第六十六話 私は車から降りませんわっ!
「――という感じで、オタク文化は日本人として誇るべきであり、変態は褒め言葉なのです」
東京から鎌倉までトラック輸送されてる道中、俺と志賀郷は荷室内でメアリーさんの『変態は正義論』をひたすら聞かされていた。
「それと、堂庭家が変態揃いなのは外面にとらわれず自由な趣味を持てているからに尽きます。咲月お嬢様の所や他の方には無い家風だと思いますけど」
「ええ。家の大人達は汚い野望だけに縛られてますわ」
「正しくそうでしょう。しかし、金と権力を振りかざし続ければいつか破綻します。五大名家の名に
「同感します。私の親にも爪の垢を煎じて飲ませてやりたいお言葉ですわ」
何やら話が盛り上がってるようだが、庶民からしてみると雲の上の話というか非現実的に聞こえてくる。金持ちになるには相応の理由があって、欲の強さは人一倍強いのだろうと思ってたけど、実際もそのようである。恐ろしい……。
「堂庭家は先祖代々『人情』を重んじて参りました。人のために身を削ればいつか自分に返ってくる。それを信じた結果、関東でも指折りの名家に成長したのです」
「素晴らしいですわね……」
「今のご主人様も謙虚でお優しい方です。世間的に受け入れ難い性癖をお持ちでありますが、ご先祖さまもやべーやつだったらしいので、まあ血筋というヤツですね。ご主人の娘様にもその血はしっかり受け継がれてますからこの先も安泰です」
いやその伝統は継がなくても良くないか? と思うのは俺だけだろうか。せっかく良い話をしてたのに後半で台無しにしてない?
「ですので、私はメイドとして――――おや、何やら怪しい車が近づいてきましたね」
朗らかなメアリーさんの声音が一変。緊張感のある低いトーンで呟いた。
「え……大丈夫なんですか?」
「ご心配には及びません。二台の車を挟んだ後ろに黒色のレクサスがいるのですが……。あれは恐らく志賀郷家の車でしょう。私達を追ってきたようです」
「……私を助けようとしてるのでしょうか」
「それは勿論。大切な娘様が
メアリーさんの唸る声がスピーカー越しに聞こえてくる。ただ、すぐに何かを思いついたようで「あっ!」と分かりやすい反応が届いた。
「狭山様。携帯電話の電源が入ってませんか?」
「入ってますけど……」
「申し訳ないですが今すぐ電源を切っていただけますか。それが原因だと思いますので」
不思議に思ったものの、言われた通りスマホの電源をオフにする。まさか俺の(携帯の)せいで勘づかれたのか……? というか、位置情報とか他人にバラしたつもりはないけど……。
「ちなみにですが、狭山様はそちらの携帯で志賀郷家の関係者と連絡を取ったことはございますか?」
「……ナタリーさんから電話が掛かってきた事ならありますが」
「なるほど。という事はその時点で狭山様の情報は全て筒抜けだったのでしょう。今までの会話も盗聴されていたに違いありません。ナタリーのハッキング能力を甘く見てはいけませんよ」
「マジでやってたのかあの人……」
余計な情報盗んでませんよねと聞いて答えを渋らせていたが、本当に盗んでいたとは……。五大名家は法律を守らなくても良いのだろうか。
「メアリーさん! 追われているのでしたら、このままお屋敷に向かうのは難しいのではありませんの?」
ここで志賀郷が今一番の問題について投げかけた。そう、俺達は拉致されているように見られているが、実際はメアリーさんと共闘しているのだ。逃げ切る前に解放されるのは負けと同然なのである。
「ご安心ください。こう見えて私、ハンドル捌きは得意な方ですので。相手がフェラーリでもパトカーであっても逃げるのは可能です」
「……頼もしいですわね」
「咲月お嬢様。聞くまでも無いとは存じますが、最終確認としてお尋ねします。このまま逃走を続けてもよろしいですか? お望みであればすぐに停車して、追っている家の方と合流もできますけど」
普通の人質なら今すぐ解放してくれ、と助けを乞うのがセオリーだろう。しかし志賀郷は――
「もちろん、私は車から降りませんわっ! 私の邪魔をする家の者に従いたくはありませんもの」
はっきりと力強い声で、自ら攫われる方を選んだ。
これで利害は完全に一致した。志賀郷も以前の生活を取り戻したいと言うのなら、俺は全力で支えるまでだ。……好きな子のためだから当たり前だろう。
「良い返事です。では私も本気を出すとしましょうか。お二人ともしっかり掴まっててくださいね」
言われて、志賀郷と無言で頷き合う。彼女の目はいつになく真剣で戦う覚悟ができているように思えた。
◆
小さなガラス窓すら無いトラックの荷室からではどれくらいのスピードで走っているのか分からないが、悲鳴を上げるエンジン音や一段と揺れ出す車内から考えると、身の危険を感じるレベルにいるのは間違いなさそうだった。
メアリーさんによると、トラックは既に鎌倉市内に入ったらしい。俗に言う地元走りをしているようだが、車内には豪華
「突然ですが、暇を持ち余しているであろうお二人に歴史のクイズを出します」
「俺達は大丈夫ですから運転に集中してください」
「集中してますよ。私は凄いメイドですので――では問題です。その昔、鎌倉に幕府が置かれた理由の一つとして、周囲を山に囲まれた地形が上げられますが、敵に攻められない為に山々にある工夫を
暴走運転している割には落ち着き過ぎている声のメアリーさんから出された突然のクイズ。確か歴史の授業で習った気がするけど何だっけ……?
「志賀郷は分かるか?」
「何故私に聞くのですか。分かる訳ないでしょう」
いや威張れる事じゃないぞ。志賀郷は勉強が苦手だから知らないだろうと思ってたけどさ。
「えっと……。馬が通れないように入口を狭くしたのは覚えてるんですけど、名前は思い出せないです」
志賀郷は戦力にならないのでギブアップである。ただ、メアリーさんは「おぉ!」と感嘆の声を上げた。
「素晴らしい、ほぼ正解ですね。ちなみに名称は『
「俺達には全く見えないですけどね」
「ふふ、そうでしょう。しかしこの状況はアレですね。目隠しされたままバスガイドツアーを受けるプレイとそっくりです。昔見つけた同人誌にそんな題材がありましてね」
「無理矢理そっち方面の話題に繋げないでくださいよ」
隙あらば変態トークに差し替えられるぞ。スピーカーからは呑気な笑い声が聞こえてくるけど、悠長にしてる暇は絶対に無いって……。
「これは失敬。狭山様だけなら自制しませんが、咲月お嬢様もいらっしゃいますからね。気を付けます」
「……もう俺はツッコミませんからね」
「あらあら、楽しい漫才も終わりですか。それなら……後ろを走る彼らに一つ仕掛けてみましょう」
低い声でメアリーさんが呟く。ようやく真剣さを取り戻したようだ。
「次のヘアピンで勝負を決める……。曲がる! 曲がってくれ俺のハチロク――じゃなくて、いすゞのトラック!」
「俺はツッコミませんからね!」
猛スピードで走るトラックもメアリーさんのボケも止まる気配を見せない。
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