イブニングスターのせい


 ~ 十月三十一日(木) 肉まん ~


 イブニングスターの花言葉 忍耐



「イタズラしてあげるからお菓子ちょ!」

「お巡りさんに捕まる発言なのです」


 数日放置していたので心配になって。

 差し入れに来てあげたお相手は榊原れんさん。


 テレビで見かける芸能人さんと。

 負けず劣らずの美貌の持ち主ですが。


 お仕事中はちょっと怖いネコの頭をかぶりっぱなしですし。

 休憩中は、汗で髪の毛が顔にべっとり張り付いているのですが。


 この台無しな感じが。

 俺にとってはすごく魅力的な方なのです。



 そんなれんさんと。

 いつもの休憩所。


 冷たいお茶と共に。

 本日差し入れたのは。


 お昼に余分に作った。

 二つの肉まんなのです。


「トリックオアニクマーンなの」

「わーい! 穂咲ちゃん大好きー!」


 コンビニ袋に入れた肉まん。

 穂咲に持たせておいてよかった。


 がばっと抱き着くれんさんに対して。

 目を白黒させながら。


 頭に挿したイブニングスターごと振り向いた。

 穂咲が発したひとことは。


「……告られたの」

「多分トリックいたずらの方なのです」


 そして、浮かれて穂咲と腕を組んで。

 がふがふと肉まんをむさぼるれんさんでしたが。


 あっという間に二つとも平らげると。


「けぷ。ごちそうさまだよ」

「読み通り。二つでちょうどよかったのです」


 お腹を撫でつつ。

 ご満悦の様子。


 どうやら、普段召し上がる。

 ご飯の量が少ないから。


 この方。

 胃も小さいようで。


 いつもお腹を空かせているくせに。

 食い溜めすることができない。

 残念なれんさんなのでした。


「これから寒くなると、汗で風邪をひいたりしませんか?」


 そしてお茶をちびちび飲みつつ。

 世間話など始めると。


「いやいや、涼しい方がいいって! なんなら真冬だってぽかぽかだもん」


 そう言いながら。

 相棒たるネコの頭をぽんぽんと叩くのです。


 れんさんの相方であり。

 彼女自身であるネコ。


 そいつを膝に抱きながら。

 れんさんはお優しいことに。

 こんなことを言い出します。


「お礼に、二人になんかあげないとね~!」

「いえいえ、来週ご紹介いただける結婚式場だけで十分なのです」

「それだけって訳には……、あ! あれがあった!」


 そして、そばに立てかけてあった百貨店の手提げを持って来ると。

 中からタッパーを一つ取り出しました。


「これ! 今日の夕食にしようとしてたやつなんだけど、お腹一杯になっちゃったからあげるし!」

「なんという受け取り辛い物を。れんさんから貴重なカロリーを奪う訳には……」

「はい! 手ぇ出して!」

「ちょおっ!?」


 そいやさーなる威勢のいい掛け声と共に。

 タッパーから俺の手に落ちた物。


 この触感、見た目。

 まごうこと無き。

 かんてんゼリーなのです。


「ゼロキロカロリーっ!!!」

「昨日、お腹がすきすぎて寝れなくてさ! 朝までかけて作ったし!」

「ゼリーを? いやそんな事より、カロリーのあるモノ食べてくださいよ」

「食べたよ? それの切れっぱし!」

「こいつにカロリーはありませんって。それに切れっぱしってなんのこと……、うおっ!?」


 なんで今まで気づかなかったのやら。

 やけに長細いピンクのゼリー。

 よくよく見れば……。


「龍っ!」

「そう! 中国っぽい方の龍だし!」

「これ、すごいの!」


 穂咲も興奮気味に覗き込むこんにゃくゼリー細工。

 繊細なのに躍動感があって。

 それでいて、顔立ちは随分とひょうきんで。


 普通の龍ならちょっと怖いところ。

 この顔なら親しみが湧きます。

 さすがはれんさんなのです。


「これなら子供も大喜びですね」

「そう! それを頭から丸飲みにしようとしてたのさ!」

「違った。れんさん自体が子供だったとは」


 発想が幼稚と言いましょうか。

 そんな事のために、ここまで見事な品をこさえたの?


