第六十九話 さっさと刑務所に入ってほしい……ですわっ!
「誰……?」
威勢良く入ってきた金髪ツインテの少女が石像のように固まる。俺達も彼女に目が釘付けになった。
誰かどうかはさておき、まず思ったのは少女があまりにも可愛らしく、一度見たら目が離せなくなるような魅力を持ち合わせていた事だ。
しかし相手は小学生(だと思う)。俺はロリコンじゃないのでその筋の感情や欲求は抱かないけど普通に可愛いと思った。テレビ等に映っても遜色ないのでは……?
見た目で判断しないと豪語した癖にこの有り様で申し訳ないが、この子は特例にして十分納得できる程に可憐なのだ。
……なんて言い訳をあれこれ考えている俺の隣で志賀郷が席を立った。
「大変失礼しました。私は
最後に丁寧なお辞儀を一回。例え相手が幼い子どもであっても変わらぬ礼儀をするのは流石はお嬢様といった具合だろうか。
「志賀郷……ってもしかしてあの志賀郷!?」
少女はまるで有名人に出会ったかのような反応をしたが、五大名家の娘様のお出ましとなれば十分なリアクションなのかもしれない。
「ええ。恐らくご想像通りの人間でございます」
「わぁすごい! 一度会ってみたかったんだよね!」
感嘆の声を上げた少女は大きくて丸い瞳をきらきらと輝かせながら志賀郷のもとへ駆けていく。さながら親を見つけた迷子のようだ。実に微笑ましい。
「ところで貴方は……。お名前を教えていただけますか?」
「あ、ごめんなさい! あたしは――あ、その前に」
何故か少女は言い淀んで一歩引き下がった。そしてこれまた何故か知らないが、てくてくと俺の目の前に移動してきた。
「ねえ君。あたしって何歳に見える?」
なんの脈絡も無く、唐突な質問だった。しかし少女は真剣な表情でこちらを見据えている。子供とはいえ真面目な答えを求めているのだろう。先程の志賀郷の挨拶に倣って、俺も茶化さずに回答せねば。
しかしこういった場合は見た目相応の年齢を言えば良いのだろうか。でも女性は若く見られたいと聞くよな……。いや子どもは逆に大人に見られたいのか? よく分からん。
それにしても……可愛いな。きっと堂庭家の親戚の子とかなのだろうけど、人形のように美しく綺麗だ。数年後にはさぞかし立派なお嬢様に――っていかんいかん。つい妄想してしまった。
「狭山くん……」
隣から冷たい声が耳に刺さった。振り向くと呆れたような表情の志賀郷が俺をじっと見ていた。やべぇドン引きされてる……。「ニヤニヤすんなよこのロリコンが!」なんて心の声がテレパシーのように伝わってくるぞ。あ、ちなみに俺はロリコンじゃないです。
「あ、あぁ、えっと……じゅ、十歳くらい、かな?」
慌てて答える。小学校低学年にも見える背丈だけど、キリの良い数字にしておいた。これで文句は言われないだろう。
「へぇ〜。ふーん。そっかぁ〜」
どうやら地雷は踏まずに済んだらしい。溢れる喜びを抑えるように口元を両手で覆う少女はとても嬉しそうだ。
「えっとー。じゃあ改めて自己紹介するね」
三歩ほど後ろに下がった少女は笑顔で続ける。
「あたしは
「「じゅ、じゅうなな!?」」
志賀郷と声が重なった。嘘だろ、完全に小学生じゃないか……。
「冗談がお得意なのですわね……」
「本当だってば! 身分証を見せてあげてもいいわよ?」
「いえ、そこまで言うなら貴方を信じます……。狭山くん、五大名家って面白いでしょう?」
「ああ、最高に面白いな」
どうやら一般人が考えるステレオタイプなお嬢様は存在せず、規格外のクセが強すぎるヤツしか居ないようである。清楚な美少女が現れると思った俺が馬鹿だったよ……。
「君は狭山君って言うの?」
「うん、
「オッケー。で、どう? あたしのロリ具合は。男子からすると興奮する感じに見えるでしょ?」
「……はい?」
いきなり何を
「もちろん本物の幼女の肌ツヤとかムチムチには劣るけどさ。見てよこの太ももとか! この細さはロリだよね!」
「えっと……はい、そうですね……」
くねくねとポーズをとる美少女、もとい美幼女の堂庭は俺の葛藤なんて露知らず。ミニスカートの裾をつまんでギリギリのラインまでたくし上げている。こちとら視線のやり場に困るし、隣からもの凄い圧力を感じて潰れてしまいそうなんだぞ。もはや拷問と呼んでも過言では無い。
「ふふ、分かってくれるじゃーん! この後さ、あたしの部屋来てロリ談義しない? ゲームもいっぱいあるよ!」
「い、いや遠慮しておくよ」
もし首を縦に振ったら俺の人生は底辺に逆戻りするだろう。ロリコンの烙印を押され、志賀郷から見放されてしまうのだ。
「あ、あの……。狭山くんも困ってますし、そろそろ止めた方が……」
「志賀郷……!」
