ちょっぴり特別編 ルピナスのせい 後編


 俺の言葉は。

 その結末は。


 七色に輝く光の粒の。

 合間を縫って漂う妖精たちが。

 虹の向こうへ投げ捨ててしまいました。



 運命というものが。

 もしもあるのなら。


 彼らの行為が。

 まさにその運命。


 俺の言葉を止めた、聞き覚えのある声。

 それが教会へ響き渡ったのです。



「あれ? 道久君じゃない!」

「おお、少年。どうしたんだ?」


 急に名前を呼ばれたせいで。

 思わず口をつぐんで振り向けば。


 入り口に立つ二人の姿。

 逆光に黒く塗られていたってすぐ分かる。

 この人たちは……。


「美穂さん!? それにおにいさんまで。お二人こそどうしてここに?」

「おお。再来年、ここで式を挙げることになってるんだ」

「え? …………はああああ!?」


 ちょっと待って?

 と、言うことは……。


「れんさんのお友達って、このお二人だったのですか!?」

「知り合いだったの? びっくりだし! そんじゃひょっとして話は早い?」


 そして目を丸くさせた俺をよそに。

 れんさんが二人へ事情を話し始めたのですが。


 いやいや。

 なんという偶然。


 これは驚きました。


「え? それじゃ、れんちゃんが言ってたスタイリストって……」

「こいつの事だったのかよ」


 そう言いながら。

 楽しそうに俺の背中を叩くおにいさん。


 そのお隣りでは。

 随分と嬉しそうにはしゃぎ始めた美穂さんのお姿。


 これは参りました。

 お仕事、お断りしようとしていたところだったのに。


「そんなサービスいらないって思ってたけど、道久君なら話は別かも!」

「あ、ええと、その件なのですが……」

「待つんだ美穂。千草さんにも許可をもらわないといけないだろうし、それ以前にコーディネーターさんへ話を通さねえと」

弥生やよいさんの方は大丈夫じゃないかな。……弥生さん! ちょっとお願いがあるのですけど!」


 美穂さんが、教会の外へ向けて声をかけたお相手。

 こちらが目を細めて確認する間に。

 先方から、自らの正体を明かす声をあげてくださいました。


「あ……、秋山道久っ!?」

「なんと。ご無沙汰なのです、会長」

「非常識です! いつまで会長と呼びますか!」


 なんですか、この教会。

 俺の知り合いが寄ってくる寄せ餌でも撒いてあるの?


「え? 弥生さんも道久君の知り合い!?」

「おいおい、どうなってんだよ少年」

「俺に聞かないで下さいよ。こう見えて、一番混乱しているのは俺なのです」

「どうしてあなたがここに!」


 いきなりいつもの喧嘩腰。

 そんな会長に。

 俺は事情をかいつまんで説明すると。


 彼女はなるほどと納得して下さったのですが。

 こちらは納得できていません。


「で? なんで会長がここにいます?」

「我が家の別荘がありまして、よく兄妹で利用するのです」

「はあ、なるほど。ではコーディネーターとは何のことです?」

「美穂さんたちとここで知り合いまして。結婚式をあげたいとおっしゃったお二人のお手伝いをしているまでのこと」


 お手伝いって。

 式場でもない所で結婚式を挙げるお手伝いですよね?


