ちょっぴり特別編 マツバボタンのせい 後編
「では始めますね?」
「鏡、無いのね」
「驚いたことに、俺も鏡が無いと作業しにくいのです」
「あはは! そこまでサプライズにこだわるのね!」
真っ白なテラスに。
木漏れ日のピンスポット。
俺は、美穂さんのストレートヘアにブラシをゆっくりとかけながら。
晴花さんに視線を向けると。
それだけで意図を察してくれた晴花さんは。
カメラを構えて。
美穂さんの姿をぱしゃりと撮影します。
「え? もう撮るの?」
「違う違う。この写真見て、どう思うかなーって」
「どれどれ……。ぷっ! 道久君! 半目!」
「俺はどうでもいいでしょう!? まじめにやってくださいな!」
「あはは! ごめんごめん、まじめにやるから。……あ、ごめんなさい。私、左から撮って欲しいかな……」
「謝らなくていいわよ。じゃあ、こんな感じ?」
そして何枚か写真を撮って。
ご自分の好きな角度や表情を語る美穂さんに。
晴花さんは、カメラマンならではのアドバイスをしながら。
改めてもう一度シャッターを切ります。
すると美穂さんは、写真を見ながら驚きの声を上げつつ。
知らなかった自分の美しさを見つけてもらった喜びに。
目を丸くさせるのです。
「……つまりは、こういう事なのですか?」
おばあさまの問いかけに。
正解とも不正解とも。
曖昧に答える晴花さん。
そうですね、つまりは今のが正解で。
そしてそれでは足りないのです。
穂咲と違って素直な髪質。
セットをするには時間が必要。
俺はおばさんから教わったことを一つ一つ思い出しながら。
コンテストの日、穂咲の髪をセットした時の気持ちを思い出しながら。
美穂さんが望む姿になれるよう。
丁寧に髪を編んでいきました。
「それにしても、写真一つで大げさなことするのね」
「え? 髪のセット、してもらったこと無いのですか?」
「もっと簡単なのなら体験したことあるけど」
「普通はそういうものなのでしょうか。穂咲の所のおばさん、娘の髪をセットするのに長いと三時間とか平気でかけるので」
まあ、そういう時は大抵。
巨大怪獣が火を噴いているオブジェとかが出来上がるのですけど。
そう言えば、メリーゴーランドになっていたこともあったような。
あれ、ピンセットも無しにどうやって作るのでしょう。
そして、そんな下らない方向の技ばかりでなく。
他にも教えていただきたい事が沢山あるのですけれど。
どうしましょう。
今から教わるのでは。
時間が足りないかもしれません。
そんなことを考えている間に。
美穂さんは飽きはじめたようで。
あくびなどしながら。
ぼけっと芝生の海を見つめるのです。
「でも……、髪形ひとつでそこまで変わる? 私の願いを髪形で叶えるんだったっけ?」
「ええと、髪形だけでは無くて、メイクとロケーションの力も借りるのですけど。……あと、お花」
「お花?」
俺の言葉に反応したのは。
美穂さんだけでなく。
ずっとそばに腰かけて、様子をご覧になっていたおばあさまも。
俺の顔を見つめます。
そう言えば、このサナトリウムが賑やかになったきっかけは。
お花畑を作った事だと話していらっしゃいましたよね。
「お花か~。さすがはお花屋の店員さんだね!」
「しばらく店先には立っていませんが……、よし、これで完成」
うん。
イメージ通り。
おばさんの特訓。
しっかり身についているようです。
でも。
「道久君……。これ、どういうこと?」
晴花さんとおばあさまは。
怪訝な顔をなさっていらっしゃる。
そんなお二人に。
メイクと衣装について俺の希望を伝えると。
今度は美穂さんまで顔をしかめるのです。
「え? ……私のイメージから、わざと外してない?」
「いえいえ。美穂さんの願い通りなのです」
そんな返事に。
眉根を寄せていますけど。
美穂さん自身がお気づきではないかもしれませんが。
このお姿こそが。
あなたの願いなのですよ。
……俺は、メイクのために席を立った美穂さんの背中を見つめつつ。
心の中で、そう呟いたのでした。
~🌹~🌹~🌹~
すっかり日が落ちた村に発電機の唸り声。
まーくんのつてで借りてきた照明が。
ツルバラの咲く教会のゲートに。
純白のドレスをまとったお姫様を眩しく輝かせます。
未だに首をひねる美穂さんを前に。
俺の意図を聞いて、すっかり理解して下さった晴花さんが。
真剣な表情でカメラをセッティング。
俺の方は準備が整ったので。
あとは、もう一人の到着を待つばかり。
「おにいさん、遅いのです」
「ほんとよね。こんな日くらい、早めに上がってくれてもよさそうなのに」
昨晩とまるで変わらず。
おにいさんに軽口をたたく美穂さんは。
この村のように真っ白なドレスに身を包み。
ゴージャスなティアラとネックレスが良く似合う。
まるでお姫様のような装いなのです。
「ねえ、道久君」
「いつまでそんな仏頂面で文句ばかり言っているのです?」
「言いたくもなるわよ。これウェディングドレスじゃなくて、お芝居用の衣装みたいじゃない。結婚式の記念撮影じゃなかったっけ?」
確かに、本当はそうなのですが。
今回はこの方が良さそうなので。
しかし、さすがは晴花さん。
俺のイメージピッタリそのまんま。
素敵な衣装を借りて来てくださいました。
「舞踏会にでも行けそうよね」
「いえ。どちらかと言えば、舞踏会の帰りかもしれません」
ああ、しまった。
つい口が滑りました。
おかげで美穂さんの仏頂面が。
さらにしかめられて、顔の真ん中へ寄って行きます。
「美穂さん。笑顔笑顔」
「こんな顔にさせてる張本人がなに言ってるのよ」
そうは言いましても。
せっかくのお姫様メイクが台無しですって。
でも、いくら顔をしかめたところで。
髪型までは変わらない。
黒髪でも映える大き目の編み込みに。
ゆったりとカールさせた横髪。
ゴージャスにハーフアップにさせた後ろ髪も。
照明のおかげで美しく輝いています。
どこからどう見てもお姫様。
……いえ。
今は、一介の町娘でしたね。
不幸な境遇にある。
哀れな少女。
その名は……。
「あ。……ようやくお出ましですか」
駐車場に迫る車のライト。
俺は準備していたものを渡すためにお兄さんの元へ駆けつけます。
「すいません、無茶な注文をしまして」
「まったくだ、こんな衣装まで準備しやがって。……髪、こんな感じでいいのか?」
「お似合いですよ、オールバック」
そして俺が渡したマツバボタンのカラフルな花束を。
美穂さんに負けず劣らずのしかめ面で受け取ると。
おにいさんは盛大にため息をついた後。
きびすを返した俺の腕を後ろから掴みます。
「どうされました? 今更いやだとか言わないで欲しいのですけど……」
「いや、逆だ。お礼を言っとこうと思ってな」
そして、俺に真っすぐ向き合うと。
随分と大真面目に頭を下げるのです。
「……正直、お前さんの仕事をみくびってた。本人すら知らない、そいつの夢を叶える、だっけ?」
「自分も知らない自分の気持ちを、一生色褪せぬ思い出に、です」
「ああ、それそれ。……まさかあいつが、そんな思いでいたなんて俺も知らなかったよ」
「ご安心ください。美穂さん自身も、恐らく気づいていません」
真っ白な王子服に身を包んだおにいさんが。
せっかくセットしてある髪を掻きながら話すので。
俺はツールバッグからブラシを取り出して。
撫でつけ直しながらお話を聞きました。
「……あいつ、押し掛け女房同然に迫って来たからさ。そういう女だとばっかり思ってたんだ」
「ご本人もきっと、自分を騙しているのだと思います」
「ああ。言われてみれば思い当たるフシが山ほどある。……で? 大将。俺はどうすりゃいいんだ?」
「どうするもこうするも。おにいさんの役はメールで言った通りですが?」
「……不幸な境遇からシンデレラを救い出す王子」
「それなのです」
ああもう。
お気持ちは分かりますが。
頭を掻くのはやめてくださいってば。
「まさかこの齢で芝居をすることになるとは思わなかったぜ」
「結婚式当日はもっと恥ずかしいことさせられますよ?」
「そういうのが嫌だから二つ返事でここでやる地味な結婚式の話に乗ったんだ!」
ああ、なるほどね。
その気持ち、心の底から共感です。
「……でも、今日は覚悟を決めて。目いっぱい男らしく行ってください」
「ああ、分かってる。これからは、変な隠し事なんかするんじゃねえって言ってやるさ」
「それじゃ叱ってるみたいなのです」
「ははっ! ……大丈夫。俺が守ってやるって、びしっと言ってやるさ!」
そして俺の手を握ったおにいさんは。
改めて、ありがとうと言い残して。
シンデレラの待つ教会のゲートへ。
花束を抱えて颯爽と歩き出したのでした。
……気弱なシンデレラは。
誰に対しても優しくしたいから。
自分の不遇を心の扉にしまい込んで。
明るい笑顔を振りまいていたのです。
だからきっと。
教会で待つ美穂さんは。
着飾った衣装と素敵なメイクに身を包んでいても。
心はずっと。
怯えたまま。
そう。
まるで舞踏会のシンデレラ。
本人も、どうしたらいいのか分からない程の。
不安をひた隠しにしているのです。
「……これからは、美穂さんが意地悪されていたら、おにいさんが守ってあげてくださいね!」
優しい嘘。
本人すら、嘘であることを忘れていた嘘。
美穂さんの胸の痛み。
それを知ってあげて。
そして庇ってあげて欲しい。
俺の想いに、おにいさんは大きく手を上げて応えてくれると。
真っ暗なはずの道を。
しっかりとした足取りで登って行ったのでした。
……幸せの先の夢。
自分も知らない自分の気持ちを。
一生色褪せぬ思い出に。
「……さて。きっと、そわそわしていることでしょうし」
俺は携帯を取り出して。
たったの五文字。
『おわったよ』と打ち込むと。
予想通り。
あっという間に返事が届きます。
きっと携帯を握ったまま。
今までずっと待っていたのでしょう。
そばにいないのに。
すぐ、俺の隣で。
そんな返事は。
張りつめていた気持ちを。
優しくほぐして。
日常へと戻してくれました。
『もうねてる』
「んなわけあるかい!」
いつもと同じ。
いつも、左隣へ向けて口にする言葉と同じ。
俺は、日常のありがたさを感じながら。
携帯に向けて突っ込んだのでした。
――こうして。
俺の初仕事は終わり。
その思い出は。
ボロボロに泣いて王子様の腕にすがる。
気弱なシンデレラの写真となって残ることになりました。
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