助かった。危うく変態一家の渦に飲み込まれる所だったよ。さっきの「失せろロリコン」オーラは凄まじかったけれど、やはり志賀郷は女神のように優しい。
「え……。あぁごめんね。あたしロリの話になると暴走しちゃう癖があるから……。
「か、かれ!?」
ところが地獄のような空気は俺だけではなく志賀郷にも襲いかかった。
「ん? 狭山君って咲月ちゃんの彼氏じゃないの?」
「違います! あ、でも嫌いじゃないですし、彼……にしたくない訳でもありませんからね」
「それって……狭山君が好きだけど付き合えていないって事?」
「ああ、違いま……くない、いやちがっ、ああっ!」
「落ち着け。大丈夫だから」
真顔で聞いてきた辺り、堂庭もわざと困らせたのではないだろう。小さい子は悪気無く核心を突いてくる事もあるから仕方無い。……いや、同い年なんだよな。
「ごめんねー。普通に恋人にしか見えなかったからさ」
「恋人……に見えたのか?」
「うん、逆に恋人以外なら何なのって感じ」
「俺はこんなに貧相な格好してるのに?」
我ながら虚しい質問だが、当然のように話す堂庭を見て驚いた。せいぜい志賀郷の世話役に見られるのが良い所だろうと思っていたからだ。志賀郷のお見合いに付き添った時も、相手の男にボーイなんて言われたしな。
「まあ確かに……咲月ちゃんが可愛過ぎるから見劣りするかもだけど、全然似合うと思うけどね。あたし的には」
淡々と喋っていた堂庭だが、途端に顔を俯けて恥ずかしそうに続ける。
「あたしさ、貴方達と似たような境遇かもしれないんだよね。だからちょっぴり羨ましいなって思ったの」
「堂庭さんにも気になる方がいるのですか?」
「瑛美って呼んで良いよ。変にかしこまられるのは嫌だし。それでね、好き……だと思ってる人がいるの。近所に住んでる幼馴染なんだけど普通の家の子なんだ」
「……やっぱり家の事情でお付き合いできないのでしょうか」
「ううん、
少し弱気で悔しそうに話す彼女は見た目こそ小学生だが、心は俺達と同じ青春を走る高校生そのものであった。気持ちは凄く分かる。俺も志賀郷に一言伝えれば良いのに、それができないまま今日までに至っている。
「やはり考える事は似ていますわね。ですが私は瑛美さんが羨ましいと思いますわ。品の無い男と勝手にお見合いさせられて結婚を迫られる、なんて悲劇は無さそうですから」
「あー、咲月ちゃんの家って血筋とかを大切にする所なんだね。でもさ、ぶっちゃけそういうのウザいと思わない?」
「思いますわっ! 何故私の親は内面的に優れた人では無く、見た目しか興味の無いセクハラ最低クズ男を勧めるのか、疑問しか沸きませんわ」
「……咲月ちゃんの結婚候補ってそんな酷い人なの?」
「ええ! 性犯罪の容疑でさっさと刑務所に入ってほしいですわ!」
志賀郷のヒートアップぶりに堂庭も若干引き気味だが、これも致し方無いだろう。志賀郷のお見合い相手、鈴木ジョージ君は好感度メーターが振り切れる程に嫌われているのだ。
もし彼が紳士な振る舞いをしていたら俺に勝ち目は無くなるのでありがたい限りだが、執拗に付き纏われる志賀郷が気の毒である。少しでも早く志賀郷と恋人、そして結婚――はまだ想像できないけれど、鈴木君が諦める状況にして志賀郷を安心させたい。しかし、新たな結婚候補が俺となれば志賀郷の両親は猛反対するだろう。そもそも恋人になれるかも分からないし道のりは長く険しい。
「咲月ちゃんも苦労してるんだね……。でもさ、何か困った事があったらいつでも相談してよ! あたしで良ければ話聞くから」
「ありがとうございます。こちらこそ、瑛美さんのお力になれる事があればお手伝いしたいですわ」
「うん! 家の繋がりも深いみたいだし、あたし達も仲良くしようね!」
とんでもない変態小学生が現れたと思ったが、人当たりは良い子のようだ。志賀郷も警戒心が解けたらしく穏やかに笑っているし俺も一安心だ。
向かい合って談笑する二人を横目に、俺は椅子に腰掛けてティーカップを手に取る。
中身のハーブティーはすっかり冷めていたが、春を思わせる上品で爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。
==========
いつもお読みくださりありがとうございます。
皆様の応援が大変励みになっております。
さて、当話に登場した堂庭瑛美ちゃんですが、この子は前作のラブコメ『ロリっ娘女子高生の性癖は直せるのか』のヒロインだったりします。変態だけど憎めない瑛美ちゃんが気になった方は是非覗いてみてください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます