リオンのせい


 ~ 十月二十八日(月) 餃子 ~


 リオンの花言葉 秘密の生活



 好きなのか嫌いなのか。

 改めて考え直すことを余儀なくされた相手。


 俺のお隣りに座るこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 ずっと昔からのお隣りさん。

 生まれたその日からお隣りさん。


 こいつが嫌われていた頃も。

 こいつが人気者になってからも。


 ずっとずっと。

 頭に挿したお花と共に。

 俺の左側に咲いていた人。


 ……でも。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪で作ったお団子から。

 わさっと生えたリオンのお花。

 ピンクタートルヘッドと呼ばれる。

 今にも噛みついてきそうなお花が。


 今日は。

 俺の右側に咲いているのです。


「おい教授」

「うるさいのです。六本木君は呼んでいないのです」

「そうは言ってもなあ。これはねえぜ、教授」

「うるさいのです。手元が狂うから話しかけないで下さい」


 バットに並んだ耳の行列。


 テレビでもラーメン屋でも。

 まるでコピーのように。

 同じ形に並ぶ姿しか見たことはないのですが。


「教授、結構不器用だったのね」

「渡さんも呼んでいません」

「親が子供の工作に手を出したくなる気持ち、よく分かるわ」

「うるさいのです。具の量を間違うので話しかけないで下さい」


 我ながら不揃い。

 我ながら具が飛び出ている。

 我ながらヒダの数がまちまち。

 我ながら具の量もまちまち。


 ……総評。


 我ながらまずそう。


「ねえ穂咲。これはどういった風の吹き回し?」

「全部貧乏が悪いの」

「貧乏ならなおさらだろ。せっかくの具材がこいつにかけられたおいしくなーれの魔法のせいで、どんどんまずそうになる」

「うるさいのです。……穂咲、小麦粉ってここで振るの? フライパンの中?」

「どっちだっていいの」


 それでしたら、フライパンの中に並べてからにしましょう。

 洗い物が楽になる。


 俺は、二人の親が今にも手を出したそうにオロオロとする様子を見てイラっとしながら。

 餃子をフライパンに並べたのでした。



 ――いつもの教室。

 いつものお昼休み。


 でも、いつもと違うところが一つあり。


 その違和感のせいで。

 至る所からひそひそ声が聞こえてきます。

 

