アケビのせい


 ~ 十一月一日(金) チャーハン ~


 アケビの花言葉 才能



「教授、味が均一じゃねえぞ」

「べちゃっとしてるぜ、教授」

「うま味も足りねえ」

「ホントなの。まるでモテない誰かさんたちみたいなの」

「「「ぐはっ!!!」」」


 俺の作ったチャーハンを。

 もふもふと食べながら。


 三人の男子を容赦なく切って捨てるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をポニーテールにして。

 薄紫の小さなアケビのお花を揺らしながら。


 胸を押さえてもんどりうつ三人を冷たく見つめています。


 そんなモテないトリオの構成メンバー。

 柿崎君と立花君とやべっち君。


 文化祭以来、なんとなく女子から距離を置かれるようになった彼らは。


 モテないキャラを逆に前面に押し出して。

 面白三人組としてそれなりの人気を取り戻したのですが。


 そんな諸刃の剣を振るう度。

 ご自身の心にも深く傷を負っているご様子なのです。


「ちきしょう! 藍川はモテるから俺たちの気持ちなんかわからねえんだ!」

「そうだそうだ!」

「ちょっと。俺を『たち』に含めないで欲しいのです。肩を組むの、やめてもらえません?」

「なんだ秋山。お前、まさかモテるとでも思ってたのか?」

「ぐはっ!」


 俺の作ったチャーハンを。

 文句を言いながら平らげた挙句に。

 なんてことを言い出しますか。


「モテるの? あたしが?」

「どや顔でこちらを見なさんな。知りませんよ」

「モテないの? 道久君が?」

「ニヤニヤ顔でこちらを見なさんな。……そちらの件はよく知っていますが」


 ええい、穂咲め。

 あとで覚えているがいい。


「まあ、そうだな」

「藍川は人気あるし、秋山は人気ねえ」

「ああ。藍川と秋山じゃ、月と鞄の中で二年放置されてるガムだ」

「とっとと掃除してください」


 まったくひどい扱いですが。

 穂咲の月はともかく。

 俺の方は言い得て妙。


 そんなうまいことを言われて。

 この人は随分とご満悦なご様子。


「まあまあいやですわよなの。みんな若いんだから。たーんと食べていくといいわよなの」

「綺麗って言われたおばちゃんですか」


 でれでれしながら。

 材料を切り始めなさんな。


 誰が炒めると思っているのです。

 もう腕がパンパンですって。


 でも、鉄鍋に油をまかれて溶き卵を落とされては仕方なし。

 悲鳴を上げる左腕に鞭をうって鍋を揺すりながら。

 投げ込まれたごはんをお玉でカンカンとつぶします。


 しかし。

 この三人を見ていて思い出しましたけど。


 確かに穂咲は。

 人気投票で三票も集めた実績の持ち主なわけで。


 ……俺以外に。

 二人も投票した人がいるわけで。


 それに対して、高校卒業を間近に控えて。

 今まで、告白されたことなど無い俺なのですけど。


 やっぱり。

 モテないチームなのですよね、きっと。


 穂咲が放り込む具材と調味料。

 それをまんべんなく混ぜながら。

 ぼーっと考えていたら。


「そろそろいいの」


 モテる穂咲が頃合いを教えてくれました。


「ほいきた」


 鉄鍋から大皿へ。

 チャーハンを移して。


 みんなが思い思いに取り皿へよそって。

 そして先ほどと同じように。

 文句を言い出すかと思っていたら……。


「あれ?」

「今度の方がうめえ」

「どれどれ。……ほんとだ」


 おや?

