第4話 試練の塔入場前にて
時は少し遡る。
俺が目を覚まし、洗面所で顔を洗おうとしたタイミングで───家の廊下に見ず知らずの男が立っていた。
その男は白いシルクハットを被り、白の杖を持って、スーツは黒がベースであったが、襟や袖捲り等の部分は白色と、奇妙な格好をしていた。目の部分には怪盗等がよく付けていそうなヴェネチアン。
俺はその男を目にした途端固まった。いや、固まるでしょ? 家にいきなり奇怪な格好をした人物がいるんだよ? そりゃ固まるし驚くよ。
「だ、誰だ……?」
とりあえず、俺は警戒しながら その男に話し掛けた。
男は「ふふ」と笑い、深く帽子を被り直すと、
「よくぞ訊いてくれた少年! 我は嬉しいぞ!」
と、超ハイテンションで返された。てか、少年て……俺、もう二十代なんだけど。
「ははは! 我からしたら十分『少年』である!」
いや、そしたら お前何歳だよ───て、そうじゃないそうじゃない………あれ?
「初対面の相手に年齢を訊くのは中々マナー違反ではないか? そういうのは自己紹介を終えてから───と、そうだったそうだった。まだ口上を垂れていなかったな。我としたことが失念していたわ!」
男は「ははは!」とまたテンション高く笑う。いや待て、そうじゃない。確かにお前の素性も気になるが、一番訊きたいのはそれじゃない!
「我の名はクリア・F・フェイシエル! 神から主への言伝を預かり、この場へと推参した! 神からの言伝だぞぉ! さぁ感謝しながらとく拝むが良い!!」
と、フェイシエルと名乗った男は、懐から一枚の紙を畳んだ物を取り出す。
こいつが言ったことについても色々と突っ込みたいところがある───が、その前に! こいつ、何で喋っても無いのに俺が考えたことがわかったんだ!?
「ん? 我は神の使いだぞ? それぐらい造作もないに決まっておろう」
「───っ」
男は「何を当たり前のことを」と言うように首を傾げているが、そんなことができるなんて普通思わないじゃないか! 何かの手品? それとも精神掌握の一種? というか、「神より言伝を預かった」とか「神の使い」とか言っているけど、そんな話を信じるとか本当に思っているのだろうか? 一体何がしたいんだこいつは?
「ぬっ? 信じてないな。この罰当たりめ……今に天罰が下るぞ」
「………不法侵入者がよく言うよ。俺に天罰が下る前に、そっちが懲役刑に処される方が先だろ」
「我は神同様、貴様らにとっては存在しない者と同義。存在しない者に貴様ら人間は罪を問うことができない。よって、これは不法侵入ではない!」
「いやふざけんな、どんな道理だそれ」
俺は「はぁ」とため息をついて───ため息? いや、何油断しているんだ俺は。こいつが何者なのかわからないのは変わっていないんだぞ? それなのに、何で気を抜いてしまっているんだ!!
こいつの漂わす雰囲気……どこか他の人と違う。
得体が知れない。
わからないものへの恐怖が、俺の中で渦巻いてくる。
「おや? まさか警戒し直されるとは。少年、中々見所があるではないか!」
「てことはお前、何かしたんだな。何をした……何か撒いたのか?」
「いや。君が思うように、何かしらの成分でこの場を満たしたり等はしていないさ。ただ、ちょっと君の脳に直接干渉しただけさ」
「は? 脳? ………催眠術の一種か? それとも暗示的な何か……?」
「ははは! 考えたところでわかるまいよ! これは
「君、達?」
意味がわからない。結局、こいつは何をして、何を言いたいんだ?
