。
母ちゃんは、いつもよりご飯を山によそって。
父ちゃんは、いつもよりちびちびとビールを口に運んで。
三人揃って。
どこかよそ行き。
緊張しているのです。
そんな空気に耐え切れず。
誤魔化すように料理を口に含むと。
俺だけはこの妙な呪縛から。
難なく解放されたのでした。
「……なぜ、味が牛丼」
~🌹~🌹~🌹~
親の期待。
親の心配。
気持ちは分かるのですが。
くたびれるだけ。
だから放っておいてください。
ちゃんと期待には応えますし。
ちゃんと心配かけないので。
ご飯の後、そそくさと部屋に帰った俺は。
肩の力を抜いてベッドに腰かけます。
やれやれ。
週末は頑張らないと。
あと、おばあさまの所。
なんとか教会を式場にする計画を進めてもらえるよう。
上手にプレゼンしないと。
よくよく考えてみたら。
俺ばかりじゃなくて、柊さんの人生もかかっているのです。
ほんとに。
頑張らないといけませんね。
……それにしても。
前回は、本当にうまくいった。
よく知っているお二人でもありましたし。
素敵なロケーションでしたし。
条件に恵まれました。
結婚式に相応しい。
真っ白な村。
違う色が一つだけありましたけど。
あまりはっきりと見たわけではないのですよね。
それはおばあさまの工房。
オルゴールの工房の中だけは。
茶色ばかりの世界でした。
「……あ」
そういえば。
俺が持っていたはずのオルゴール。
どこにやりましたっけ。
部屋の断捨離をした時には。
見た覚えがあるのですが。
すっかり整理された物置から。
段ボール箱を引っ張り出して。
そして中をひっかきまわしているうちに。
ふと、疑問が湧いてきました。
……あのオルゴール。
どなたから貰った品でしたっけ。
自分で買うはずはありませんし。
穂咲がくれるはずもないし。
ずいぶん昔から。
部屋にあった気もするのですけど。
だったら、幼稚園くらいの時に。
プレゼントされたのでしょうか……。
「あれ?」
おかしいな。
二つの段ボールを開いてみたけれど。
見当たりません。
部屋の中って。
不思議と物が無くなりますよね。
「三つ目には入ってないと思うのですが……」
最後の箱は。
絶対にいらないけれど。
捨てづらいものが入っていて。
卒業アルバムとか賞状とか。
そんな感じのメモラビリア。
懐かしいなあとの感傷も湧かず。
全ての品を出してみると。
一番底に。
茶封筒が張り付いていました。
「なんだっけ、これ」
封は破かれて。
中身は入っている様子。
見てみればわかるだろうと。
三つ折りの紙を引っ張り出して。
バサッと開いてみれば。
子供が書いた。
汚い文字が顔を出します。
「なんじゃこりゃ? 暗号レベルなのです」
ええと、なになに?
これは、『ほ』?
次は、『さ』?
………………え?
「ふんぎゃあああああああ!!!」
これ! あかんやつ!!!
封印!
即、封印!!!
慌てて手紙を畳んで。
一瞬のうちに封筒の中へ押し込んで。
こいつはどこに隠したら!?
下手に元に戻したら。
見つかる可能性だってある。
ゴミ箱へ捨てるわけにもいきませんし。
……そうか!
俺は、カバンの底敷きを外して。
その下へ突っ込みました。
「き、危険!!! 学校のシュレッダーを使いましょう!」
そして背筋を冷たくさせながら。
鞄を机の下へ押し込んでいると。
手紙に書かれた。
変な形の漢字が脳裏によみがえります。
『糸』の出来損ないの隣に。
『古』って。
「こわいこわい!」
昔の俺!
なに書いてんの!?
そして意外にも。
さらに隣に書かれた『婚』の字が上手いとか。
「こわいこわいこわいこわい!」
そうか、これ。
おぼろげですが。
思い出しました。
小学生の時に。
書いたものなのです。
こういう手紙は。
格好をつけて。
漢字で書いた方がいいって。
おじさんから教わって。
…………あれ?
漢字?
「あ……。ぁぁあああああ!!!」
そうか!
穂咲の辞書!
その時に借りたんだ!!!
記憶のパーツ。
そのすべてが繋がって。
でも、そのことが嬉しいと言うより。
どっと疲れた心地なのです。
いやはや。
まったく。
小学生の頃の俺よ。
こういう手紙を書きたいと願ったこと。
それは百歩譲って許してやろう。
でもさ。
どうやって書いたらいいか。
お相手のお父さんに。
相談するのはまずいんでないのかい?
……ん?
いや待て。
おかしいだろ。
おじさんが亡くなったのは。
俺が五才の時。
この手紙を書くために辞書を借りたのは。
小学生の時。
「いや、あれ? でも……、あれ?」
確かに、間違いなく。
おじさんが言っていた。
ラブレターをかっこよく書くには。
漢字で書いた方がいいって。
あれれれれ?
でもでも。
穂咲がこの辞書を物語のように読んで。
漢字博士になったのは小学生の頃。
「…………なんだこれ?」
全てのピースが繋がると。
浮かび上がってきたのはミステリー。
こんな謎。
解けるはずなどないのです。
それに。
このラブレター。
……渡してもいないのに。
なんで封が切ってあるのです???
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