 コーディネーターなんて呼ばれていましたけれど。

 そんな気軽にできる物でもないでしょうに。


 あまりのことに驚いて。

 呆然としていた俺なのですが。


 再び、穂咲から袖を引かれて。

 我に返ります。


「……良かったの」

「え? 何がです?」

「道久君、二人を祝福してあげることが出来るの」


 そう呟いた穂咲の笑顔。

 いつもの優しいタレ目のおかげで。


 俺は見失っていた何かを。

 ようやく思い出すことが出来ました。



 仕事は仕事。

 お金をもらわないと。

 生きてはいけません。


 でも。

 この仕事を選んだ理由は。


 お金よりも。

 夢を取ったからに他ならない。


 どうにもお仕事が取れずに。

 俺は、肝心なことを忘れていたようなのです。


「ありがとう。……そうですね。俺は、ここにいる皆さんの想いを、形にしたいと思います」


 穂咲は、そんな言葉ににっこりと頷くと。

 千草さんへ向き直り。


「あたし、みんなの気持ちを代表してお願いするの。道久君のお仕事。それがどんな幸せをみんなに運ぶか、見てあげて欲しいの」


 そして帽子を取って。

 深々と頭を下げたのです。



 ……俺よりも。

 俺の夢を正しく理解して。


 俺よりも。

 積極的に動いてくれて。



 そんな穂咲の想いに応えたい。

 心から湧きあがった感情に頭を押されて。


 気づけば俺も。

 深くお辞儀をしていました。




 ……幸せの先の夢。

 自分も知らない自分の気持ちを。

 一生色褪せぬ思い出に。




 この道を選んだ俺の気持ち。

 どうか伝わりますように。


「……頭をお上げなさい。皆様が言うのを否定する道理などございません」


 おばあさまは俺たちに優しく微笑んでくれた後。

 居並ぶ皆さんの表情をつぶさにご覧になり。


 そして最後に。

 嬉しい言葉を下さったのでした。


「私が懇意にさせていただいている皆さんと共通のお知り合いで、しかもこれほど慕われているとは。……先ほどは失礼な物言いをしてしまいましたね」

「いえ、とんでもない」

「もしよろしければ、明日、秋山さんのお仕事を見せていただけないでしょうか」

「ええ……。ええ! 喜んで!」


 急なお話ではありますが。

 お相手が美穂さんなら。

 上手くやれると思います。


 とは言え準備が必要なわけで。

 俺は慌てて皆さんに確認を取ります。


 美穂さんは、短大を一日さぼって下さることになり。

 晴花さんは今日明日共お仕事を引き受けて下さる模様。


 あとは……。


「じゃあ、学校にはあたしが言っておくの」

「助かります」

「道久君は、よその女子を幸せにするために学校をお休みしますって」

「おい」


 珍しく冗談など言って。

 くすくすと笑う穂咲。


 でも、君には。

 ひとつ言っておかねばなりませんね。


「ええと……、ありがとうございました」


 俺は心を込めて。

 お礼を言いました。


 ……君がいなければ。

 俺は自分の夢すら忘れて。

 そして後悔することになっていたでしょう。


 珍しく恥ずかしそうに。

 くねくねしながら穂咲が口にした一言も。


 俺には一番。

 嬉しい応援になりました。


「頑張るの。……楽しく」

「ええ。ヘアアレンジコンテストの時と同じように、楽しんできます」



 ――運命というものが。

 もしもあるのなら。


 今、この場で顕現しているものが。

 まさにそれなのでしょう。


 逆らうなどすることなく。

 身をゆだねるのが正しかろう。


 だってそれが。

 運命なのだから。


 

 では早速。

 明日の仕事のために。


 美穂さんとおにいさん。

 お二人とお話でもしますか。


 俺は晴花さんに声をかけて。

 二人の元へ行こうとしたのですが。


「これほど慕われている秋山さんなら、ぜひお願いしたい事があります」


 おばあさまが。

 なにやら相談を持ち掛けてきたのです。


「はあ。……ええと、俺でお役に立てるのなら」

「ええ。申し訳ないですけど、この後、お客様がいらっしゃるのです」


 おばあさまは話しながらも教会の外へ歩みを進めるので。

 その後へ従って外へ出ます。


 白い魔法のかかった村の玄関口。

 眩しく輝く砂利敷きの駐車場。


 その辺りを指し示されたので。

 なんとなく視線を向けると。


「ご用向きは、半年前にご注文いただいたオルゴールを取りにいらっしゃることなのですよ」

「おばあさまが作られていらっしゃるのですか?」

「ええ。一つ作るのにも数ヶ月かかってしまうものでして」


 へえ、それは是非とも見てみたい。

 俺の部屋にも、随分古いオルゴールがありますけど。

 きっとあれより素敵な品なのでしょう。


 ぼけっと、あれはどこへしまったかしらと。

 余計なことを考えていた俺に。


 まるで寝耳に水。

 驚くような言葉がかけられたのです。


「秋山さんには、あそこへ立っていていただきたいのです」


 ……ん?

 今、なんと???


「まだ梱包が済んでいませんので、お客様のご案内と、しばらくのお相手をお願いしたいと存じます」

「……すいません。ご案内とお相手の前、なにをしていろと仰いました?」

「ですから、駐車場でお迎えしていただきたいと……」

「いえ。そのために?」

「立っていてください」

「うそでしょ?」



 ――運命というものが。

 もしもあるのなら。


 今、この場で顕現しているものが。

 まさにそれなのでしょう。


 逆らうなどすることなく。

 身をゆだねるのが正しかろう。


 だってそれが。

 運命なのだから。

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