シラタマホシクサのせい


 ~ 十一月七日(木) ゴマ団子 ~


シラタマホシクサの花言葉 純粋な心



 昨日の帰り道。

 不動産屋の前を通った時。

 建て売りの家の広告を見て。


 家なんて三百万円で建つじゃないかとぶんむくれた藍川あいかわ穂咲ほさき


 …………それ。

 一桁違うのです。



 いやしかし。

 三千万円ですか。


 なんて途方もない。


 ワンコ・バーガーのバイトが。

 時給千円だとして。


 月、二十日間働いて。

 十六万円。


 一年働けば。

 大体二百万円。


 ローンの金利というものがどれくらいかは知りませんけどこれを考えに入れず。


 我が家のように。

 三十年で組んだとして。


 毎年百万円。

 お給料の半分。


 ほんとに。

 途方もない。



 そんなことを考えながら。

 料理の準備をする俺に。


 穂咲が材料と。

 作り方を書いた紙を手渡してきます。

 

「シラタマホシクサだけに?」

「シラタマホシクサだけになの」


 俺が白玉粉の袋を開けながら突っ込むと。

 穂咲は鞄からマンガを取り出しながら席に着きます。


 その頭には、ホタルが無数に舞っているような。

 白い金平糖がきらめいているようなお花が群れ咲いて。


 シラタマホシクサが。

 コンペイトウグサと呼ばれるのも頷けるのです。


 でも、このメニューのおかげで。

 こんなに美しいお花が。

 一つのものにしか見えません。


 さて、それでは作りましょうか。

 ゴマ団子。


「ええと……、白玉粉と、お砂糖……」

「教授。お水は五回くらいに分けて入れるの」

「うい」


 机に粉をまき散らしつつ。

 生地をぎゅっぎゅとこねていると。


 今度は穂咲が。

 鞄から、巨大な瓶を取り出します。


「コンペイトウグサだけに?」

「コンペイトウグサだけになの」


 でかい瓶に詰まったコンペイトウ。

 まさか一人で全部食べるつもり?


「純粋な心で、みんなに配りたくて持って来たの」

「ああ、良かった。そんなに食べたらお腹がコンペイトウになっちゃいます」


 とは言いましたけど。

 マンガを読みながら、瓶を抱え込んでぽりぽりかじる君の姿。


 不安しか。


 いい感じに柔らかくなった生地を六つに分けて。

 こしあんの缶を開けながら。

 穂咲の様子を眺めていたら。


 こいつはマンガから顔もあげずに。

 話しかけてきました。


「おばあちゃんから連絡あった?」

「千草さんね。昨日の晩に電話がありまして、近々うかがうことになりました」

「よかったの。純粋な気持ちが伝わったの」

「……また純粋ですか。それ、心から言ってます?」

「もちろんなの」


 いやいや。

 マンガのページをめくりながらコンペイトウをかじりながらでは。


 心がこもっているような気がまったくしないのです。


 しかも。


「日取りが決まったら教えて欲しいの。あたしもついてくの」

「やっぱり、それが目的で良かったとか言ったのですね?」

「違うの。純粋な気持ちなの」

「迷惑なのですが」


 生地にアンコを包んで丸めながら。

 呆れる俺に見向きもせず。


 今度は携帯で片耳だけ音楽を聴いて。

 鼻歌まじりに話します。


「芝生がね? 海みたいなの」

「やっぱりそっちが目的じゃないですか」

「違うの。でも、海みたいなの」

「確かに俺にもそう見えましたけど」


 素敵な場所。

 穂咲に、ずっとそこにいて欲しいとすら考えた素敵な景色。


 でも、せっかくの景色を前に。

 君が今の状態でいたら。

 失礼極まりないのです。


 お菓子をかじりながらマンガを読みながら音楽を聴きながら鼻歌を歌いながら俺に料理を作らせながら。


 女子ならではと申しますか。

 同時にいくつの事が出来るのです?


「あの芝生の海に、船を浮かべてのんびりしたいの」

「浮かばずに転んじゃうのです。船の形、ご存知?」


 なんて頭の悪いご意見。

 余計な作業を山ほど同時にやっているから。

 そんなことになるのです。


 お団子にゴマをまぶしつつ。

 ため息をつく俺に。

 こいつはさらに続けます。


「転んじゃわないの」

「転びますって。転覆です」

「転覆は困るの」

「困るどころか。大事件」

「じゃあ、ひっくり返した側も上にしとけばいいの」

「すいません。君の天才に俺を含めた全人類が付いていけません」


 意味がまったく分からない。


「逆さにしても上だったら沈没しないの」

「具は」


 俺の突っ込みに。

 ようやくマンガを閉じた穂咲さん。


 ぼけっと想像して。

 船の形を空中で、手でなぞって。


 その上に、ひょいひょいと乗せているのは。

 人間でしょうか。


「神様気取り?」


 そして船を両手で掴んで。

 ぐるんと回した途端。


「逃げてー!」

「バカなの? ……あわてて船を元の位置に戻したところで手遅れなのです」


 やれやれ。

 見ていて飽きない反面。

 頭が痛い。


 さて、次の工程は油を使うので。

 ちょっと慎重に行きましょう。


「あ、温度は百八十度なの」

「うい。…………遊びながら、よくもまあするっと指摘できますね」


 天才なのか。

 バカなのか。


 わからないヤツなのです。


「お料理は遊びながら楽しみながら、歌いながら作るものなの」

「俺には無理なのです。でも、お仕事はそんな感じで行きたいですね」

「今回は楽しくできた?」


 俺がもちろんと答えると。

 穂咲は嬉しそうにコンペイトウをかじります。


「お仕事、うまくいったじゃないですか。そのせいで晴花さんも燃えているようでして、今週末は三か所も式場を回るのです」

「毎週毎週お疲れ様なの。頑張るの」

「いい結果にご期待を。……君は?」


 鍋の油の温度計。

 いい感じになったので。


 いよいよ慎重に、お団子を投入です。


「あたしも何かが見えてきたの」

「ほう。では、次の試験はばっちりだと?」

「次の試験はやめるの」

「なんで!? あっつ!」


 驚いて、団子を鍋に落としたら。

 油が手にはねました。


「大丈夫?」

「いや、それより! なんで!?」

「純粋な心で考えると、やっぱりお家から通いたいの」

「ああ、なるほど」


 純粋な気持ち。

 おばさんと離れたくない気持ち。


 確かに分かるのです。


 無理にでもお尻を蹴とばしたものか。

 それとも気持ちを汲んであげた方がいいのか。


 決めかねながらお団子を鍋に入れて。

 タイマーを押していると。


「あたしは、お家を建てたいの」

「は? 何を言い出しました?」

「そのためには、お金がいるの」

「そうですが」

「だから純粋な心で、すねをかじるの」

「純粋?」

「そして純粋な心で、道久君のお財布を頼るの」

「よこしまっ! あっつ!」


 ああもう!

 また油を跳ねさせたじゃないですか!


「俺から吸い取りたいから自宅にいるってどういうこと!?」

「道久君も、家から通うと良いの。そしたら吸い取りやすいの」

「俺は家を建てて実家を出ますって!」


 冗談じゃない!


 普段から、俺の財布を勝手に使う君ですが。

 大人になっても続ける気なのですか!?


 タイマーが鳴ったので。

 団子を鍋からあげて。


 しっかり油を切って穂咲の前にお出しすると。


「……でも、お家にいた方がお金貯まるの」

「まあ、そう聞きますけど」

「だから、貯金が貯まるまでお隣りにいると良いの」

「その分吸われたらたまりません!」


 今日は随分。

 家を出るなと言ってきますが。


 まさかその理由が。

 お金を巻き上げる気だったなんて。


 そう思っていたら。


「それに、純粋な気持ちもあるの」


 急に、優しい口調になって。

 不意打ちを食らったので。


 ドキリとしてしまいました。


「へ、へえ……。純粋、ですか」


 席はお隣りではなくなるけれど。

 せめて、家がお隣りなら。


 そんなことも考えていた俺としては。

 嬉しい提案に感じてしまいます。


「そうなの。純粋」

「そ、そう……」

「そしたらこうしてお料理作ってもらえるの」

「不純だった!!! 作りません! これは約束だから練習してるだけで……?」


 おや?


「食べないの?」


 いつまでたっても箸も持たず。

 なにやらしょんぼりと団子を見つめる穂咲さん。


 何を思ってゴマ団子を見つめているのやら。

 その答えは……。



「お腹一杯」



 …………コンペイトウの瓶。


 すっからかん。



 ああもう。

 君は一体何を言いたくて。

 何がしたいのでしょう。


 俺は、羨ましそうな顔で見つめるおバカさんに見せつけながら。


 大口を開けて団子を頬張ったのでした。



「あっつ!!!」

「当たり前なの。おバカさんなの」

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