第8話 第三層 ゴブリン
「───はっ」
俺は目を覚ました───砂の上で。
ここは………闘技場!? な、何で!? 俺は確か、本を読んでいて……。俺は必死に記憶を掘り下げる。
まさか、寝落ちしたのか? ───その事実に辿り着いた。
「………っ」
俺は頭を振る。後悔は後だ。今は目の前に集中すべきだろう。
俺は反対側の廊下入口に鉄格子を見据える。きっと、もうすぐしたら開く筈だ。
俺は辺りを見渡す。とりあえず、早く武器を持って立ち上がらないと……。
『※武器を持っておくことを推奨します』
「───!」
そういえば、第一層も第二層も俺は武器を持って時間経過を待っていた───あのウィンドウの言葉に従って。
でも、今回は寝落ちして、武器を
俺は慌てて周りの砂に視線を落とす。無い……無い、やっぱり無い! 武器が無い!
どうする……どうする!? 武器が無い状態でどうやって戦えと!?
ギギギィ………
「───!!」
鉄格子が上がり出した。
マズイ……非常にマズイ! 今まで勝ってこれたのは、あの剣があったからだ。でも、それが無いと……。
ヒタ ヒタ ヒタ
何かの足音が聞こえる。
「グゲッ、ググゥゥ」
………え、あっ、ゴブリン? また同じ? 山賊みたいな毛皮の服を着て、右手に持っているのは石斧じゃなくてサーベルだけど、第一層で見た奴と同じ、ゴブリンだ。他に違いといえば、左目上部から頬にまで引かれた黄色い一本線の刺青だろか。
ゴブリン……ゴブリンか。いやでも、第二層の狼より弱い感じがあるとはいえ、あいつもあいつで十分強敵だ。一瞬で距離を詰めてくる瞬発力と、常人離れした力は脅威だ。
剣無しで、どうやって戦う? どうやって、生き延びる? 俺の頬に一筋の汗が流れてくる。
「ふぅっ……ふぅっ……」
「ゲギャ?」
俺が視界に入ったようで、ゴブリンは首を傾ける。
魔術……しかない! どうやっても あのゴブリン相手じゃ力比べで勝てる訳無いし、ましてや あっちは武器持ち───圧倒的不利。ならこっちは、不確かな
俺は拳にグッと力を入れ、瞼を閉じた。大丈夫だ、感覚は覚えてる。後は、本の通りイメージを思い浮かべて、発現させるだけだ。
そうやって、俺は右手を前に突き出し、ゆっくりと瞼を開けた。
「───!?」
「ゲギャアァ」
俺の目の前には、すでにゴブリンが飛び込んできていた。
マズイ!!
俺は反射的に体を後ろに逸らして体勢を崩し、ドタッと砂の上に尻もちを着いてしまう。
───けど、結果としてそれが功を成した。ゴブリンの振るうサーベルが空を斬る。
けど、ゴブリンはすぐに着地すると、下にいる俺に向かってサーベルを突き刺そうとしてきた───「勝敗が決まった」と言わんばかりの醜悪な笑顔で。
「───ぐっ、あぁ……間に合えぇ……!!」
俺はもう一度右手を突き出し、必死にイメージを掻き立てた。
サーベルが俺の胸元を突き刺す───その直前、俺の掌から火の玉が現れて、ゴブリンの体にぶつかった。
ボッと鈍い音を立てて、火の玉がぶつかった所から火がゴブリンの体を包んでいく。
「ゲギャ!? ゲギャギャギャギャァァァ!!!!」
火に包まれたゴブリンは、まるで「あちぃ!!」と言ってるかのように悲鳴を上げて、砂の上をのたうち回っている。
「ハァ……ハァ……」
俺は尻もちを着いたまま、両手も砂の上に置いて、呆然とその様子を眺めていた。
ゴブリンが最後、パタパタと自分の着ている服をはたくと、着いていた火が全て消え。
ギロッと、怒りを顕にしながら こっちを睨みつけてきた。
やばい……!