 なんでしょう、この高評価。


 ……ああそうか。

 理由、簡単でした。


「道久、あっという間に上達した?」

「まさか、料理の才能が?」

「絶対に完全に違うのです」


 調味料の分量。

 具材の切り方、下ごしらえ。

 鍋に投入するタイミング。


「俺は鍋を揺すってただけですので」


 そう。

 結果、料理を作っていたのは。

 藍川教授だったという訳なのです。


「そうか。と、言うことはやっぱり藍川がうまいってことか」

「さすが、モテる女は違うな」

「あらやだお上手ねなの」


 そしてコンロへ戻した鉄鍋に。

 さらに具材追加。


「もう限界なのです!」

「文句言いながら、よくそんな重たそうなもん振ってられるな」

「まさか、才能が?」

「絶対に完全に違うのです」


 さすがに鍋なんてふるえません。

 もう、お玉だけでかき混ぜよう。


 俺は、チャーハンを零さないように気を付けて。

 まんべんなく混ぜながら。

 皆さんに話しかけました。


「そう言えば、皆さん進路は?」

「人のこと気にしてる場合かよ」

「就職組、決まってないの道久だけなんだからな?」


 うぐ。

 そうでしたか。


「そうなの。とっとと落ち着くの」

「「「お前が言うな!!!」」」


 モテないトリオに突っ込まれて。

 きょとんとする穂咲さん。


 君も専門学校進学組の問題児。

 ちょっとは自覚を持ちなさい。


「大丈夫なの。再来週の試験はばっちりなの」

「ほんとに頑張って下さいよ?」

「道久君は、月曜日が勝負なの」

「はい。れんさんのご紹介ですから、期待が持てそうなのです」


 知り合いが結婚式を挙げる予定の。

 変わった式場とのことでしたけれど。


 類は友を呼ぶと言いますし。

 きっと責任者はお優しい方に違いない。


 ……まさか、類って。

 貧乏な方だったりはしませんよね?


 俺は、さすがに限界を迎えた左手にお玉を持って。

 右腕で鍋を掴んで、さらなるお代わりを追加すると。


 三人は同時に大皿へレンゲを突っ込んで。

 あっという間に自分の取り皿へと三等分。


 よく、自分の作ったものを豪快に食べてもらえると嬉しいと言いますが。


 こいつらが相手では。

 憎しみしか湧いてきません。


「うん! やはり藍川の味付けは美味い!」

「もう持ち上げないように。あと、さすがに俺のこともねぎらって欲しいのです」

「確かにな! あと藍川! さすがにもう食えねえから、玉子割ろうとしてんじゃねえよ」

「でも、ほんとうめえな。その辺のラーメン屋より断然うめえ」

「やめてください。この人、玉子割っちゃったじゃないですか」


 それは俺が貰おうと。

 やべっち君が、生玉子かけチャーハンにして。

 醤油を使うと。


 柿崎君が醤油をそのまま受け取って。

 お酢とラー油を加えた、中華の定番合わせダレを作って。

 チャーハンにかけながら食べるのです。


「味を変えなきゃ食いきれねえ。立花もやってみろよ、美味いんだぜ?」

「そんなことしなくても十分うめえっての。すげえよ藍川」

「だからおやめください。ネギを刻み始めちゃいましたよ」


 しかし、穂咲が喜ぶのも分かります。

 好きでやっているものを褒められる。

 それは嬉しいですよね。


 そして上手くなるのも道理と言えば道理。

 随分と作ってきましたし。


 ……思い出の目玉焼きの味。

 あれを思い出して以来、約二年半。


 来る日も来る日も料理を続けて。

 今の穂咲があるのです。


 そのおかげで。

 最近の料理は。


 本当に美味しくなったと。

 俺も心から思います。


「穂咲には、ほんとに才能があったという事なのです」

「まさか、道久にはそれを見抜く才能が?」

「絶対に完全に違うのです。継続は力なりという事です」


 最初の頃の料理は。

 本当にひどかったですし。


 でも頑張っているのにけなしたら悪いので。

 我慢して食べて。


 さんざんおだてて。

 なんとか続けさせてきたのです。


 そんなことを考えていたら。

 当時のゲテモノが脳裏に浮かんできました。


「思えばこいつが目玉焼き以外の品を作り始めた頃、愛情も感じられない酷い出来の品ばかりでした……」


 遠い昔を懐かしんでいたら。

 なぜか感じる冷たい視線。


「どうしました?」

「いや、お前……」

「モテないトリオの俺たちが言うのもなんだが……」

「最低な奴だな」


 え?


 そんなことを口にした皆さんが。

 恐れおののいて視線を向けようとしない先。


 ぷるぷると震えて下を向いていた穂咲が。

 急に大噴火。


「むう! 愛情いっぱいに作ってたのに!」


 ああ、なるほど。

 愛情が感じられないと言ったのが。

 お気に召さなかったのですね?


 でも。


「いやいや。君、トウガラシばっかり炒めたのを俺に食わせたこととかあったじゃないですか」

「そんなことしないの!」

「しましたって。もっと酷いのもあったのです。マスタードの海に浸ったホットドックとか」

「そういうウソをつく道久君は、廊下に立ってるの!」


 えー?

 今日は納得いきません。


 でも、目に涙をためて膨れるこいつに勝てるはずもありません。


 俺はいつものように。

 廊下へ向かったのでした。


「お前は必ず立たされるな」

「まさか、才能が?」

「絶対に完全に違うのです」



 ……そう信じさせてくださいな。


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