 しかし、こんな芸術品……。


「もったいなくて食べることができません」

「え~!? そんなこと言わずに食べてちょ!」

「ほんとにもったいないの! なんて芸術! れんさん、すきー!」


 そして今度は穂咲の方からドッキング。


「……にはは。告られちゃったし」

「いえ。それはトリートおかしに対する御礼なのです」


 トリックもトリートもいただいて。

 嬉しい限りなのですが。


「これ、ママにも見せたい!」

「そう来ると思いました。でも、持って帰るの大変ですよ?」


 俺はそう呟きながら。

 れんさんの輸送道具にちらりと目を向けたのですが。


 それを察した彼女は。

 デパートの手提げ袋を俺に手渡して。


「手提げ袋はあげるけど、タッパーはダメだし」

「ああ、ひとまず手提げ袋だけで十分……」

「タッパーが無いと、お味噌汁飲めない」

「…………今度、お椀買ってあげます」


 お椀より味噌を買ってと呟く欠食児童を放っておいて。

 口を縛ったコンビニ袋に入っていた肉まんのゴミを取り出して穂咲に持たせておいて。


 代わりに龍を丁寧に入れて。

 れんさんがくれたデパートの手提げ袋の底へ慎重にしまったのでした。


 さあ、後はこいつを。

 崩さないように気をつけないと。


 俺たちはれんさんにお礼を言いながら。

 エレベーターへ向かったのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



 れんさんと別れて。

 一階の催事エリア。


 穂咲のお買い物とやらは。

 どうやらここがお目当てだったのですね。


「お買い物、手早く済ませましょう」

「了解なの。それよりこれ、持ってほしいの」


 そう言いながら。

 穂咲が突き出してきたものは。


 コンビニ袋をからにしたため。

 代わりに出した肉まんの包みと下の紙。


「邪魔なの」

「そうは言いましても。えっと、ゴミ箱は……」

「よそんちに捨てちゃダメなの。ちゃんと持ち帰るの」

「ちょおっ! ゴミをこの手提げ袋へ入れないでください!」


 繊細な細工。

 しかも食べ物なのですから。


 ゴミと一緒にしちゃいかんでしょうに。


「あ! かぼちゃパイの試食なの!」

「ちょっと!」


 ひとまずゴミを学校の鞄へ移しながら。

 穂咲の後を追いかけて。


 ようやく追いついてみたら。


「……両手持ちはやめなさい」

「あっつあつなの」


 試食用に。

 小さく切ったかぼちゃパイ。


 それを右手と左手交互に。

 くいしんぼスタイルでかじる穂咲さん。


「あっつあつのほっくほくなの」

「良かったですね」


 幸せそうに微笑むこいつを見て。

 俺も幸せになっていたというのに。

 束の間で終了。


「でも、パイの底んとこはいらないの」

「だからここへ入れるなーっ!!!」


 あっつあつなゴミなんて入れたら。

 龍がとろけてペッタンコ。

 ムカデみたいになっちゃうのです。


「君も、この作品の芸術性に心を震わせていたではありませんか」

「おお! 忘れてたの! 気を付けるから、もうちっと袋広げて持って?」

「こうですか? ……こらーっ! パイのくずをパンパンはたかない!」


 ああもう!

 君はもう!


「このパイ、お気に召したの。ママに買って行ってあげるの」

「なんてことするのです。手提げ袋がすっかりゴミ入れに……、え? 何ですって?」

「あのね? 受験何度も失敗して、あたしよりも落ち込んでるくせに、ママは気を使って何でもしてくれるの。だからお礼にパイ買ってくの」


 ……おお。

 やはり君は。

 おばさんに優しいですね。


 もうすぐ君が家を出ることになる。

 そんな思いもあるのかないのか。


 おばさんが全力で。

 君のことを応援していることは知っていましたが。


 家を出ようとする子供を。

 全力で応援する親心。


 君も子供として。

 感謝していたのですね。


 そんな大きな親の愛に。

 応えきれるはずはありませんが。


 それでも、今、君が買っているパイで。

 ちょっとでも感謝の思いが伝わるのなら。


「……じゃあ、俺も一つください」


 俺が店員さんへかけた言葉に。

 穂咲はちょっぴり驚いた後。


 にっこりとほほ笑みながら。

 自分の分のパイを。



 ……手提げ袋へぎゅっと押し込むのでした。



「さすがにつぶれるのです!! ああもう!」


 パイの入った袋を引っ張り出して。

 穂咲へ押し付けて。


 呆れ果てながらレジへ向かいます。


「えっと、財布……」


 俺の分のお会計。

 レジ前に手提げ袋を置いて、財布を開くと。


 パイを入れた袋を手にされた店員さんが。

 にっこりと優しく微笑みながら。


 こう言いました。


「お荷物、おまとめしましょうか?」

「きさまもかーーーーーっ!!!!!」

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