「皆さんも、それやめてください。何かの罰とかそういうのではないのです」

「みんなに言い訳とかいらないの。ちゃっちゃと餃子をフライパンに入れるの」

「うい」


 そんな間違い探しに不安を感じた六本木君と渡さん。

 別に穂咲が怒っているわけではないことに気付いて安心すると。


 今度は俺の手際に不安を感じたのでしょう。

 すでに失敗料理を口にしたような苦い表情を浮かべたまま。


 フライパンに熱湯を流し込む俺の姿を見つめています。


「なにやってんだ道……、教授」

「言い直さないでいいのです。確かに何かの実験にしか見えないでしょうけど」

「お湯入れるの? 焼く前に?」

「穂咲と同じ作り方ですって」


 ふたをして、コンロのスイッチオン。

 このままぐつぐつと餃子を蒸し煮込んで。

 水気が無くなったところにごま油。


 來々軒のおじさんから穂咲が教わった。

 美味しい餃子の焼き方なのですけど。


 お二人だって。

 何度も見ているでしょうに。


「ほんとか?」

「手順、間違えてない?」

「……作者が違うだけでこの扱い」


 餃子が焼けたら。

 右下にピカソと書けば。

 途端に素晴らしい作品だとか言い出すに違いない。


 しばらく手が空いた俺は。

 お湯を沸かした片手鍋を濡れ布巾で冷まして。

 空になったバットをウェットティッシュで拭いて。


 後片付けをしながら。

 穂咲に質問してみました。


「満漢全席とやらに餃子なんか入っているのですか?」

「入るかもだけど、ここまで安もんじゃないの。道久君のレベルにあたしの舌を合わせたげるの」

「さいですか」


 そして蓋を外して。

 餃子の塩梅を確認する俺に。


 お向かいの席から非難の声。


「…………満漢全席だと?」

「やっぱり秋山が穂咲にイジワルした罰なのね?」

「違いますよ」


 俺は、穂咲が受験に合格した時に。

 パーティーをしてあげることになったいきさつを説明したのですが。


 それは良いわねと。

 納得して笑顔になった渡さんが見つめる先。


 六本木君の方は。

 面倒なこと言いやがってと。

 視線で俺を責めるのです。


「六本木君も、なにかしてげると良いのです」 

「そうよね」

「そうなの」

「くっ……。せめて金のかからねえもんにしてくれ」

「じゃあ旅行」

「じゃあ旅行なの」

「一番たけえもん引っ張り出してきやがったな!」


 あらぶる六本木君を捨て置いて。

 女子二人は、どこに旅行に行きたいか。

 そんな話に花を咲かせ始めます。


 南。

 北。

 そして海外。


 そう言えば、卒業旅行というものも。

 考えておかないと。


 フライパンからぱちぱちと音が鳴り始めて。

 水気が餃子に吸いつくされたことを教えてくれたので。


 俺は蓋を外してごま油をかけて。

 餃子の間でぶくぶくと泡を立てる小麦粉がいい色になったところで。


 お皿に移して皆さんの前にお出ししました。


 でも、話題はすっかり旅行に持っていかれていて。

 俺の餃子は話のつまみにもならなそう。


 まあ、形の悪いことを指摘されずに済むかと思いながら。

 ご飯代わりのコンビニお結びを穂咲に渡して席に着いて。


 両手を合わせていただきます。


「……旅行、楽しそうですね」

「穂咲はまた北海道がいいって言うんだけど、秋山は南がいいわよね?」

「ちょっとお待ちください。なんで四人で行くことになっているのです?」

「そうじゃなきゃ、男子部屋と女子部屋に出来ないの」

「勘弁しろよ。道久の寝相、結構ひでえんだ」


 六本木君の文句に。

 意外そうな顔をした渡さん。


 でも、確かに。

 皆さんからよく指摘されるのですよね。


「そうなの? 大人しそうなのに」

「道久君、こう見えてベットの中じゃ暴れん坊なの」

「掛け布団、はだけることありますからね」


 朝起きたら。

 布団がベッドから落ちてることありますし。


 これからの季節気をつけないと。

 そう考えながら餃子を口に放り込んで。

 あまりの熱さにほふほふさせていると。


 ……おや?


「どうしてお二人揃って赤い顔をしているのです?」


 六本木君と渡さんが。

 視線を泳がせながら俯いているのですが。


「あ。…………ち、違うの!」


 がたっと席を立った穂咲も。

 耳まで真っ赤にさせて。

 わたわたと大声をあげるのです。


「みち、道久君が寝てるとこ、何度か見たことがあってね?」

「あ、ああ、大丈夫! 分かってるから!」

「そう! 分かってるから! 勝手に秘密の生活を想像しただけだから!」

「ふにゃああああ! それいますぐ削除なの! ないないするの!」

「何が秘密の生活なのです?」


 三人して慌てていますけど。

 俺だけ蚊帳の外。


 あれ?

 なにか変なこと言いましたっけ?


 ええと、確か。

 掛け布団がめくれていることがあると言っただけですよね。

 穂咲が俺を、ベットの中の暴れん坊と言った後。


 やっぱり何もおかしなところは……、ん?




 ベットの中の暴れん坊?




「ち、ちが……っ!」


 俺も慌てて両手を振って。

 みんな揃って、分かってるから大丈夫だからとなだめ合って。


 お互いにぎくしゃくと笑い合いながら。

 話題を無理やり、ひどい形の餃子へ向けつつ。


 揃って口へ放り込んで。

 あまりの熱さに上を向いて。

 ほふほふとさせました。



 もちろん、餃子が熱いせい。

 だからみんなしてこんなに。

 顔が赤くなっているのです。

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