俺は咄嗟にもう一回右手を突き出し、イメージして火の玉を生み出した。
───しかし、今度はその火の玉は当たらず。
避けられた!?
ゴブリンは一瞬でその場から移動し、すでに俺の体の真横まで迫ってきていた。
ゴブリンがサーベルを振るう。
「うわっ!!」
俺の胴を袈裟斬りにする勢いで振るわれたサーベルだったが、俺はなんとか身を屈ませ、寝そべることで回避。
ゴブリンはそのままサーベルを振るった勢いで回転───今度は座ってる俺を一刀両断する勢いでサーベルを振り下ろしてきた。
それも、俺は砂の上を転がることで回避。
───あ、危ない……! もうちょっと反応が遅かったら斬られてた。俺は急いで立ち上がって その場から駆け出す。
「ゲギャァ……!!」
しかし、駆け出したところで、すでにゴブリンは真後ろまで距離を詰めていた。
「───っ!」
俺はゴブリンの鳴き声が聞こえたことで反射的に振り向き、ゴブリンがすでにサーベルを振り下ろしかけていたのを見て、つい咄嗟に体の前で腕をバッテンに組んでしまった。
幸い、深くは斬られなかったことで腕は斬り落とされなかったが、素早い動きでサーベルを振るわれたため、複数箇所に切り傷が。痛みが乱立する。
「───ぐっ、うっ……ぃってぇなぁ!!」
斬られて痛みが走ったことで、一瞬だけ俺の脳が怒りに支配され。気が付けば、俺はゴブリンを蹴り飛ばしていた。
ゴブリンの顔面に蹴りが入ると共にバキッと鈍い音がして、ゴブリンがゴロゴロと砂の上をそれなりの距離 転がる。
「………え?」
すぐに我に返ったが……あれ? 今、物凄く力が入らなかったか? あんな力、今まで出せたことないぞ?
火事場の馬鹿力? よくわからないけど……と、とりあえず、距離を稼げた。
ゴブリンがプルプルと震える腕で上体を起こし、口から血を吐きながら こっちを見てくる。明らかに苛ついていた。
また火の玉で攻撃………は、また避けられて終わりだろうし……なんとか、火の玉が当たるようにしないと。
「ゲギャァ!」
ゴブリンが突進してくる。
とりあえず、もう一度突き飛ばそう。
俺は魔力玉を出現させ───イメージによって風の力へと変えた。
「ギッ」
普通よりも強い風がゴブリンに当たり、一瞬ゴブリンの動きが止まる───けど、弾けなかった……!
ゴブリンは再び突進を再開する。
マズイマズイ! どうするどうする!?
「ギャァァァ!!!!」
「ぐっ……来るんじゃねぇぇ!!」
大口を開けて涎を垂らしっぱなしのその顔で迫るゴブリン。
あまりの嫌悪感に、俺は思わずまた蹴りを放っていた。
再びゴブリンの顔にクリーンヒット。ゴロゴロとゴブリンは転がっていく。
───今だ!!
俺は両手を前に突き出し、
ゴブリンが転がりきった辺りの砂が動き出し、ゴブリンを囲う小さな砂ドームができあがる。
「よし!」
ゴブリンを閉じ込めた。だが───
ザクッ
中から体勢を直したであろうゴブリンが、サーベルを砂ドームに突き刺したのがわかった。砂ドームから刃が露出している。崩されるのは時間の問題。
だが、それでいい。
俺は右手を引き、火属性魔術を発動させる。───しかし、今度はすぐに放つ訳ではない。
掌に留めたまま、どんどんと火の玉を大きくしていく。
初手で放った火の玉は致命傷になりえなかった。
なら、もっと大きな力をぶつけてやるだけだ。
火属性魔術は溜めれば溜めるほど威力を増していくって本に書かれていた。
まだ、光属性魔術と闇属性魔術は試していないから発動できるとは思えない。水、風、土じゃあ、俺の練度が足りてないからか致命傷を与えられない。───なら、火属性魔術を溜めれるだけ溜めて放つしかないだろ!!
まだだ……もっと、もっとだ!
俺の掌の火の玉はどんどんと大きくなる。
その間にもゴブリンは砂ドームに刃を突き刺しており、すでに砂ドームは崩れる寸前だった。
火の玉の大きさが俺と同じぐらいまでになった。
砂ドームが崩れる。
「───っ」
間に合えと念じながら、俺は火の玉を放った。
「ゲギャギャギャ!?」
いきなり視界に迫ってきた火の玉に、ゴブリンを驚きの声を上げる。
急なことで反応できなかったんだろう───ゴブリンは、そのまま火の玉の直撃を受けた。
「ギャアァァァアアァァァァ!!!!」
ゴブリンの悲鳴が聞こえる。
爆発は一瞬で終わらず、どんどんと規模を大きくしていく。
す……凄い。自分でやったことだが、ここまでの威力が出るとは……!
で、でも、これなら流石に、あいつも───
そう───そうやって安心したのが良くなかった。
「───!!」
ブワッ───と、火炎により発生した黒煙を掻き分けて出てきたのは───
嘘だろっ!?
勢いよく突進してきたゴブリンは、そのまま俺の左肩を掴んで押し倒し───ながら、俺の右肩にサーベルを突き刺してきた。
「っっっ!!!!」
ドサッとそのまま倒され、ゴブリンが馬乗りの体勢で俺の体の上に乗る。
いっっったいっ……!! くそっ……!
「ゲギャギャギャギャギャ!!!!」
馬乗りになって有利となったゴブリン。しかし、その顔にはさっきみたいな下卑た笑みは浮かんでいなかった。
生物として、殺されかけたことによる純粋な怒りが、その顔には浮かんでいた。
「っっっ」
ヤバイ……! このままじゃ……殺される!! 死ぬっ死んじまう!!
瞳に自然と涙が溜まって───
『じゃあ死ねよ』
「───っっっ!!!!」
………ふぅざけんな、誰が……誰がっ、
またしてもゴブリンが、俺を苛め・歪めた張本人───異川敦の顔・記憶と重なった。
俺の心を支配したのも また怒り。言い知れぬ、純粋な怒り。
俺の体が咄嗟に取った行動は───今までの戦いで、試しに待機時間中に発動させた回数も含め、一番多く発現させた火属性魔術の行使だった。
けれど、今までのような明確なイメージの元、放った訳ではない。
ただ無我夢中で、ただ一心不乱に───目の前のあいつを吹き飛ばすことだけを考えた発動だった。
それが幸を成した───と言っていいのか。
俺は右掌を振るって火属性魔術を発動。
しかし、そこから出現したのは小さな火の玉。BB弾程の大きさしかない、小さな小さな火の玉。
それがゆっくりと、ゴブリンの
ボゴォォォン!!!!
瞬間、ゴブリンの頭部が爆発。
ビチャビチャと肉片が飛び、俺の顔や服にかかってくる。
今まで、火属性魔術で爆発なんて起こせなかった。まだ練度が足りないと思っていた。
では、なぜ今それを起こせたのか?
わからない、わからないが───
頭部を失ったゴブリンの体が俺の横に倒れる。
俺は上半身だけ起こしていたが、それを見た瞬間 力が抜けて。ドサッと、俺も砂の上に倒れてしまった。
嫌悪感や罪悪感は、襲ってこなかった。
「ハァ……ハァ……」
体が熱い。汗が垂れてくる。それでも俺は何もする気が起きず、闘技場の空を見上げていた。雲が少ししかない青空を、俺はただボーッと眺め───
「───っ!」
突然、変な感覚が体を襲う。まるで脳だけが浮遊したような、妙な感覚。気持ち悪い。
何で……何でだ? 何でこんなに気持ち悪くなる!?
今回は吐くほどでもなかったが、それでもかなり気持ち悪くなった体に、俺は右手を頭に持ってきて力を込めることで我慢することにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます