第五十九話 私の彼氏……ですわっ!

 志賀郷のお見合い相手はとんでもないイケメンだった。輝かしい銀髪とライトブルーの瞳から察すると、どうやら純血の日本人ではないらしい。更に顔は勿論のこと、身なりも整っていて志賀郷と同様に高貴な印象を思わせる。


 はたから見たら彼と志賀郷の方が余程お似合いのカップルに思えた。隣にいる俺は完全に異端な存在である。


「待たせたね、ミス咲月さつき


 彼は第一声、まぶたに当たる前髪をかきあげながら颯爽と口にした。透き通るように瑞々みずみずしいテノールの声だ。


「……別に私は一生ここで待ってても良かったのですけど。寧ろその方がありがたいですわ」

「おお……! そこまで僕を待ち侘びてくれるなんて……。愛が深すぎるよ、ミス咲月」

「どこをどう解釈したらそんなふざけた意味になるのですか。頭バグってるんじゃありませんの?」


 いつにも増して志賀郷が怖い件について。

 目の前の西洋系イケメンを睨む視線はあらゆる物を刺し切れそうな程鋭い。こんな姿は今までに見た事が無いぞ。飯以外の案件には天使のように優しいあの志賀郷をここまで不機嫌にさせるなんて……。予想以上にヤバい奴かもしれない。


「ははは……。咲月は手厳しいね。でもせっかくの可愛いお顔が台無しだよ。ほらもっと笑って……?」

「それなら今すぐあちらの窓から飛び降りてください。大爆笑してやりますわ」


 いやサイコパスかよ。


「……ところでそちらのボーイはいつまでいるのかな? お勤めご苦労様だけど、そろそろ僕達二人きりになりたいんだ」


 志賀郷の悪魔的な返しに屈したのか知らんが、強引に話題を変えてきた。そしてどうやらイケメンの彼は俺を使用人だと思っているらしい。まさか彼氏(演技)だとは思わないだろうからなあ……。


「えっと……。俺は召使いじゃなくて――」

「私の彼氏ですわっ!」


 遮るように片腕を突き出して割り込んできたのは彼女志賀郷だ。あまりにも堂々としていてらしくないのは感情的になっていたからなのだろう。既に腕がぷるぷると震えており、自分の発言に後悔しているようである。

 一方、イケメン君は大して動じていない様子。


「はは、ミス咲月のジョークはキツいなあ。いくら僕を嫌っていたとしても無関係のボーイまで巻き込むのは、可憐なキミには似合わないと思うよ」

「嘘ではありませんわ。この方は狭山くん。貴方よりも五千万倍……す、素敵な人ですよ」

「へぇ、僕より素敵な人、か。それは実に興味深いねぇ~」


 嫌みったらしい笑みを浮かべながら睨まれる。物凄く余裕そうだ。

 しかしそんな事より志賀郷よ、いくらなんでも俺を持ち上げすぎではないだろうか。お世辞なのは重々承知しているが、五千万倍素敵なんて言われたら流石に照れてしまう。


「狭山君、と言ったかな。今日は来てくれてありがとう。キミに会えたことを光栄に思うよ」

「は、はあ……」


 なんで歓迎されてんの、俺。


「僕の名前は鈴木ジョージ。目黒の王子プリンスと言ったら僕のことさ。よろしくね」

「……俺は狭山涼平。よろしく」


 両腕を広げて堂々と自己紹介した鈴木ジョージ君だが……。失礼かもだけど、名前凄くダサくないか?


「あの方……。名前が超絶ダサい癖に自意識過剰ナルシストの変態なので、是非とも哀れな目で見てやってください」

「おう……了解」


 小声で耳打ちしてきた志賀郷に目配せで応じる。鈴木君は目を瞑り、己の美しさを噛みしめているような表情をしていた。うむ……。これは確かに気持ちが悪い。


「さあ、楽しいランチを始めようではないか。今日のコースはミス咲月に喜んでもらえるように僕がチョイスしてみたんだよ。勿論、狭山君の分も用意するよう伝えておくから安心してくれ」


 やはり自信たっぷりの鈴木君はきびすを返して「こっちだよ」と俺達の案内を始める。

 隣を見れば、生気を失った目をした志賀郷が深いため息を零していた。



 ◆



 その後の食事は思いの外(?)何事もなく終わった。せいぜい鈴木君が終始むさ苦しい自分語りをして志賀郷の熱を南極並みに冷まさせたくらいである。


 あと料理は今まで生きた中で一番と呼べるくらいに美味しかったが、量の少なさに憤慨するお嬢様が一人いた。「私を喜ばせたいなら山盛りのシャトーブリアンステーキを出しなさいな」と一切気品を感じさせない呟きをしておられたので「牛になりたいのか」とツッコミを入れておいた。もうぅ、と顔を赤くして抵抗する志賀郷の反応が面白くてつい「闘牛かな?」と付け加えたら足首を蹴られた。先の尖ったパンプスだったので地味に痛い。



 さて、俺が志賀郷に呼ばれた最大の理由でもある鈴木君のセクハラ行為だが、幸い何も起きずに終わりそうである。まあ流石に彼氏が隣にいれば手出しはできないのだろう。こうして俺の存在が抑止力となっているのなら、今日の目的は達成できたも同然だ。なにより志賀郷が無事で良かった。


「楽しいランチだったよミス咲月。君の笑顔はいつ見ても最高だ」

「……貴方のような廃棄物に笑顔を向けた記憶は一度もありませんけどね」


 俺達はエレベーターホールに移動して最後の歓談に花を咲かせていた。

 別れが近いことに喜んでいるのか、志賀郷の顔色は随分と良い。こんな分かりやすい態度をとったら鈴木君も傷付くだろう……と思ったのだが、彼の見ている世界はどうやら俺と違うらしい。ここまで思い込みが激しいと逆に心配なるぞ……。


「狭山君はどうだったかい? 僕のセレクトメニューに満足いただけたかな?」

「料理は滅茶苦茶美味かった。流石だよ」

「おやつにも満たないあの量では不満しか残らないですわ。大皿に魚の切り身一つとか有り得ません」


 社交辞令というか、最後ぐらい悪口はやめようと思ったのに、志賀郷は全く気に留めてないようだ。まあ飯(の量)については人一倍厳しい奴だから仕方無いとは思うが。


「おやおやミス咲月。フレンチの掟をご存知ないのかい? あれは正に芸術。皿というキャンバスに美しいフォアグラを――」

「フレンチのお作法ぐらい知ってますわよ。そうではなくて、貴方の壊滅的なセンスに呆れているだけです」

「はっはっは。他人とは違う……つまり僕のセンスは天才的だと? いやあミス咲月、照れるじゃないか」

「……狭山くん。あの人の口に脂肪を流し込んで食用フォアグラにしていいですか?」

「今日のお前キレッキレだな」


 貧乏お嬢様から毒舌お嬢様に改名しても良いかもしれない。


「全てあの変態が悪いのです。いい加減私にまとわりつくのを止めていただきたいですわ」

「酷い言いがかりだなあミス咲月。僕は君に惚れている。ただそれだけの事じゃないか」

「……気持ち悪い」


 氷柱つららのように冷たく鋭い一言。もう俺は苦笑いで見守る事しかできない。


 鈴木君との温度差で微妙な空気が漂う中、幸か不幸か胸ポケットに入ってるスマホが慌ただしく震えだした。誰かが俺に電話を掛けているらしい。これは気まずい場を逃れるチャンスだ。


「ごめん、電話来てるからちょっと待ってて」


 一言断りを入れてから二人に背を向ける。取り出したスマホの画面には知らない番号が映っていた。


「もしもし狭山ですけど……」


 若干警戒しながら通話に出るとすぐに凛とした女性の声が返ってきた。


「ナタリーです。お食事会は終わりましたか?」

「あ、ナタリーさんでしたか。さっき食べ終わってこれから戻る所でしたけど……。なんで俺の電話番号知ってるんですか?」


 教えた記憶は全くないのだが。


「通信で発生する電波を我が志賀郷家の諜報班が捕捉して解析したからですね」

「それ犯罪では……? というか番号くらい普通に聞いてくださいよ。教えますから」

「もちろん私も最初は普通にお聞きしようと思いましたよ。でも偶然手に入りましたので改めて伺う必要もないかなと思いまして」

「……まさかとは思いますが、他にも個人情報を盗んでたりとかは……」

「…………」

「ちょ、何か答えてくださいよ!」


 別に見られて困るものは無いと思うが……。勝手に覗き見られるのは気味が悪いな。


「咲月お嬢様の警護に必要なデータだけ収集しておりますのでご安心ください」

「否定はしないんですね」

「プライバシーはしっかりと守りますから。……ではビルの正面口に車をつけておきますので、終わったらそのままお戻りください」

「……分かりました」


 ではごきげんよう、と淡々とした声の直後に通話が切れる。なんともスッキリしない気分だが、ここはナタリーさんを信じてさっさと戻るとしよう。


「志賀郷、そろそろ迎えが来るらしいから戻ろ――」


 振り向いた先にあった光景。それを見た俺は思わず目を疑った。


「は……?」


 完全に油断していた。少しの間なら目を離しても大丈夫だろうと過信していた。いくら鈴木君でもこの一分にも満たないであろう時間に手は出さないと思っていた。



 しかし志賀郷の片手を奪い、そこに唇を押し付けようとする鈴木君を見れば分かる。

 あの変態野郎はとんでもねぇ要注意人物だ。

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