ブルーサルビアのせい
~ 十月二十九日(火) 麻婆豆腐 ~
ブルーサルビアの花言葉
永遠にあなたのもの
昨日に引き続き。
今日も中華料理の練習をさせられて。
鍋を揺すり過ぎて豆腐を全部崩した俺を。
今日一日、フードプロセッサー君と呼ぶ気でいるこいつは
「お菓子をあげるのでいじめはやめて下さい」
「道久君ハラスメントオアトリートなの」
軽い色に染めたゆるふわロング髪を。
中華にちなんでふたつのお団子にして。
可愛らしいピンクのカバーなどしていますが。
そこに沢山のブルーサルビアなど挿しているので。
バカにしか見えませんし。
挙句にハロウィンのコスプレ扱いをされて。
みんなからお菓子を貰っていたりします。
しかし、そんなトリックオアトリートちゃんのために。
連日、中華料理を作り始めたことで。
クラス中から、とうとう年貢を納めたと。
散々うわさされる俺なのですが。
人の気も知らないで。
皆さん随分と勝手なものなのです。
「道久君教授。エプロンに麻婆がはねてるの」
「鍋から散々攻撃されましたからね……」
麻婆豆腐の、豆腐以外の餡の部分。
それを麻婆と呼ぶ穂咲が。
脱ぎっぱなしで椅子に掛けておいたシャツを手に取ると。
「服の抜け殻、洗ってきたげるの」
「服の抜け殻っておかしいでしょう。道久の抜け殻なのです」
俺の指摘に首をひねりながら。
家庭科室でしょうか。
どこかへ行ってしまいました。
さて、いつもより時間が余ったお昼休み。
穂咲無しでどう過ごしましょう。
首を巡らせた俺の視線が。
穂咲の後姿を目で追う二人の姿をとらえます。
……おや。
随分と珍しい取り合わせですね。
基本的に、誰が誰と話していてもおかしくない。
仲の良いクラスではありますが。
教室の隅で、額を寄せて話しているのは。
椎名さんと野口さん。
あんな感じでお話しするほど。
仲の良いお二人でしたっけ?
穂咲を見ていたことも気になりますし。
ちょっと話しかけてみましょうか。
「噂で聞いたんだけど、さくさくっち、あんたほんとに……」
「……本気よ」
「バッドバッド! あの二人は、クラス公認のカップルじゃない!」
あれ?
これはもしや。
聞いてはいけない類の話なのですか?
いつもなら気を利かせて。
離れる俺だと思うのですが。
穂咲の件をどうしたものか。
丁度悩んでいたからでしょうか。
他の方の恋バナが。
参考になるかしらと。
気づけば足を止めて。
聞き耳を立ててしまいました。
「だってしょうがないでしょう!? いろいろあって、自分の気持ちを誤魔化すことなんかできなくなったのよ!」
……おお。
野口さん、冷静さと行動力を兼ね備えた方だと思っていたのですが。
こんなにも熱くなって。
そして行動には移せないなんて。
野口さんに好かれたお相手が。
羨ましく感じてしまうのです。
「だめだめ! 絶対だめ!」
「なんでよ!」
「このあたしが我慢している以上、さくさくっちにも我慢してもらうわ!」
「え? それって……」
「あわわっ!? シャラップシャラップ!」
おや、どうしたのでしょう。
なにやらもめ始めて。
お互いの腕を掴んだりし始めています。
これ。
止めた方がいいのかな?
「ウソよね。じゃあ、いつからなのか言ってみなさいよ」
「うぐっ。…………よ、四才…………」
「なにそれウソでしょ!?」
「なにやらもめていますけど。どうしました?」
「にょわあああああ!!!」
「ひょええええええ!!!」
お二人して手を握り合って。
椅子から飛び上がるほど驚かれてしまいましたが。
そりゃそうか。
ほんとは聞いていたけれど。
聞いていないふりをしないといけませんよね。
「ききき、聞いてたの!?」
「ばばば、バッドバッド!!!」
「なにも聞いていませんよ。通りかかったら二人してケンカをし始めたようなので声をかけたのです」
俺の返事に、ほっと胸をなでおろしたお二人の姿を見つめていると。
ウソをついた胸が。
ちょっぴり痛みますが。
でも、今年と去年の文化祭でお世話になったお二人ですし。
仲良くして欲しいのです。
「私たち、ケンカなんてしてないわよ?」
「そ、そうそうそう!」
「そうなのですか、それならいいのです。お邪魔しました」
一触即発的なムードも。
霧消したようですし。
俺は席を外そうとしたのですが。
野口さんが慌てふためいて。
誤魔化そうとして。
いらないウソをつき始めました。
「ち、ちょっと意見が食い違ってただけよ! 二人でどこに旅行に行こうかなーって話してて!」
「へ? ……ああ、グッドグッド! それよそれ!」
「……へ、へー! そうなのですね! いやー、それじゃあ揉めるのも仕方ないですよね!」
うわ、なんでしょう。
俺まで茶番に付き合う羽目になってしまったのですが。
下手を打って聞き耳を立てていたこと。
ばれないようにしないといけません。
「ど、どこに行こうかな~!」
「そうね、どこがいいかな~!」
困りました。
どうやって乗ったものでしょう。
無難な言葉と言えば……。
「旅行って、卒業旅行なのですか?」
「そうそう! ……あっ! み、道久君!」
「はい?」
「一緒に旅行行かない?」
「え?」
「ばばば、バッドバッド! そ、そんならあたしも……」
ちょっと!
なに言い出しました!?
なんと返事をしたら無難にこの小芝居を締めることができるのか。
悩む俺の背後から。
まさかのゲストが登場なのです。
「道久君、二人と旅行行くの?」
「あ、穂咲」
「にょわあああああ!!!」
「ひょええええええ!!!」
そんなに驚かなくても。
しかも二人して。
どうして視線を逸らすのですか?
「旅行の行き先相談してたの?」
「ええ。昨日に続いてそんな話を……」
「ふーん。楽しんでくると良いの」
なんですその冷たいご意見。
「俺は行きませんよ?」
「行って来ると良いの。お土産買って来るの」
そう言い残して。
あっさり席へ行ってしまったのですが。
怒っているわけでもないのに。
不思議なプレッシャーを感じて。
なんだか不安になるのです。
「旅行費用もお土産代も無いので行くわけないのです。ちょっと聞いて下さいな」
「……秋山ちゃん、ノータイムで追っかけてくけど」
「くっ……」
「藍川ちゃん、さすがの貫禄っ!」
「悔しい……」
なにやらお二人が。
呻くように呟いていますけど。
それより今は穂咲です。
「行きませんって。聞いてます?」
「行ってきていいの。代わりに明後日はデパートまで付き合うの。荷物持ち」
「だから行きませんって」
「デパートに?」
「いえ、そちらは付き合いますよ……」
ほんとに穂咲はいつも通りなのに。
なんでこんなに俺は困っているのか。
意味も分からぬうちに。
荷物持ちばかりか。
いろいろと約束させられて。
結局、今日は一日。
うすら寒い心地で穂咲のご機嫌取りをし続けることになる俺なのでした。
「貫禄っ!」
「ほんと悔しい!」
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