ちょっぴり特別編 マツバボタンのせい 前編
~ 十一月五日(火) 天津飯 ~
マツバボタンの花言葉 心の扉
お日様がいつも見つめる白い村に生まれた。
木漏れ日がコロコロと転がる白いテラス。
脚にバラがレリーフされた丸テーブルと。
高貴な青いラインの入ったティーカップ。
早朝の小鳥たちは木の実を探して芝生の海を渡り。
銀のさざ波に梶を取られてふわりと揺れる。
そんな、秋空を映した緑の海に。
昨日まで浮かんでいた白い帽子は見えないけれど。
すぐそばに、いつもの視線を感じたので。
『おきたかい』と。
五文字だけのメッセージを送ってみれば。
すぐに届いた返事も。
やっぱり五文字。
いつもと違う場所で。
こんなにも離れているというのに。
でも、すぐそばに。
いつも通りの君がいてくれる。
ほっと肩の力が抜けた。
そんな五文字のメッセージは。
『まだねてる』
だから俺はいつも通りに。
んなわけあるかいと突っ込んだのでした。
~🌹~🌹~🌹~
「びっくりした! 朝から元気ね~!」
「あはは。穂咲ちゃん?」
村のペンション。
その共用テラスで携帯に向かって大声を上げる俺に声をかけてきたのは。
再来年、短大を卒業したらすぐに結婚式を挙げる予定の明石美穂さん。
その後ろで、カメラを片手に微笑むのは柊晴花さん。
このお二人と、そして美穂さんの婚約者であるおにいさんを加えた四人で。
昨日、他愛もない話を延々と続けたのも。
この真っ白なテラスだったのでした。
俺のお仕事。
その根幹は。
お話にあるわけで。
好きな動物は。
おにいさんのドジエピソード。
お二人が、お互いどこに惹かれたのか。
サッカーの楽しさについて。
お花の好み。
プロポーズの言葉。
俺が作った小籠包の酷さ。
結婚したら、お互いに求めるもの。
お二人の夢。
――美穂さんのことも。
おにいさんのことも。
それなり知っているつもりでしたが。
実は尻に敷かれたおにいさんと。
おにいさんを振り回して楽しむ美穂さん。
意外な二人の関係性を。
イヤというほど知ることになりました。
おかげで仕事に必要な情報は手に入り。
俺の中で、答えは二択にまで絞られたのですが。
どちらが正解なのか。
未だに決めかねているのです。
そんな心境を。
外階段からテラスへいらっしゃったおばあさまは。
コーヒーをお出しする、俺の所作一つで。
簡単に見抜いてしまうのでした。
「秋山さん。まだ決まっていらっしゃらないのですか?」
「エスパーみたいな方ですね。その通りなのです」
そんなことで間に合うのかとばかりに。
ため息をつくおばあさま。
またぞろ。
不信感を与えてしまったようです。
ここはひとつ。
相棒の意見も参考にしてみましょうか。
「晴花さんはどう思います?」
「あたしは元気な感じがお似合いだと思うけど」
「私もそんな感じがいいなってずっと言ってるのに。反対してるの、道久君だけじゃない」
「反対ではないのですよ。でも、どうにも違う気が……」
「じゃあ、清楚な感じにする気?」
「そっちの方が合っている気もするのですけど、違うような気もしますし……」
「どっちなのよ」
俺の返事の意味を知っている晴花さんは。
肩をすくめて優しく笑って下さるのですが。
美穂さんとおばあさまは。
未だご理解されていないため。
被写体ご自身の希望を聞き入れない俺に。
眉根を寄せるばかり。
でも、そんなテラスへ。
キッチンから甘い香りを伴って。
小ぶりな天津飯とキノコのスープが運ばれてくると。
お二人そろって。
途端に笑顔を浮かべます。
「……やっぱり、ごはんには勝てないのでしょうか」
「どういうこと?」
「俺のせいでしかめ面になったお二人が、あったかお料理でほくほく笑顔」
「そりゃそうよ。喫茶店の孫娘としては、写真よりごはんに決まってるでしょ?」
「そこはコーヒーって言っておきましょうよ」
ああほんとだと笑う美穂さんは。
あのファンキーな喫茶店で。
メイド衣装で接客するような大胆さをお持ちですが。
近所の悪ガキに意地悪されて。
鞄を木の上に投げられてしまうような。
気の弱い方だったりもするのです。
でも、おにいさんにその話をしても。
木の上から降りられなくなっている姿は何度か見たけれど。
意地悪されるような場面には出くわしたことが無いと言い。
挙句に、自分をがみがみ叱りつける美穂さんが。
子供に負けることなどあり得ないと豪語される始末。
強気で大胆。
弱気で臆病。
美穂さんって。
どちらのお姿が本当なのでしょうか。
元気なお嫁さん。
控え目なお嫁さん。
……美穂さんには。
どちらの姿がお似合いなのでしょうか。
スープの温かさにほっこりとしながら。
いろいろ考えてはみたけれど。
やはりいくつか。
必要な情報が足りないみたい。
とは言え。
何を話したら良いかすらわかりません。
俺は、優しいお味の天津飯をいただきながら。
美穂さんに曖昧な質問をしてみました。
「美穂さんは、周りから強い人と見られたいって思いますか?」
「別に、それで意地悪が減るとは思わないけど……」
ん?