「おっと、そうそう。会話が楽しくて、本題を伝えるのをすっかり忘れておったわ! 失敬失敬」
「……っ」
「ここに、神からの言伝がある。これを読み上げ、君に同意の確認をするのが我の任務だ。では、耳の穴をかっぽじって よぉく聴きたまえよ」
そうしてフェイシエルが紙に書いてある事項を読み始めた。
手紙の内容を要約すると、こんな感じだった。
・俺は神達によって選ばれた
・そう遠くない未来、この世界は滅ぼされる
・俺にはこれから百の試練が用意される。それを乗り越えて、世界を救う英雄になれ
・乗り越えた暁には、過去をやり直す権利が与えられる
・そうして過去へと戻り、やり直すのも可、はたまた同じ過去を繰り返すのも可
・これはあくまで善意ではなく、交換条件である
「交換条件?」
「そうだ」
「何だよ、何しろって言うんだよ……」
この男を警戒していた筈なのに、俺はいつの間にか話を聴き入ってしまっていた。
でも、これは仕方ないことだと思う。それほどまでに、こいつの言う「過去へと戻れる」という言葉は甘美だった。
「特異点、という言葉を聞いたことはあるか?」
急に、フェイシエルが真面目なトーンで話し始める。
「は? 特異点?」
「そうだ。本来 生まれることが無かった存在。あらゆる偶然が重なって生まれる
「その存在が……何だって言うんだよ?」
「彼の者
「おい、何さらっとやばいこと言ってるんだよ。十分アウトだろ、それ」
「結局のところ、特異点を生んだのも人間自身だ。別に、我ら天が何かしらのアクションを起こした訳でもあるまいし、我々に非は無かろう。何だ? 自分は大人だと言うくせに、君はまだ自分のケツを産みの親に拭いてもらうのかい?」
「………」
つまりは、人間を生み出したのは神だけど、その後の様子は知ったこっちゃない、ということか。
「そういうことだ。中々物わかりがいいな、少年!!」
………心を読むの、やめてくれないかなぁ。
「けど、今回ばかりはそうも言えなくなったのだよ、少年。この時代において、特異点と呼ばれる者が、百人 生まれい出てしまった。それにより、
「………は? 世界?」
カルトか何かの話か?
「ここより他の世界は、文明こそ劣っていれど、侵略という面だけを見れば、一枚も二枚も上手だ。流石に別世界も絡んでくる事象となれば、我々も動かざるを得ん。あまりにもフェアではないからな 」
フェアって……。
「故に、チャンスなんだよ少年。『試練の塔』を百層 攻略し、過去へと戻って特異点を殺す。それが交換条件だ」
「………」
「なぁに、安心したまえ。特異点として生まれた者は、必ず周囲から逸脱している。それが良い形であれ、悪い形であれ、な。必ず周囲に影響を及ぼす者だ。目立って当然というもの。だから、誰かと迷う必要は無い!」
「………」
「さぁ少年、これを引き受けてくれるかな? もし引き受けてくれるのなら、君の忌々しい過去を変える権利をこちらも与えよう! さぁ!!」
フェイシエルが右手を伸ばしてくる。
この手を取れば「了承」ということになるのだろうか?
俺の、答えは───
「───馬鹿らしい」
「む?」
「何が『特異点』だ、何が『他の世界』だ。そんなアニメみたいな話、あってたまるか。からかうのも大概にしろ、この変質者がっ」
普通に考えて、そんな話ある訳無いだろ。どうやったら そんな考え信じられるんだよ。
こいつもどうせ、信仰している教えを他にも広めようと暴走している信者、とかそんな感じだろう。
「むむっ、そうなるのか……。いいのか? 折角のチャンスを不意にしてしまって」
「何がチャンスだ。そんな簡単に手に入るなら、とっくに手に入っている筈だろうがっ。俺がどれだけ それを願ったと思ってる? いくら何でも遅すぎるんだよ、来るのが」
「しかしなぁ……」
「もう黙れよ。できもしない戯言並べてんじゃねぇよ、頭お花畑野郎。そうやって、いきなり人の家に侵入しては教えを説いているのか? ふざけんじゃねえよっ。こっちはもう、人生いろいろあって参ってんだよ。これ以上、さらにややこしくされてたまるかってんだっ」
全く引こうとしないフェイシエルの態度に苛つき、つい口が悪くなってしまう。けど、今回は悪くないだろう。何せ、こいつは俺の家に不法侵入している訳だからな。「犯罪を犯してまで そんな教えを広めようとするとか何考えてんだ!?」と言ってやりたいぐらいだ。………読まれてるか。
しかし、今回フェイシエルにはそんな考え等伝わっていないのか、何やら顎に右手の指を当てて熟考している。いや、もう帰れよ。
「……では少年、こうしよう」
「あぁ?」
熟考した末、フェイシエルが口を開く。
「もし、
まだ言うのか、こいつは。
「はんっ、しつこいなあんたも。それならこう言ってやるよっ───『できるもんならやってみろ』ってさぁ!」
「………言質取ったぞ、少年」
フェイシエルと名乗った男は、終始俺に怒鳴られ続けたままだったが、最後の俺の言葉を聴いて、口元を歪ませた。というより、このやり取り自体、フェイシエルの思惑通りだったんじゃないのか───今ではそう思う。
そうして、突如として襲ってきた光に、俺を目を瞑ったんだ。
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