カサブランカのせい


 ~ 十一月六日(水) 油淋鶏 ~


  カサブランカの花言葉 自尊心



 昨日までいた異世界。

 白い丘からの眺めの中で。


 いつもの日常というものに。

 どこか安らぎを覚えた俺ですが。


 学校の。

 一番前の席から見る景色。


 まさに日常。

 一番慣れ親しんだ場所なのに。


 …………とてつもなく落ち着かない。


「バカなの?」


 だって。

 左を見るだけで。



 そこはサンバカーニバル。



「いくらなんでも盛り過ぎなの」


 後頭部から、やたらと長い金ぴかの羽根を大量に生やして。

 さらに、ユリの女王。

 カサブランカをわさっと植えた。


「あはは……。穂咲ちゃん、羽根があたしに当たる……」


 はた迷惑なこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 聞こえるはずのない。

 マラカスとホイッスルの音が。


 朝からずっと鳴りやまないのです。


「これ、道久君のお仕事がうまくいきました記念なんだって」

「こっちを向きなさんな。羽根が神尾さんの顔をはたいています」


 慌てて席を立って深々とお辞儀をする穂咲。

 その頭から垂れ下がった大量の羽根が。

 神尾さんの姿を完全に隠します。


「……ゴメン、神尾さん。ちょっと面白いので笑っていい?」

「あはは……。どうぞ~」


 羽根の中で。

 どんな表情をされているのかもわかりません。


「そんなことより、あそこが結婚式場になるの?」

「まだ分からないですって」


 二時間目が終わった今になって。

 ようやく。


 羽根を前に倒しておけば。

 神尾さんに当たらないと悟った穂咲は。

 机に突っ伏しながら話し始めたのですが。


 授業が始まってもそうしていたら。

 さすがに叱られると思うのです。


「だって、会長が言ってたんでしょ?」

「会長が千草さんと今お会いしていて、そんな話が何となく出て来たとメールして下さっただけなのです」


 昨日。

 撮影を終えた後。


 おばあさまは、俺と晴花さんの仕事にいたく感動されたようで。


 こんな素敵な仕事ならもっと見ていたいと。

 いっそここを結婚式場にして。

 俺たちを雇っても良いかとまでおっしゃって下さったのですが。


「だから、まだどうなるかなんて分かりません」

「でも、もしそうなったらお仕事先決定なの」


 いえ。

 そういう訳にはいきません。


「まーくんの見積もりでは、一か所と契約を結んだところで商売としては成り立たないらしいのです。ですのでこれからもお仕事先を探さねばなりません」


 とは言え。

 昨日は良いお仕事が出来ました。


 おかげでなんとなく。

 これからのプレゼンの仕方も分かった気がします。



 ……メモリプレイ。

 最近、結婚式で行われるようになった演出。


 新郎新婦が子供の頃。

 ご両親との間で実際にあったエピソード。


 それを子供の役者さんに。

 同じように演じてもらって。


 ご両親を、お客様を。

 感動させるというものです。


 でもあれは。

 ご両親のための演出なわけで。


 俺のお仕事は。

 新郎新婦のメモリーから導き出して。

 お二人の、本当になりたかった姿を実現してさしあげること。


 メモリプレイに対して。

 ……メモリー・コスプレ?



 なんか違う。



 俺はネーミングセンス無いですし。

 素敵なキャッチコピーを生み出した。

 晴花さんにお願いしましょう。


「ねえねえ」


 ……人が考え事をしているというのに。

 今度は何?


「あそこでお仕事することになるの?」

「びっくりした。同じ話が続いていたとは」


 ひとの話を聞かない方ですし。

 そこまで驚くほどではないか。


「もしあそこが式場になっても、一か所じゃ稼ぎにならないのですって」

「お金にならないの?」

「そうですね。同時に三、四件かけ持ちにしないといけないらしいのです」

「それが出来なかったら?」

「貧乏生活まっしぐらでしょうねえ」


 今のうちに、れんさんから。

 貧乏暮らしのノウハウを学んでおきましょうか。


 ……そんなところで先生が入って来たので。

 無駄話はお開きです。


「じゃあ、家も建てられないの?」

「お開きですって」


 ああもう。

 面倒ですね君は。


 よりにもよって。

 俺も気になっていることを聞いてきなさんな。


「ねえ、建てられないの?」

「建てますよ。しっかりお金を稼いで」


 本当は不安ですが。

 俺にだって自尊心くらいあります。


 見得を張りたくなるような質問なさらないで下さい。


「じゃあ、建てるの?」

「…………当然なのです」

「おいくらくらいかかるの?」


 うぐ。


 確かにそれは知りません。


 いくらくらいあれば。

 家って建つのでしょう。


「百万円?」

「そんなに安いわけないでしょうに」

「じゃあ、いくら?」


 うぐぐ。


 調子に乗って偉そうに言った手前。

 答えなければなりませんね。


「ねえ」

「…………い、一千万円?」

「そりゃお高いの。なるほどなの」


 穂咲は納得してくれたようですが。

 高く言い過ぎましたかね。


 今度調べて。

 それとなく訂正しておきましょう。


「さあ、しっかり授業を聞きなさいな。もうお相手しませんので」

「そんなに貯めるまで、家って建たないの?」

「だから人の話を……」

「それまですねかじり?」


 うぐぐぐ。


 また、自尊心をへし折るようなことを言ってきますね君は。


「……俺はすぐに家を建てて、独り立ちしますって」

「貯金もないのに?」

「普通は月々決まった額を払って建てるものでしょうに」


 住宅ローンって。

 聞いたことくらいあるでしょ?


 そう言えば、父ちゃんのローン。

 三十年とか言っていましたっけ?


 途方もない話なのです。


「月々?」


 さて。

 いいかげん相手をするのはやめましょう。


「じゃあ、お家賃みたいな感じ?」


 無視なのです。


「ちょこっとずつ払って建てるの?」


 無視無視。


「そしたら最初に、おトイレから作ってほしいの」

「払った分だけ作っていくわけないでしょうに!」


 今月は便座カバーを付けときました~。

 って、そんなわけあるかい!


 ちきしょう!

 なんで君はそんなにバカなの!?


 そして俺!

 なんで俺はこんなにバカなの!?

 

「…………おい」

「はいはい分かってます重々承知しています! ですが収監前に一つだけ教えてください! 家って、どうやって建てるのですか!?」


 ええい!

 この際、疑問を解決してから廊下へ行くのです!


 でも、この石頭は。

 相手をするのも面倒と言わんばかり。


「……大工が頑張って建てるんだ」

「大阪城建てたのはだーれだってなぞなぞじゃなくて!」

「面倒なヤツだな。そんなものは、独り立ちしてから考えろ」

「いつも一人で立ってるじゃないですか!」


 俺は正しいことを言ったはずだ。

 なのにどうして。


 首根っこを掴まれて放り出されねばならんのか。



 あと。

 なんでトイレから作らにゃならんのだ。



 ……それと。



 なんで俺の家なのに。

 君が口を出してくるのさ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る