なんで今の質問が。
子供から意地悪されることに限定されました?
まあ。
ちょうど聞きたかった話なのでいいですけど。
「でもね、最近はあんまり意地悪されなくなったから、たまに意地悪されると嬉しくなっちゃうの!」
「おかしいでしょ。それより、未だに鞄とかを木の上に投げられちゃうのですか?」
「一番最近は……、自転車?」
「大ごとっ!!!」
「でもほんとに、なんだか楽しくなっちゃって。もっとやって欲しいわって言うとあの人に呆れられちゃうのよ? ……その上、私が意地悪なんかされるはずねえだろって言われるし」
美穂さんが、てへっと舌を出すと。
おばあさまと春香さんが楽しそうに笑うのです。
そしてこの場にはいないけど。
昨日、散々お話したので想像がつくのですが。
今のお話を聞いたなら。
おにいさんも、きっと笑顔になるのでしょう。
…………でも。
「どうかした? 道久君」
「へ? ……ああ、いえ。天津飯美味しいなあって」
「おやあ? 穂咲ちゃんがやきもち焼くんじゃない?」
「あいつはやきもちなんか焼きませんし。それに、シェフにやきもち焼いたところでどうしようもないでしょう」
「シェフじゃなくて。目玉焼きから卵焼きに浮気された~って!」
「そこ!?」
にやにや顔で攻めてくる美穂さん。
きっと今のテラスをキャンバスへ収めれば。
明るい、幸せな風景画。
…………でも。
あなたは。
このような言い方をされる方でしたっけ?
美穂さんの冗談に。
晴花さんはおなかを抱えて笑っていらっしゃる。
目玉焼き事情を知らないおばあさままで。
つられて楽しそうになさるのですが。
……なるほど。
分かったのかも。
俺は皆さんに失礼と声をかけて。
階段からお庭へ。
そしてペンションの外へと歩きながら考えます。
包容力のあるおにいさんと出会ったことで。
積極的でポジティブな自分を出すことができるようになった美穂さん。
良い変化。
素敵な変化。
誰が聞いたって。
きっとそう思う事でしょう。
……でも。
そんな方が、曖昧な質問をされた時。
自分が意地悪寄せ付け体質であることに。
思い当たるでしょうか。
美穂さんは。
やはり美穂さん。
優しくて。
優しすぎて。
どれほど意地悪をされても。
子供を叱ることのできない女性。
そんな方が。
ポジティブになったと振る舞う理由。
「…………皆さんが幸せであるために、ご無理をされていらっしゃるのですね」
朝のテラスで。
一人だけ、本当の気持ちを胸に隠して。
幸せに見えた絵画の。
タイトルは、そう。
『心の扉』
「…………ふむ。だったら、正直に言えばいいのです」
言葉ではなく。
写真で伝えればいい。
俺は、教会の裏手に乱れ咲く。
色とりどりのマツバボタンに目を細めてから。
納得のいく答えを胸に。
真っ白なテラスへ戻ったのでした。
後半へ続く!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます