第六十五話 変態……ですわっ!
「拉致……!?」
既に混乱している俺に拍車をかけるような一言。拉致ってあの連れ去りの意味がある言葉だよな……?
「いやぁ、一度言ってみたかったんですよね〜。我ながら
「待ってください。どうして志賀郷を? 何の目的で?」
「落ち着いてくださいまし。拉致と言っても監禁はしませんので。堂庭家の住処へ強制的にご招待するだけです」
無邪気な笑顔でそこそこ怖い発言をするメアリーさんだが、信用できる人物かどうかはまだ分からない。確か、志賀郷の話によれば堂庭家との関係は友好的だったはずだけど……。
「志賀郷に危害を加える事はしないと?」
「もちろんです。SMプレイじゃあるまいし、我々が享受するメリットはありませんから。あくまでお客様としてご案内させていただくだけです」
「そ、そうですか……」
先程からだが、所々耳につく単語が混ざっているのは気のせいだろうか。そういえば堂庭家の二つ名って……。
「それに、悪意のある拉致であれば第三者の狭山様へわざわざ報告したりしません。今回の作戦は狭山様にもメリットがあるかもしれませんので、声を掛けさせていただいた次第です」
「俺に……ですか?」
「ええ。実は数日前から始めた咲月お嬢様の警護は我々堂庭家が仕事として行っていたのです。しかし、今朝になって突然「警護は不要。業務契約は打ち切る」と言われました。これに際し、狭山様の意向次第では――」
それからメアリーさんは淡々と事の顛末について話してくれた。
要約すると、突然の警護打ち切りは契約違反になるので、謝罪と賠償をさせる為に志賀郷を人質にする。そして、この不自然な打ち切りは志賀郷の引越し・転校など何らかの行動を起こす予兆と思われるので、真意を突き止めたいなら一緒に付いてきなさい――といった感じだ。
本人の意思に関係無くいきなり転校させるなんて普通は考えられないが、志賀郷の両親なら有り得そうだ。もし志賀郷が転校したら二度と会えなくなるかもしれないし、絶対に阻止したい。俺にできる事があるなら何でもしたい。
「俺も同行させてください! 志賀郷の望みを叶える為に一緒に訴えたいです!」
明らかに暗くなっている志賀郷の表情を見れば分かる。彼女も今の縛られた生活から抜け出したいと思ってるはず。そして、経済的には豊かでないものの、自由があった一週間前に戻りたいはずなのだ。
「自分ではなく咲月お嬢様の為……ですか。素晴らしい。百点満点以上の返事ですね。もちろん狭山様も堂庭邸へ招待いたしますので、どうぞこちらに」
「はい、ありがとうございます!」
軽く身支度を整えた後、メアリーさんと共に外階段を下りる。そして、アパート前に路上駐車してある2トントラックを指差しながらーー
「狭山様もこちらの荷台にお乗りください」
「助手席とかじゃなくて……ですか?」
「ええ、もちろん!」
屈託の無い笑顔で言われてしまった。あれ……まさかとは思うけど、これからよく分からない埠頭とかに連れていかれて東京湾に沈められる……なんて事はないよな?
「あくまで隠密行動となりますので、手掛かりとなる咲月お嬢様や狭山様が視認できてしまうのはよろしくないのです。何卒ご容赦ください」
なるほど。メアリーさんの言い分もわかる。ナタリーさんとは違い、セリフに感情がこもっているので嘘では無いだろうと勝手に思ってしまいそうになった。
それからメアリーさんは、小学生のように小柄な身体をフルに使ってトラック荷室の観音扉をゆっくり開けた。
「え……!?」
俺は驚きのあまり、調子の外れた声を上げてしまった。なんと荷室には既に志賀郷が居たのだ。無機質な空間に一人、ぺたりと女の子座りをする彼女と目が合った。
「あ……」
お互いに驚いて言葉が詰まってしまう。そういえば、今は志賀郷と話して大丈夫なのだろうか。警備の目はメアリーさんしかいないだろうし……等と思いあぐねていると、隣からフォローが入った。
「今までは警備の契約上、狭山様とお嬢様の距離を取らせていただきましたが、現在は契約切れですので私は何も口出ししません。どうぞご自由に」
「あ、了解です」
「では狭山様もお乗りください。鎌倉まで走りますので時間はかかりますが、楽しくお過ごしいただければと思います。ふふ…………リア充爆発しろ」
観音扉が閉まる瞬間、何故か小声で罵倒された。俺と志賀郷はそういう関係じゃないんだけどな……。
扉が閉まった後も「私も十代のうちに彼氏捕まえておけば良かった!」と嘆きの声が聞こえてきたので、やはり何か勘違いなされているようだ。
懐中電灯の灯りしかない薄暗い空間に志賀郷と二人きりになってしまった。どうにも気まずくて、俺は扉近くの端に腰掛ける。
「さ、狭山……くん?」
「あ、えっと……」
過度の緊張でまともに声が出せない。ただそれは志賀郷も同じらしく、ぎこちないやり取りがおかしくて両者共にクスッと笑ってしまった。
「あの……。も、もう少し近くに来ても良いのですよ? お顔がよく見えませんし……」
「あぁ、すまん……」
尻をずらしながら志賀郷の正面まで移動。これでも間には1メートル以上の不自然な距離が空いていた。別に喧嘩別れした訳でも無いのにこの気まずさは何なのだろうか。志賀郷は案外平気そうだけど……。
「お変わりはありませんでしたか?」
「妙なコメントだな……。俺は大丈夫だけど志賀郷の方こそ良かったのか? 今となってはトラックに閉じ込められてる位だし」
「大丈夫ですわ。こういう常軌を逸したトラブルは慣れてますから。流石にトラック輸送は初めてですけど……」
そう言ってえへへと微笑みながら頬をかく志賀郷だが……。このお嬢様、たくましすぎる。あと一つ一つの仕草が異様に可愛らしく見えるのは何故だろう……。
「警護してもらった堂庭家の皆さんには良くしてもらえましたし、メアリーさんも気さくで良い方ですよ」
「あれを気さくで済ませる志賀郷の心の広さを羨ましく思うよ」
下手したらセクハラになりかねない発言してたからねあの人。
「狭山くんももっとお話すればきっと分かります。……あと話は変わりますけど、狭山くんに一つ謝らなくてはいけない事がございまして」
「俺に……?」
「はい。その……。一週間程前に警護が強化されてから狭山くんを意図的に無視してしまい申し訳ございませんでした。決して嫌いになったとかじゃなくてですね、ナタリーから直々に――」
「分かってる。志賀郷が謝る事じゃないって」
何事かと思って身構えたが、実に些細なことではないか。律儀な志賀郷らしい謝罪ではあるけれど。
「……私を嫌いになったりしてませんか?」
「なる訳ないよ。志賀郷がそういう冷たい性格じゃない事は知ってるし、信じてるからさ」
「…………」
少し恥ずかしかったものの、紛れも無い本音なので口に出してみた。
ただ、そんな俺の発言がマズかったのか分からないが、志賀郷は口をポカンと開けたまま固まってしまった。
「あれ……大丈夫か?」
俺の呼び掛けにも応じず、今度はこちらに背を向けてしまった。
「嫌な気分にさせちゃったならごめん」
「私は平気ですからっ! お気になさらず!」
腕をぶんぶんと振りながら構うなと言われてしまう。こうなったら俺は黙るしかない。
それから志賀郷は大きく肩を上げて深呼吸をして少しの間があった後、元の位置に向き直った。
「……ずるいです。不意打ちなんて」
「え、何が?」
「独り言です。何でもないですので!」
頬に空気を貯めてお怒りの主張。でも多分そこまで怒ってない。怖さよりも可愛さが何百倍も勝っている。
しかしながら、女子の言動は時々予想つかない時があるよな。まともに話してるのは志賀郷ぐらいだけど。
いつしか四谷が「乙女心は難しいのだよ」と言っていたが、確かにその通りだと思う。
「はーい、イチャついてる所失礼しますよー」
突然、室内に甲高い声が響いた。どこから聞こえてきたのかと辺りを見回してみると、隅にあったスピーカーから音が出ていた。
「御二方の声は聞こえておりますから、何か問題があれば呼んでくださいね。……あと私は頭のおかしな人間ではなく
「だから言いませんって!」
もはやずっと
「では最後に注意点を一つ申し上げます。カメラは置いてないので二人の姿は見えませんが、変な事はしないでくださいね。薄暗い密室に閉じ込められてる今の状況は薄い本の定番シチュですけど、だからといって少子化に貢献する行為はなさらないでください。これレンタカーですし掃除が面倒なので」
「……いやいや何言ってるんですか貴方は!」
弁解の余地無し。これセクハラで訴えたら裁判勝てるんじゃないか?
「…………?」
一方、志賀郷は首を傾げていた。純粋無垢なお嬢様、知らぬが仏とはこの事か……と思いきやすぐに理解したようで、みるみるうちに顔を赤く染め上げた。
「そうです! こんな場所ではいけませんわ」
「ならば正式な場所を用意すれば良いのですか?」
「……! ち、違います!」
言葉狩りで誘導してるぞこのメイド……。というか、志賀郷の返答に微妙な間があったが特に意味は無い……よな?
「なあ志賀郷。念のため確認するけど、堂庭家の二つ名って何だっけ?」
「
「ですよねぇ」
変に意識させられるけれど、全ての諸悪の根源はメアリーさんなのだ。そして俺達は今、メイドからして変態の堂庭家の屋敷へ向かっている。
俺は自分よりも志賀郷の身が守れるのか心配でならなかった。
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